●episode.2 共同生活の始まり
“Golden Starmine”
ゴールデン スターマイン。
略してゴーマイ。
これは、私たちが半年前に社長からもらったグループ名だ。
「本当に私たちデビューするんだね……」
キヨナが事務所の廊下の壁に貼られたポスターにいとおしげに触れる。
グループ名とCD発売日、そして、黒いシルエットだけ。誰だかは分からず、5人組ということだけが分かるのみだ。
しかし、半年もの間、秘められてきたグループ名が、今は広く公開されている。
その事実に、感動を覚える。
私たちはクリスマスイブに結成を告げられた。
そのときにデビューは来年と言われたが、数ヶ月経てどデビュー日は不明のまま、練習だけする不安な日々を送ってきた。
不安だったのは、デビューの不確実性だけが理由ではなかった。数ヶ月前の信頼するメンバーの脱退が、私を含め、メンバー全員の心を揺さぶった。
そして、やっと落ち着いてきた頃、追加メンバーの確定だ。
まるで感情がジェットコースターのように不安定で、デビューの喜びを噛み締めるほどの余裕はなかった。
だから、キヨナの言動に、デビューは喜ばしいことなのだと、改めて実感した。
私たちが所属するのはレーベルも運営する音楽事務所フォレストエンタテイメントである。
社長の名前である森からつけられたそうだ。
社長は、男女混合のダンス&ボーカルグループを作りたいと、何年も前からオーディションを重ねていた。
その集大成が“Golden Starmine”というわけだ。
名前の由来は、社長からグループ結成とともに告げられた。
「打ち上げ花火のようにダイナミックに、飽きさせず、スターという肩書きをそれぞれがものにしてほしい」と。
そして、今、コーキを含めたメンバー全員5人で、改めて社長室に呼ばれた。
「聞いていると思うが、“Golden Starmine”――ゴーマイは7月にデビューすることが確定した。タイトなスケジュールになる。メンバー全員で協力しながら、よりよい作品を、グループを作り上げていってほしい」
「はい!」
全員が揃って返事をした。
「君たちに与える時間は5年だ」
社長の言葉に、緊張がピークに達する。
「5年後、どうするかは、そのときの状況次第だ。長いと思うか、短いと思うか、それは人それぞれだろう。限られた貴重な時間を無駄にすることなく、有効に使ってほしい」
内心ではざわざわと心が騒ぐ中、今、頑張らないといけないことには変わりがないと覚悟を決める。
そして、大きな返事をした。
*
小柳さんに案内されたのは、一戸建ての古民家だった。
門から玄関までは少し距離がある。外観は古民家だったが、リノベーションされているらしく、中に入ると、和洋折衷だった。
リビングにはアイランドキッチンがあり、その傍にテーブル、椅子は6つ配置されていた。
その奥には、ソファーとローテーブル、その向かいにテレビがあった。
各自の個室は、男子は1階に、女子は2階に用意されていた。トイレと浴室はどちらの階にもあるらしい。
思っていた以上の家の広さに、メンバーみんなが驚いた。
そして、今は、それぞれの部屋で荷ほどきを行っている。 “メンバーみんな”と言ったが、この家に、コーキの姿はまだない。荷物だけが先に到着している。
荷ほどきを終えた後、せっかくだから、みんなでごはんを食べようと、カレーライスを作ることにした。
私とキヨナとジョーの3人で分担して作り、レオはサラダのレタスやトマトをお皿に盛ってくれた。
「腹減った~!」
ほとんど見ていただけのレオが、一番待ち遠しいと思っていたようだ。
「だったら運ぶの手伝えよ」
「はーい!」
従順な犬のようで、ジョーは私と目を合わせて、フッと笑った。
テーブルを仲良く4人で囲み、カレーライスを頬張る。
別々の部屋だとなかなか家で食卓を囲むことはない。新鮮だった。
こうしていると、本当の家族のようだと思う。
家族よりも会う時間が多いのだ。あながち家族というのは間違いではない。
一人で食べるごはんよりも、ずっとおいしく感じた。
こうやって、色んなことを共有していくことになるのか――。
玄関の引き戸の開いたような音がした。
「あいつじゃね?」
レオはカレーライスを食べる手を止めずに言った。
リビングを通らなくてもそれぞれの部屋には行けるが、コーキが知っているか分からない。聞いていたとしても、入ったことはないはずだ。
「小柳さんもいるんじゃないのかな?」
キヨナの言うことはもっともだった。
レオは行く気はさらさらないだろうし、キヨナはおろおろとしている。
結局、私とジョーが顔を見合わせ、席を立ったのは私の方が少し早かった。
「――私が声かけてくる」
リビングを出て、玄関に向かうと、コーキ一人で、靴を脱いでいるところだった。
「おかえり。小柳さんは?」
「送ってもらっただけ」
「自分の部屋は……」
「聞いてきた。1階の一番奥の部屋だろ?」
「うん。荷物も置いてあるから確認して」
じっとコーキの様子を窺っていたら、「まだ何か?」と睨むように見られた。
「……カレーあるけど、食べる?」
「いらない」
「……分かった」
コーキは私の横を通り過ぎ、真っ直ぐ自分の部屋へと向かった。
「――どうしたもんかね」
リビングの扉から、ジョーが顔を出していた。
腕を組み、私の方へやってくる。
すでにコーキの後ろ姿は見えない。
「やっていくためにどうするか……」
このグループでやっていくことは決まったのだ。
受け入れて、前に進まなければいけない。
「一人のけ者にしてるように見えるのは、グループとして問題がある。仲良し子好しとはいかなくとも、多少の協調性が必要だよな……」
「そうだよね……」
コーキがどういう人なのか、全く分からない。コーキから見ても、私たちがどういう人なのか分かっていないだろう。
知ろうとしても、突き放した態度を取られると、どうしようもない。
歩み寄ろうとしない相手にどう接したらいいのだろう。
どういう意図でコーキがメンバーになることになったのか、それに対してコーキがどう思っているのかも知りたい。
「まずは俺らが頑張ろう」
「うん」
私の肩に触れた手は頼もしかったが、心の中は晴れやかとはお世辞にも言えなかった。
ダンスよし。顔よし。性格に難あり。
――ミウ。
こういうときはどうすべきなの?
ミウならどうしてた?
スマホのミウの名前を見つめてはやめてを繰り返す。
いなくなったメンバーに頼るのは、すべきでないだろうか。
まだコーキがメンバーになることは、公表されていないのだ。そもそもどうやって相談するかの話になってくる。
それに、新たな夢へと駆け出したミウに心配をかけられない。
スマホは画面を暗くし、ポケットにしまった。
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