TAKE8︰運命のオーディション!(CV︰鈴名宝)
「──レイン役の神崎茂人さんが、急病で入院されたことは知っているね」
「はい。当然、存じ上げています」
対馬プロデューサーの言葉に、大人っぽく、けれどはきはきとした態度と口調でそう答える世羅さん。
わ、私、知らなかったよ。
でも、神崎茂人さんのことは知っている。
さっきも、レイン役が決まらないって対馬プロデューサーがおっしゃったとき、『あれ? レイン役は、神崎茂人さんでは?』そう思ったほどだ。
なぜ神崎茂人さんを私が知っているかというと……ママと、よく共演していたから。
アニメのエンディングの際に流れる、エンディングクレジット──共演者リストに、よくママと一緒に名前を連ねていたんだよね。
その頃で、確かお歳は七十代くらい……なら、今はもうおじいちゃんになっているはずだ。
神崎さん、ご病気されたんだ。
大丈夫かな。心配だな……。
大したことなければいいな。
「……それで来週、アフレコ収録する一話分の、レイン役を、急遽他の声優に依頼することになった」
アフレコとは──今さらだけど、ちゃんと説明すると、アフター・レコーディングの略のことで、主に声優さんたちが、入れ代わり立ち代わり、アニメや洋画といった映像の、キャラクターの口の動きに合わせて声を当てること。
キャラクターの動きに合わせて、セリフのタイミングを考えなければいけない。
これは、星桃学園の授業内容にもあるよね!
それともうひとつ。
人間の口から出る、ピチャ、クチャ、というツバがからまって生じる余計な音──リップ音とかは、本当に気をつけないと、その音をマイクが拾っちゃう。
そうなると収録し直しになって、共演者さんだけじゃなくて、ほんとに沢山の人に迷惑がかかるんだ。
ハッ! 私ってば、いま気づいたよ!
一条先輩が、音の出ない服を着てこいって私に指示したのは……ここがアフレコスタジオだからなんだね!
実際に、アフレコすることはないにしても──基本的に、ここへ出入りする人間は、音の出ない服を着ないと行けないんだ。
「──鈴名宝。おまえのあの、入学式のときのアクションを観た。そして、聴いた。このオーディションで、矢崎世羅くんと戦って──見事レイン役を勝ち取らなければ……鈴名宝。おまえは星桃学園を退学だ」
なっ! ど、どっえええええええええええっ!?
たたた、退学!?
ななななな、なんでですか!?
世羅さんが、少し笑いをこらえながら、私と対馬プロデューサーを見ているのが、視界に映った。
「対馬輝臣がきっかけであり、やつのせいとはいえ、入学式でのおまえのあのアクションと下手なダイコン演技は、非常に問題だ。うわさでは、あの鈴名葵の娘であることを生徒たちにひけらかしているそうじゃないか。そんなヤツは星桃学園の生徒にふさわしくないと、理事長の俺が判断した」
なんで!? そんなのは──!
私は、まくしたてるようにコーギした。
「入学式の時のことなら謝ります! 私、あの時は、まだ自分の声質のこと、ゼンゼンわかっていなくて……。下手な演技だってことも認めます。でも、でも私──マ、じゃない、伝説の声優である母──鈴名葵の娘であることを、ひけらかしたりなんかしていません!」
「──とにかく。鈴名宝。矢崎世羅と、オーディションを受けるのか? それとも、辞退して、おめおめと星桃を辞めるか?」
──なんて、残酷。
私はまだ、中学生になったばかりなのに!
「わ、私は……」
──オーディションなんて、できません。
オーディションをしなくても、退学だけはやめてください。
思わずそう言いかける。
…………私ったら、声優になりたいとか言うくせに、全然だめじゃん。
こんなことでひるんでいたら、この先も、絶対プロになんてなれないよ。
入学式でのアクションは……それに、ヒカリ組での自己紹介をしくじったのは。
私の責任でもあるんだ。
うーっ! もうこうなったら!
退学を賭けたこの対決──オーディションは、受けるしか、ない!
「わかりました。受けます! ──世羅さん! 【レイン役】を決める対決、対戦よろしくお願いします!」
頭を、下げた。
そんな私を見下ろしながら、世羅さんは腕組みしながら、不敵に笑んだ。
もちろん、私には見えていない。
「よろしく。鈴名宝さん」
◇
どうしよう。どうしようどうしようどうしよう、どうしよう!?
