第2話 戦慄
太陽が昇り、8月の暑さが本格的になった時間帯。旧市街地と呼ばれる街を歩く男がいた。
折れて地面にぶっ刺さったシンボルタワー。燃えた形跡のある建造物、罅割れたアスファルト、異常に成長した街路樹などなど。もはやこの地に生きる人間はいなくなったこの街。
その地を歩くのは白い軍服を着た男だ。筋肉質ながらのスマートさのあるしなやかな躰。やる気の無い真っ黒な目。熱風に揺られる少し長めの髪。彼は欠伸をしながら、億劫そうにインカムの向こうへと話し掛ける。
「いや暑いな。なあ、もう帰っても良いか?」
『だめです。今フリーで動けるのはサカリ隊長だけなので。
――【八咫鏡】に映らない、中型種と思われる【天造種】の出現痕跡の確認。もし、本当に中型種が出現していたのなら、下手に人員を動員したとしても被害になる恐れがあります。最低でも深度3以上の隊員が三人、深度5の隊員を一人加えた分隊でないと――』
「えー良いだろ。アキラとかどうせ直ぐに帰って来るって。もっと他の奴にやらせた方が良いって。それに、中型倒すのに梃子摺る様だと大型、ましてや【天上種】なんて夢のまた夢。もっと隊員全体の水準上げないと絶対に無理だから。だから育成の為に他の奴にやらせた方が良いって。」
駄々を捏ねるサカリとそれを諌めるオペレーター。そんな彼らはだらだらと歩みを進める。
「だけど、まあ、コイツは深度3くらいじゃ前に立つのも無理だろうけどな。やっぱ面倒だよなコイツ等」
いつの間にかそんなサカリの雰囲気はいつの間にか変わっていた。つまらなそうな目から獲物を狙う鷹の様な鋭い目へ。だらだらと歩いている風に見えるが、その歩みも何処か確信がある様に迷い無く真っ直ぐと。
――がしゃがしゃ。ふと、音がした。何か物を入れた袋を振ったような、そんな音。
ビルの後ろから乗り上げるように顔を出したのは巨大な白骨死体。赤紫色の煙を全身から立ち昇らせながら、がしゃがしゃと顎や体中の骨を威嚇する様鳴らしサカリを凝視する。あの音の正体はこの骨の擦れる音だったようだ。
「最低でも班のリーダークラスは欲しいな。深度で言うと、5いや6くらいは必要かねぇ」
『餓者髑髏!?なぜ旧市街地に!そこは三年前の【神災】以降怨霊系の【天造種】は目撃されていないはずなのにどうして!いえ、それよりも脅威度5以上の【天造種】なのに【八咫鏡】には映った記録が無い。やっぱり、なにかあるのでしょうか……』
「コイツ、餓者髑髏は打ち捨てられた死体の山から発生するタイプだ。つまりは死体を他から持ってきても発生はする。それに何らかの方法で【鏡】から隠す手段があるというのは、それこそ【神災】の時から分かっていただろう」
大方、その時と同じことをしたんだろうとサカリは言いながら後ろへ跳んだ。
瞬間、餓者髑髏の大きな手が彼の今いた場所に叩きつけられた。
「まあ、5W1Hは取り敢えず置いておくとして、流石にコイツは他にやらせるのはキツいかもな。俺が倒すか?」
手応えを感じず不思議そうに手を退かし、眼の前のビルの上に立つ彼の姿を見つけた餓者髑髏は、50メートルに登るその巨体を揺らしながら彼を再度狙う。
『え?あ、すみません!第一作戦目標達成。作戦更新!第二作戦目標対象、【天造種】餓者髑髏。その討伐と霊核の回収お願いします!』
「まあ、そうなるか。了解。【魔装】起動申請」
軍服の内から機械音声のような声が響いた。
『――起動承認。【魔装】
彼の脚、いや穿いている軍靴から紅い光が漏れ出した。その光はやがて実体を持ち彼の脚を鋼で鎧う。光が収まり現れたのは機械的ながらもスマートな黒鉄のブーツ。
「第九部隊隊長サカリ、これより【天造種】の討伐を開始する」
火が漏れ出す。彼の脚、矛盾の哲学の名を冠するその靴の踵からゆらりゆらりと焔が上がり漂い始める。
