●episode.1 最悪な第一印象
欲しいものは必ず手に入れたかった。
だから、何でものめり込むほど好きになるのが怖かった。
好きになったら必ず手に入れたくなるだろう。
この仕事だって、最初は小遣い稼ぎくらいのつもりだったのに、いつの間にかのめり込んでいる。
矛盾しているのかもしれないが、のめり込む感覚は嫌いではなかった。
人は裏切るかもしれない。
しかし、自分は裏切らない。努力も裏切らない。
自分で手に入れたという達成感を味わってみたかった。
今は自分の実力を信じて、この世界で成功する。
いずれはトップになるのだ。
トップへの道の一歩は、あの日だった。
あのときは、寒いのに汗だくだった。
事務所のダンスレッスン室で練習していたとき、マネージャーに社長から話があると呼ばれた。社長室に集められた私たち5人は、グループの結成を告げられた。
今までの練習の日々がやっと報われる日が来るのだと、周りのみんなの顔を見比べて、じわじわと実感した。
しかし、デビュー日は一向に決まる気配はない。グループの結成はデビューと同義だと勘違いしていた。
そして、春が近づくある日。
再び社長室に集まったのは、4人だった。
社長が何を話したのか、断片的にしか覚えていない。
考えることは沢山あるのに、上手く考えられなかった。
帰り道、足取りは重く、事務所の寮の自室に戻って、練習の汗はとっくに引いていて、春だというのに自分が底冷えしていることに気づいた。
*
「まさかあいつがね……」
「これから同じメンバーになる子に“あいつ”はないでしょう」
「すんません」
タブレット画面を隣り合って座る2人の男――ジョーとレオが覗いている。その正面からキヨナも覗き込む。
「彼、すっかり有名だよね」
「そうだね」
「サラちゃんも見ないの?」
「そうだよ、サラも気にならねぇの?」
私はレオとキヨナに声をかけられ、鏡に向かって踊るのをやめた。
腰に両手を当て、息を整える。
「このままじゃあ、私たち、彼の引き立て役になる。それは絶対に嫌」
だから、練習をしなければならない。
今までよりもずっと沢山練習して、実力で世間を黙らせなければならない。
鏡の自分を睨むように見ていたら、立ち上がったグループのリーダーであるジョーと目が合った。
「そうだな。だが、休憩も必要だぞ。何時間ぶっ通しで踊ってるんだ。俺が来る前から踊ってるだろ」
ジョーはいつでも優しい。
そして、自分の意思を簡単に曲げない。頑固だ。
ここは折れた方がいいと、私の経験が言っている。
「……分かった」
「よろしい」
ジョーが立ち上がり、抜けた間へと、レオとキヨナが私を招く。
まるで小動物のようで、可愛らしい。思わず、クスッと笑ってしまうくらいだった。
2人の間に入って、タブレットの画面を見る。
新しい追加メンバーであるコーキのダンス映像だった。
「ダンス、マジで上手いよな。そりゃあオーディションも断トツ一位通過だわ」
レオは腕を組み、唸るように言った。
「それにこの顔」
「えっ! キヨナが顔の話するとは思わなかった……」
「そりゃあ、顔も大事でしょう?」
「キヨナは見た目じゃないと思ってた……」
「見られる職業だから大事じゃないの」
「サラまで!」
レオもキヨナも体育座りをしているから、つられて膝を抱えてみる。タブレットの小さい画面を3人で見ようとすれば、小さく固まらなければならないのも無理はない。
「オーディションのときから話題だったけど、ますます人気出てるよね」
キヨナは膝の上に顎を乗せながら言った。
レオとキヨナが口々に言っている“オーディション”とは、レッスン室にいる全員が所属するフォレストエンタテイメントが主催した大規模な公開オーディションのことだ。
公開されていることもあり、事務所内外から注目を集めたオーディションで、その中で最も話題になった一人がコーキだった。
「まだ信じられないな。マジで同じメンバーになるの?」
レオは画面から目を離せないまま、膝をタムのようにして指でリズムを取りながら言う。コーキの実力をかなり買っているらしい。
「何か聞いてる?」
私は目の前でストレッチをしていたジョーに訊ねる。
「いや」
「ジョーくんが知らないならみんな知らないよ」
キヨナは膝に顔を埋める。私も同感だった。
ジョーはリーダーとしてメンバー全員から信頼されているし、事務所の人たちからもそうだ。
そんなとき、突然、レッスン室の扉が開く音がした。
反射的に立ち上がり、その場にいた全員が扉の方へと向く。
「――あっ、本物だ……!」
人差し指で名前通り人を差すレオを、私は肘で小突く。
しかし、全員がレオと同じ気持ちだったと思う。
コーキは誰かと連れ添っているわけでもなく、入り口でこちらを見つめるだけだった。その眼光は鋭く、品定めをしているようで、とても友好的とは思えなかった。
レオはそんな彼の元へと駆け寄り、「俺、レオ。これから仲良くしようぜ」と握手のために手を出した。
「仲良くするつもりはないんで」
コーキは片手をポケットに手を突っ込み、もう一方の手は首の後ろをポリポリと掻いていた。
「同じグループだからって、仲良しこよしするのって、どうなんですか?」
「はあっ?」
慌ててジョーが駆け寄り、肩を掴む。
「レオ」と諌めるように、名前を呼んだ。
「だってこいつ……っ!」
ジョーは“あいつ”と呼ぶのをやめさせたように、“こいつ”と呼ぶのはやめさせなかった。
そして、レオの前に立ち、コーキを見返した。
「一緒に歌って踊るんだ。多少の協調性は必要だと思うぞ」
「……俺だって、入りたくて入るわけじゃない」
コーキは捨て台詞を吐いて、部屋から出ていってしまった。
レッスン室の空気は異様なものになった。
キヨナが私の腕を不安げに掴む。
彼がコーキで、これから同じメンバーとして活動していくことになるのか……。
それは全く現実味がなく、私も不安が募った。
「――あれ? コーキはどこ行った?」
グループ結成前から面倒を見てくれているマネージャ――小柳さんがやってきた。
彼は40代半ばの敏腕マネージャーだ。
同じ事務所の稼ぎ頭を育ててきた人だと有名だった。私たちのマネージャーをしてくれると知ったとき、自分たちの可能性を感じて喜び合ったことを今でも思い出せる。
「知らないっすよ」
レオはすっかりご機嫌斜めである。言い捨てるとそっぽ向いた。
頭を傾げる小柳さんに、ジョーが「顔出してすぐに出ていっちゃいました」と答えた。
「そうか……」
小柳さんは困ったように頭を掻いた。
「何かあったんですか?」
ジョーが間を空けず聞く。
「いや、コーキも含めて報告があったんだが、まずは君たちに伝えておこう」
私たちは小柳さんの前に自然と横並びになる。
「実は、新居が決まった」
「誰のですか?」
こういうときは、ジョーが率先して話をしてくれる。
レオはふてくされているからか、珍しく無言が続く。
「みんなのだ」
「でも、寮がありますよね?」
「もっと事務所に近いところなんだ」
「どんなところですか?」
「広い一軒家だ」
「……それって、彼もですか?」
みんながごくりと唾をのむ音が聞こえる気がした。
「――そうだ」
聞き間違いであってくれ。
そう祈ったのは、私だけではなかったと思う。
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