私と世羅さんで、対決だなんて。
レイン役を勝ち取らなければ、即退学。
対馬プロデューサーと、世羅さんがいた手前──さっきは気丈に振る舞って、ああ言ったけれど。
やっぱり私、勝つ自信なんか、これっぽっちもないよーーーー!
だって。
世羅さん、あんなに透きとおった、怖いくらいキレイな声なのに、【レイン役】──少年役の候補として選ばれるなんて。
きっと、ずば抜けて演技が巧いんだ。
だから、対馬プロデューサーにも目に留めてもらったんだよね。
うん、絶対そうだよ!
私、もし──。
世羅さんに負けて、オーディションに落ちて。対馬プロデューサーの言う通り、退学になったらどうしよう。
そんなことが、現実になったら──。
せっかくママと同じ星桃学園に入学したのに、そんなの絶対イヤだよ────!
私、絶対立ち直れない!
アフレコスタジオのろうかのイスに座っていた私のところへ、対馬くんが、歩いてくる。
目が合った。
「宝ちゃん?」
「あ……──って、な、なんであんたがココに──!?」
どうやらぐうぜんだったらしい。そっか。対馬くんは、もうすでにプロの声優だもんね。
「よォ。それはこっちのセリフ。こんなところで会うなんて……って、声優科なんだから、いてもおかしくないか。俺もちょうどここのスタジオで、アフレコがあったんだよ。仕事終わりってわけ。──って、どうした? 宝ちゃん」
元気ないな、と、対馬くんがほほえみかけてくるけれど……私は放心したままだ。
対馬くんは、「ちょっとジュース買ってくる」と言ってその場を離れると、「ん。おごり」と、いちご牛乳をくれた。
これにはびっくらこいた。ぐうぜんにもほどがある。私が大好きないちご牛乳を買ってくるなんて。
対馬くんはグレープフルーツジュースをとなりで飲みながら、なにかを察したのか、しばらくだまったあとで私に問いかけてきた。
「それ。手に持ってるやつ。ホン?」
ホンとは、台本のこと。
生まれてはじめてもらった台本が、まさかママが出演していたアニメの台本だなんて。
「うん……。まだ仮だけど」
「へぇ。入学してまだ全然経っていないのに、もう役を勝ち取ったのか? さすが、伝説の声優の娘なだけあるな」
伝説の声優の娘。ママ……鈴名葵の──。
対馬くんがなにげなく発した、その言葉を聞いた瞬間。
私は、なんでかわからないけど、思わずじわっと、目になみだがにじんだ。
「──大丈夫か?」
このときの私はたぶん、プロの声優でもある対馬くんに、なにか言ってもらいたかったのかもしれない。
アドバイスのようなものを求めていたのかも。
甘えるつもりなんて全然ないけれど、私は対馬くんに、これまでのことのなりゆきを、時系列順にすべて話した。
なにも知らされず、デートというウソの名目で、一条先輩に連れられてここ(アフレコスタジオ)に来たこと。
プロデューサーでもある理事長先生に、オーディションに合格しなければ即退学だと言われたこと。
そのオーディション──天国のママが出演していたアニメの、レイン役でデビューするために、ママのお仕事仲間だった矢崎まりもさんの娘さんである、世羅ちゃんと対決することになったこと。
全部話し終えると、対馬くんはボソッと、「あの、クソオヤジが……」と、怒りの声音でつぶやいた。
たぶん──少し、怖いくらいにも思えるその声音は、私のことを想ってくれてのことだろう。
そしてやっぱり、星桃学園の理事長先生、兼、プロデューサーは、対馬くんのお父さんだったんだ。
顔が似ているし、どことなく雰囲気も似ている。
苗字も、とうぜん一緒だし。
「とうぜん、本番まで、練習するんだろ? どこでやるつもりなんだ?」
「そりゃあ、学校か家でやるしかないって、思ってるけど……」
「オーディションは三日後だろ? 今日は土曜日で学校は休みだし、明日だって。ちゃんと本物の機材を使った環境でやってみねーと……」
そうだよね。マイクの前に立ったこともない私は、立ち位置とか、その他とか。
なにも知らないままだ。
「俺んちの地下に、スタジオがあるけど。……来る?」
「……いいの?」
「まあ、入学式のときの詫び的な。そもそも俺のせいで、こんなことになってるんだろーし」
「ありがとう!」
私は対馬くんに、にっこりと全力の笑顔を見せた。そんな私に、対馬くんはなぜか、一瞬おどろいた表情をしたあと──「べつに」と少し照れた様子で、そう言ったんだ。
◇
どどーん! と、立派な、和モダンの豪邸。精緻な紋様がほどこされた門から玄関までは、キョリがめっちゃある! ふ、噴水まであるんですど!
