●episode.4 芸能界に入った理由
コーキがすでにクランクインしていたドラマは、学校が舞台で、バスケットボール部に所属する主人公の青春ラブコメディだった。
コーキは、主人公の女の子に想いを寄せられる、同じバスケットボール部の同級生の役だ。
そして、私の役はコーキ演じる役のクラスメートで、ほぼ出番のない端役だった。
欠員が出たからと呼ばれたわりに、メインでなく残念で悔しい気持ちもあったが、今は不安しかない。
ほぼ台詞もないと言ってもいいが、ドラマも演技も初めてで、その場にどういていいのか分からなかった。
いつもと違う教室、制服に、戸惑いながらも、求められることをする。
カメラが止まると、知り合いなのか、そうでないのか分からないが、隣の席の人たちと周りは話し出す。
自分が場違いであるような気がして、居心地が悪かった。
休み時間の廊下を撮るカットで、休憩時間に入る。
小柳さんの姿も見えないし、どうしたらいいのか、おろおろしていたら、「おい」と後ろから声をかけられた。
驚いて振り向けば、コーキが眉間にシワを寄せて立っていた。
「ったく……。ぼーっとしてないで、行くぞ」
「えっ?」
手を引かれ、人混みを避けたところで止まった。
「何やってるんだよ。同じグループなんだ。変な目で見られたらたまらない」
そういう理由なのか。
あくまで自分のためなのか。
別に優しくしてもらいたいわけじゃない。
しかし、こんなときくらい優しい言葉をかけてくれてもいいのに……。
ポケットに手を突っ込み、すでに私のことは見ていない。
「……ドラマの経験あるの?」
「ない。何日もやってたら慣れる」
「そっか……」
コーキが私を見ていないから、逆にコーキを見やすかった。
「この世界に入って、演技がやりたかったの? それとも、ダンスやりたくてこの世界に入ったの?」
そっぽ向いて、返事はない。
「……答えないなら聞き方を変える」
「ダンスだよ」
どうやっても聞かれると、諦めたようで、コーキはすぐに答えた。
「何でドラマを? 正直、意外だった。音楽に直接関係ないことはやらないのかと思ったから」
少し会って話しただけで、知ったような口を聞いてしまっただろうか。
答えがすぐにないから、気分を害したか、不安になる。
「……踊れるのなら演技だってやる」
「そういうこと……」
何事もダンスが第一なのだ。
ステージに立つことに全力なのだ。
少しだけ、コーキの芯に触れたような気がした。
*
ドラマの番宣も兼ねて、芸能人が二人きりでデートをする番組に出ることになった。
デートする人は、初めましての他人もいれば、仲の良い人もいるし、男女の場合だけでなく、女同士の場合もある。
その番組にコーキが出るのは分かるのだ。
ドラマにもメインで出るわけだし、公開オーディションから日にちも浅く、見たい人がたくさんいるのだから。
しかし、何故私が相手役なのだ。
共演者もいるだろう。私でなければいけない理由はない。
「コーキとはコミュニケーション不足って言ってただろう?」
小柳さんに聞いたら即答された。
確かに、仕事でなければ二人きりで話すような機会は、このままでは作れない。
「他のメンバーは……」
言いかけてやめた。
レオでは番組が成立しないし、男同士よりも男女の方が番組的には望まれているから、ジョーも選択肢から外れる。
「――キヨナは相手に選べないだろう?」
私の考えが読めたのか、小柳さんはそう言ってにんまりと笑った。
何と言っても、もう決まったことだ。
ここは、覚悟を決めて、コーキを少しでも知ろう。
そして、少しでも距離を近づけよう。
今日は、その番組の事前打ち合わせのために、テレビ局の楽屋にやって来ていた。
コーキも遅れてやって来て、それと入れ替わるように、小柳さんは電話に出て、廊下へと出ていった。
――早速、二人きりだ。
今日話す予定ではない。
撮影のときに頑張ろうという覚悟だったのだ。何を話せばいいのか……。
「――何でこの世界に入った?」
「……私?」
まさかコーキの方から話しかけられるとは思わず、耳を疑った。
しかし、コーキは頷いた。
どうやら幻聴ではなかったようだ。
「俺だけ話して、聞いてないのは癪だからな」
そういう問題なのか。
一貫して曲がった考えだなと思う。
しかし、相手から歩み寄ってくれるのは望ましいことだ。
「きっかけはスカウトされたこと」
私は質問に素直に答えた。
「踊りたいとかそういうんじゃなくて、自分で稼ぎたかったんだよね。最初は何でもよかった」
こんなことを誰かに言ったのは初めてかもしれない。
そんな気持ちでする仕事じゃないと言われそうで、言えなかった。そもそも言う必要もないのだけれど。
「――でも、今はこの仕事で、トップを目指したいと思ってる」
しっかりと見たわけではないが、隣に座るコーキが口角を上げたように見えた。
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