TAKE4︰あの子の声が聴きたい(CV︰対馬輝臣)

 ──「あんた……覚えてなさいよ。こんなことして、絶対泣かしてやるんだから!」

 ──面白い女の子だったな。

 俺・対馬輝臣は、入学式から帰ってきた日の自室でそう思った。

 宝ちゃん、といったか。

 ふだん、女の子からは『輝臣サマ』と呼ばれるこの俺が、まさかの『あんた』呼ばわり。ちょっとびっくりした。

 強気なところもいい。

 声優を目指すなら、そんな性格の方が有利に決まっている。幼い頃から子役として、芸能界で生き抜いてきた俺が言うんだからまちがいない。それになにより、あの────。

 ──また会いたい。なぜかはわからない。けれど無性に、あの子の『声』が聴きたい。明日会えるよな。

「坊ちゃま。お父上様がお呼びですぞ」

「ん」

 夕食までの時間を持ち余していたら、執事の岩野がそう告げに来た。岩野は好きだ。今よりもっと幼い頃から俺の専属執事をしてくれている。

 お父上様、なんて岩野は言うが、正直な話、クソオヤジ、と俺は内心呼んでいる。

 仕事人間め──。母さんが外国に行ってしまったのは、あんたのせいだ。

「輝臣。入学式の時のことを説明してもらおうか」

「……」

 案の定、これだ。

 お説教。

 入学式お疲れ様とかねぇのかよ。

 面倒くせぇ、と思いながら、俺は反省しているフリをした。

 クソオヤジが問いかけてくる。

「あの子が鈴名葵の娘だと知っていて、あの騒ぎを起こしたのか?」

「いや、知らなかった。ただ、声が良いなって思った」

 思ったことをそのまま、正直に告げる。

「声が良いだと? それだけの理由で、中等部、いや、ひいては学園中を巻き込むあんなアクションをしたわけか。輝臣」

「……ゴメンナサイ」

「教えておくが、あの子──鈴名葵の娘は、特例措置で入学したんだ。おまえが関わるような相手じゃない」

 特例措置、だと──?

「おまえは星桃学園の星だということを、忘れないように」

 ──イライラしながら、広すぎ&長すぎる廊下を歩いていると、背中に声がかかった。

「坊ちゃま」

「岩野……」

「お父上様は、坊ちゃまのことを誰より理解ってらっしゃるのですよ。厳しい言葉をおっしゃるのもすべて、坊ちゃまに期待なさっているからなのです」

「ああ、わかってる──ありがとう」

 自室に戻ると、スマホに母さんからのLINEが届いていた。

『Teruomi,I'm sorry I couldn't be there to see you in your Seitou Gakuen uniform. Here's a toast to your brilliant future.With love, Mom.​ 輝臣へ 星桃学園の制服姿を見ることができなくてごめんなさい。あなたの輝かしい未来に乾杯。愛を込めて、母より』

 母さん──。

 きっといそがしいんだろうな。とても短文だ。 

 けれど、そんないそがしさの合間をぬって、きっと心を込めて書いてくれたであろう温かさがにじみでたメッセージ。

 俺の母さんは、ハリウッドに拠点を置く、女優をしている。

 日本での知名度はそこそこだが、向こうではかなりのビックネーム……スターなんだそうだ。

 クソオヤジとは、離婚こそしていないものの、国をまたいだ別居状態。

 俺も連れてってくれよ……母さん。

 英語めっちゃ頑張るからさ。

 ──ふと、クソオヤジが言っていたことを思い出す。

 特例措置……?

 あの子──宝ちゃんに、そんな条件が必要だろうか。

 普通に、声優として成功しそうだと、プロになれそうだと思ったが。

 もちろん、あまい世界じゃない。

 俺がどんなに素質を見抜いていたとしても、本人が自分を壊してしまえばそこで終了。

 いや……あの子は気づいていないだけだ。

 声優を志す者なら、きっと誰もが羨む。自分の声が持つ、特別な才能(魅力)に──。



 そして、翌日。

 やっぱりこの子は面白い女の子だった。

 そんなに少女役が演りたいか。

 ──「ハスキーボイス、いいじゃん。活かせよ」

 そのひとことが、どうしても出てこない。

 ……お。目が合った。

 俺がフッと笑うと、宝ちゃんは。

『むぐぐぐぐぐぐっ! くやしい!』

 そう顔に書いてある。

 机の上で、握りしめたこぶしを震わせた。



 ──「な、なんであんたがココに──!?」

 そして──宝ちゃんと俺は、のちに関係を、今以上に深めていくことになる(ネタバレではない、決して)。

 

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