●episode.3 初めての楽曲
私たちの預かり知らぬところで、すでに、“Golden Starmine”のプロジェクトは進んでおり、楽曲は社長と話してさほど時間の経たないうちに私たちの耳に届くことになった。
タイトルは『Skyrocketing』。
これからスタートを切る自分たちにぴったりだ。
CDデビューにあたり、まずはヴォーカルのレコーディングから始まった。
デビュー曲らしい弾けるポップなダンスソングで、気づいたらリズムに乗って体を動かしている。サビのキャッチーなメロディラインは何度も口ずさみたくなる。
レコーディングスタジオにメンバーが集まり、順番にレコーディングをしていく。
メンバーが集まっているとは言ったものの、やはり忙しいコーキは、最初からはおらず、途中参加であった。
まずは、ジョーからだった。
パワフルであり、繊細である、表現豊かな歌声は、他のメンバーには出せない。
大サビの伸びやかな高音がとても綺麗で、ついつい聴き入ってしまう。
ジョーは、6年前、今は辞めてしまったミウと同じ所属オーディションで、事務所に所属することになったらしい。というのも、私が事務所に入ったときには、すでに二人は研修生として2年ほど活動していたからだ。
一緒にダンスレッスンをするようになったとき、今までバレエしかしたことがなく、ほとんど踊れなかった私に、手取り足取り優しく教えてくれた。そして、ボーカルレッスンでは、圧倒的な歌の実力に圧倒された。
実力もあり、性格の優れたジョーを、誰もが好きになり、信頼していた。
ちなみに言えば、レオとキヨナは私が事務所に入った翌年の所属オーディションで入ってきた。
レオは小さい頃からブレイクダンスを習っており、ダンスの基礎はできていて、アクロバットも得意だった。ラップが好きで、よく有名アーティストのラップを歌うことも多く、今では自分でラップ詞を書いてみたりするほどだ。
キヨナは、元々地下アイドルとして活動していたので、レッスンに馴染むのは早かった。
アイドルらしく、表情に余裕があって、声も甘くて可愛らしい。他のメンバーにはない、声質で、アクセントになる。
コーキはダンスは言わずもがな、歌も、デビューに向けてのレッスンで、オーディションのときよりも確実に上達している。
――魅力的なメンバーの中、私はどうだろう。
ダンスはしなやかさは誰にも負けないかもしれない。
歌は可もなく不可もない?
いや、不可ばかりかも?
印象に残らない声だと思う。
馴染んでしまって、私の声は見つけてもらいにくい気がしている。
客観的に自分を分析したときに、必ず思うことがある。
元々私はみんなのように、オーディションで勝ち残って、選ばれたわけではない。そこに、ずっと劣等感がある。
小柳さんにスカウトされたことはすごいことなんだと、何とか言い聞かせ、小柳さんの顔に泥を塗らないようにと、頑張るしかなかった。
*
“Golden Starmine”のデビューシングル『Skyrocketing』は、炭酸飲料水のCMのタイアップ曲として使われることが決まっていると教えられた。
各家庭のテレビで、何度も流れ、たくさんの人に聞いてもらえることになるのだ。
事務所をあげたデビュープロジェクトなのだと、実感してきた。
ジャケット撮影は、さすがにコーキも最初からそろって参加だった。
タイアップが炭酸飲料水のCMだからか、爽やかな水色ベースの衣装だった。遠目からは白に見えるほどの薄い水色だ。それぞれ黒が締め色に使われている。
まずは個々の写真撮影から始まった。
宣材写真としても使うらしく、バストアップや全身など、色んなパターンとポーズで撮る。
どんな衣装か、改めて見ると面白かった。
キヨナは水色のレースのふんわりとしたスカートのワンピースだが、私は黒色の短めのタイトなスカートで、セットアップだ。襟付のトップスで、丈はやはり短めで、手をあげるとお腹の肌が見えるくらいだ。
ジョーはジャケットとの綺麗めセットアップなのに対して、レオはジッパー付のジャケットに七分丈のパンツだった。コーキはジョーと同じ細身のパンツだが、襟付シャツにロングジャケットだった。
コンセプトは同じだが、人によって少しずつ異なり、面白い。
全員で横並びになって撮るとき、まだメンバーでの定位置が決まっていないので、位置はシャッフルしながら撮った。
こうやって並んで写真を撮ってもらうのは、初めてだ。
写真で見ると、まず髪色も髪型も全員違っていることがよく分かった。
白に近い金髪のアップバングのジョー、オレンジベージュのウルフカットのレオ、全く染めていない黒髪のツインテールのキヨナ、ミルクティーベージュのロングの私、そして、ダークブラウンのセンターパートのコーキ。
何となくは意識しているが、示し合わせていないのに違うのが面白い。
撮影は緊張感もありつつ、楽しく進む。
女子と男子に別れて撮る場面もあった。
男子チームのとき、「笑ってください」とカメラマンが指示しても、コーキだけなかなか笑わないから、最初は絵面が面白いなと思っていたが、コーキが本当に笑えない人で悩んでいるのかも、と思うと、一気にそわそわしてしまった。
結局、はにかみのようなもので、ジョーとレオが笑みを抑えて撮ることで、調整された。
コーキとは同じメンバーになって、同じ家に住んでいるのに、帰ってくるのも遅く、一緒にいる時間の何と短いことだろう。これでは知ろうとしても知る機会がない。
撮影の合間に、小柳さんと話す機会ができ、聞いてみることにした。
「コーキは何の仕事で忙しそうなんですか?」
「実はドラマの仕事なんだ」
「ドラマ? ダンスではなくて、ですか?」
まさかドラマの仕事とは思ってもみなくて、すっとんきょうな声が出た。
「会社としてはデビュー前に知名度が上がるのはいいことだからな」
初めて会った日のことを思い出す。
あのとき、“入りたくて入るわけじゃない”と言っていた。
「……コーキは演技の仕事がしたいんですか?」
「そういうこと、話したりはしてないのか?」
「はい。忙しそうだし、早く帰ってきても、ろくにコミュニケーションも取ろうとしないので……」
「コミュニケーションを取ってほしくて、同じ家に住ませてるんだけどね……」
小柳さんは少し困ったように眉尻を下げた。
「コーキにも話しとかないといけないな」
祈るように小柳さんを見つめていたら、「それはとりあえず置いておいて……」と言い出す。
深刻な話をしたつもりだった。
そんなふうに言われるとは思ってもいなかったので、期待外れに思っていたが、次に小柳さんから発される言葉によって、その感情はすぐにどこかにいってしまった。
「――そのドラマ、学園ものなんだけど、サラも出てみないか?」
「……私、ですか……?」
あんぐりと開けた口が塞がらなかった。
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