夕暮れの町
「世話になったな。これ、ちょっとだけど」
鴉は懐から小包を取り出して娘の手に握らせる。娘は相変わらず困ったような顔だが確かにそれを受け取って二人に別れを告げた。
「あれは金か?」
歩き出した少し後、ラピが問いかける。
「あぁ、そうだ。大した額じゃないし普段は受け取ってくれないんだ。何か頼み事がないと、そういうときはお互い納得してる。暗黙の了解ってやつだ」
ラピは二人の関係性を考えてみるが自身の経験則では物差しとして不十分だと気付いた。
「一緒に行かなくて良かったのか」
「病気がちの婆さんと住んでるんだ、今日は寝てたみたいだけど。それに仕事もあるからな、俺らみたいに暇なわけじゃないんだ」
「そうか。あの人は何を売る仕事なんだ?」
「ん、お花」
なんともそれは素敵な仕事じゃないか、とラピは振り返るが娘の姿はもうそこにはない。少し残念にも思ったが進行方向に向き直ると足早に歩を進める鴉に駆け寄る。前を歩く鴉がどんな表情をしているかラピには分からなかった。
日が段々と傾いていて、路地裏はすっかり影に覆われていた。だから目抜き通りへ出ると西日の強さにラピは目を細めた。
「好きなの買ってやるから、あんま食い過ぎんなよ」
目が慣れてきて改めて見渡すと両脇の建物から仮組の屋台がならび、銘々色々な品物を売っている。その多くはラピにとって初めて見るものばかりで目移りしそうになるが、なにやら
「この店だな、この中から適当に買ってくれ」
鴉はラピの指の先を見てニヤリと笑った。
「焼き鳥だけど、食えるのか?鶏肉」それからボソッと「共食いだろ」
「鴉も鳥だろう」
ラピは揶揄う鴉に不満の表情を返した。
「なんだい嬢ちゃん、鶏肉は苦手かい?うちは鶏肉以外も食べれるよ」
二人の会話が聞こえていたのか店主が串を返しながら声をかけてくる。縛った手拭いから涼しげな頭部がのぞき、歯がみえる程の満面の笑みは気さくなおじさんといった感じだった。
「鳥肉をくれ、私には食える」
ムキになって鴉の袖を引く。鴉は「わかったから」と、ラピを宥め店主に二本、串を頼んだ。
鴉は串を受け取るとそのまま片方ををラピに渡す。鳥肉を頼んだから串に通された丸っこいのが鳥肉だと疑わなかった。だが、その間に挟まる白とも緑とも取れる円柱形の物体に疑問を抱く。ただ、やっぱり食わないのか、と言いたげな鴉をみて大きく一口を咥えた。すると眉間に皺を寄せていた顔つきを綻ばせ次の一口を詰め込む。
「そんな勢いよく食うと喉詰まらせるぞ。あとそれ、やけどしねぇの?」
「んぐっ。鴉、これは美味いぞ。さっき食べたやつより肉が柔らかくて口のなかで崩れる度に美味しいが溢れてくる。塩気も程よいし、なによりこの草がいい」
ラピは頬張っていたものを慌てて飲み込むと矢継ぎ早に味の感想を訴え始めた。
「嬢ちゃん、それはネギって言うんだ」
鼻の下を擦りながら焼き鳥屋がそういった。
「勝手に食ったくせに」鴉は呆れたように溢す。「なぁ、あれは俺がすぐ食わないから冷めてただけで普段はちゃんと美味いんだぜ、常連として言わせてもらうけどよ」
ラピは鴉の言葉を話半分に串を食べ終えてしまった。もう無くなったと手遊びを始めたラピの前に鴉が自身のもっていた方を差し出す。ラピは貰っていいのか困って鴉を見つめ返すと「いいから食えよ」と鴉が促した。
「これも美味いがちょっと塩気と脂が強いな」
「そうか、俺には丁度いいけどな」
「舌が馬鹿なんじゃないか」
真顔でそう言うラピに鴉は軽く拳骨を落とす。ラピは鴉をおちょくって楽しんでいた。
「いや悪いね、それは豚の頬肉なんだが。豚肉は仕入れてるから保存のために塩漬けにしてるんだ。でも肉体労働をしてる人達には結構人気なんだよ。親父さんの方も随分体格が良いみたいだしさ、塩っ気が美味しく感じるのは仕事を頑張っている証拠だよ」
うんうんと焼き鳥屋は頷いているが鴉は自分が父親だと勘違いされて、むしろフォローされた後のほうがしょげている様子だった。
「可愛らしいお嬢さん、お口直しにうちのパンはどうかな。サービスするよ」
焼き鳥屋の横に屋台を構えていた変わった帽子のふくよかなおじさんが話しかけてくる。
「小麦の香り豊かで美味しいよ」
口角をニッと釣り上げて蓄えた口髭を揺らす。押しの強さに流されるままラピはパンを受け取った。楕円形のそれは握ってみるとフカフカで、千切ると確かにいい匂いがした。
「ふむ」
一口大の欠片を放り込むと、なるほどと腑に落ちてもう片側に持った豚の串を口に運ぶ。
「うん、これは美味い。味の強い豚肉がパンで中和されて、小麦の甘さも丁度いい具合に引き立っている。この二つを合わせて売り出してみるのはどうだ」
他所の店の客に声をかけるとは、焼き鳥屋の店主はラピに気取られない程度にパン屋を睨みつけていた。しかしその言葉を聞いてポカンと口を開く。
「アハハ!面白い嬢ちゃんだ。パンや肉だけじゃなくウチの果物もどうだい!肌にもいいよ」
今度は焼き鳥屋の向かいに屋台を構えていた女店主がラピに話かけてくる。焼き鳥屋はさらなる商売敵の登場に眉を
「おじさん、俺もあの女の子と同じやつもらえるかな」
ラピの喜ぶ姿が目立ったのか、道行く人のいくらかがラピや屋台に意識を向けて、その中の青年が足を止めて焼き鳥屋に声をかける。ラピは正直に話していただけだが結果として広告塔のような状態になっており、人だかりができ始めていた。
「うちのジュースもどうだい」
「いやいや、うちの氷菓子はどうだい。魔法道具がある店なんて王都でも珍しいよ」
ラピは最初こそありがたく受け取っていたが、段々と収集がつかなくなりはじめ戸惑ってしまう。だが見かねた鴉に助けられその場を後にした。
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