「骨には火と相場が決まっている。この国、火葬なんでな」
ぼおうっ。地面を蹴り餓者髑髏相手にビルから飛び出した。宙を突き進むサカリに餓者髑髏も拳を繰り出す。
「【
漂う焔が勢い付き、ジェットの様に噴出し中空を滑る。突き出された拳をなぞり後ろへ回り込み頭蓋を狙う。纏わりつく小蝿を払うように慌てて手を払うが一向に当たることがない。それに痺れを切らした餓者髑髏は手札を一つ切ることにした。
【怨嗟咆哮】。自身を構成する死者の怨念。それを叫びに乗せて放つもの。怨念、呪い。それは生者を蝕み心を侵す。
「これがあるから脅威度5以上は面倒なんだよな。数を揃えてもこの足切りで使えなくなる」
咆哮が聞こえるもの全てに影響を及ぼすそれが襲い掛かる。
「そんなもの、俺には効かない。寧ろ隙を見せるだけだったな」
呪いの波を突き破り【火遊星】の勢いのままのドロップキック。後頭部へと突き刺さった攻撃により餓者髑髏は前へと臥せる。急ぎ手を着き起き上がるが、もう既にサカリは準備を終えていた。
「ちくしょう、こんな暑い中で火を使わせやがって、少し怠くなって来たじゃねぇか!【
八つ当たり気味に叫びながら繰り出されたのは青く輝く光球。創り出したサカリを軽く丸呑みする程の大きさの炎の塊は餓者髑髏に向かい、その巨体を焼き焦がし、焼失させた。
「討伐完了。さっさと帰ってシャワーでも浴びるか」
『お疲れ様です。霊核の回収も忘れずにお願いしますね』
了解了解と餓者髑髏が燃え尽きた場所から霊核を回収し、帰路へと着いた。
―――――
シャワーを浴び終え、食堂に入ると。
そこには軽薄イケメンがいた。うわ。出た。
「やあ、今日はこれから任務かい?サカリ」
ニコニコしながらこっち来んな。軽いのが伝染る。
「いや先程一つ行ってきたところだが、午後からもあるな。んで、先程行ってきたのは色々面倒な事があった。データベースに共有してあるから、後で確認をしておけ」
「そうなの?わかったよ、確認しておくよ。
あ、そうそう昨日ね、新しくうちに入った子たちがちょっとした任務に行って来たんだよ。でね、その子たちがなかなか将来有望でさ、キミにも観てもらいたいんだよね。後で動画データ送るからさ、ね、良いよね」
「今期の新入りたちか。大半が新型と聞いているが、まだ入隊して四ヶ月だろう?流石に早いだろ、もう任務に行かせているのか」
新型。最近開発された新しいタイプの【魔装】に適合した者たち。俺ら旧型のモノより高い適合率が無いと発動すらしないらしい面倒なモノ。その代わり初期スペックは既存のよりも高く拡張の幅も広い。が、それは【魔装】自体の話。その使い手自身はまだ10代だという。子供だ。ヒヨッコどころではない。
「いや、僕もキミも一昨年までは未成年だったよね……。
うん、みんな真面目でね。簡単な任務になら監督付きでなら行かせてももう大丈夫だよ。それに、うちの部隊に入った子たちはみんな強いよ。いずれ僕たちに並ぶことができるようになるはずさ」
「ほう、この俺にもか面白い。良いだろう端末に送っておけ、観ておいてやる」
「うん、ありがとう。じゃ、お願いね。僕もこれから任務に行ってくるよ」
それじゃあねーと手を振りながら食堂を出ていく軽薄野郎。さて、席でも探すかな『ピピピ』っと、もう動画送ってきたのか。早いな。だが、観るのは後だな、先ずは飯だ。んで飯を食ったらまた任務だ。
「さてさて今日の日替わり定食は、えーとカツカレーに牛タン炒めとチキン南蛮のセット……」
なんだこれは(戦慄)。
【仮題】退屈なセカイの楽しい終わりと始まり @HazukiKaito
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