「あ、あんた、こんなにセレブだったのおおおおおおおおおおおおおおお!?」
まるで政治家かなにかの人の家じゃん!
そういえば、忘れかけてたけど、入学式の時も、執筆さん付きのベンツに乗ってたもんね!
そう。ちょうど、広すぎるお庭をこっちに向かって歩いてくる、あんな感じのおじいさん──って、ああっ! 入学式の時に、私を乗せたクルマを運転してくれた、執事さんだ!
「紹介する。俺の専属執事の岩野だ」
「あのときのお嬢さまですね。今お茶をお淹れしますから、しばしお待ちを」
マカロンが出てきた!
お、美味しいぃいいいぃいい!!!!!
フランボワーズのマカロン! とくに美味!
「毎日こんなの食べてるの!?」
「……まぁな」
いいなぁ、対馬くん。
◇
「ふあーーーー、すごい。とっても静かだあ……」
「防音空調だからな」
対馬くんが案内してくれた、自宅の地下にある防音室。
ここなら、たとえさけんでも、泣きわめいても、だれにも絶対に聞こえない(やらないけどね?)
「それで? 宝ちゃんのセリフはいくつだ?」
対馬くんが、イスに腰かけながら訊いてきた。
「え、えっと、叫び声も入れて四つ。神崎さんが入院して、それに合わせて脚本を変えたから、今回は少ない方だって」
「ん。ちょっと演ってみて」
ど、どえ!?
「い、いいいいきなり!? そんな、私まだ、男の子役なんて一度も演ったことがないんだよ!? 心の準備みたいなものが必要……わぷっ、」
対馬くんに、台本で、軽く顔をたたかれた。
「今からんなこと言ってるようじゃ、この先もとっさのアドリブなんてできねーぞ。そういう授業があること、宝ちゃんも知ってるだろ。──今はちゃんと、決められたセリフがあるんだから、演れ」
……はい。おっしゃる通りです、輝臣サマ。
「ええっと……『オレは──チヒロが決めたんなら、それが一番いいと思う』」
「だ・め・だ! ちがう! そんなのはただの、台本に書かれているセリフの読み上げだ! レインですらない!──いいか。神崎茂人さんの声に、全力で近づける必要がある。宝ちゃんは、神崎茂人さんの、レインとしての演技を聴いてどう感じたんだ?」
「神崎茂人さんの演技? き、聴いてない(アニメ観てない)カモ……」
ママが出ていたアニメだから、ずっと追いかけてはいたんだけど……最近は、他の面白いアニメに夢中で、『パワフルリカル!』は観てなかったんだよね……。
「アホーーーーーーーーーー! あくまで自分が出演する予定の、それも演じるかもしれない役を観ないでどうするんだ! 研究をしろおおおおッッッ!」
ひえええぇええええええええっ!
その怒り様……鬼だ! この人は鬼です!(号泣)
「ちがう!」「なに言ってんの?」「もしかしてふざけてる?」「あーグレープフルーツジュース飲みてぇ(棒読み)」
最後のは、あまりにもポンコツな私に、あきれてしまわれたのかもしれない(泣)
「──休憩終わり! 続きやんぞ。オラ、立て。宝ちゃん」
私、気づいちゃったんだけどさ──対馬くんってば、声優──仕事のことになると、めっちゃスパルタになる!
そのあとも、対馬くん直々の声優レッスンは、五時間ほど続いて──最後には、対馬くんと、LINEを交換したんだ。
「がんばれよ! 宝ちゃん!」
「う、うん! が、がんばる!」
私は、とりあえず、対馬くんにアドバイスをもらった通りのことをしてみようと思った。
家にある『パワフルリカル!』のアニメを観て、神崎茂人さんのレインを掴むんだ。
対馬くんって──ただの嫌味な男子だと思ってたけど……ほんとは不器用なだけで、とっても優しい男の子なんだ……。
いよーし! 必ずレイン役を勝ち取ってみせるから! ママ、天国から見守っていてね!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます