十六日目 目覚める騎士

『おはようございます! デイリーボーナスが更新されました!

漂流物:3』


「ふぁ……おはよう、声の人……」


今日は声の人のあいさつできちんと目が覚めたみたい。

そしてここが浜辺に無理やり置いたベッドの上だと気づき、隣で眠るシーラちゃんの姿を見てちょっとほっとする。

波のさざめきを聞きながら、目が覚めるのも悪くないなぁと思いながら、んーと伸びをして起き上がる。


周囲を見てみたら、何やらいくつか木箱が流れ着いているみたい。

今度はなんだろね? 食べ物ならありがたいんだけど……。

波に揺れてるから、そんなに重い物じゃないのは分かるんだけど。


「起きたか坊主。起きてすぐで済まぬが、包帯を作ってくれぬか?」


軽くストレッチをしていたら、小屋から血塗れの包帯を抱えたおばばさんが出てきた。

乾いて大分かぴかぴになってるけど……出血は止まったのかな?


「ん? ああ、これかの? 洗おうと思ってのぉ。大丈夫じゃ、出血は止まった。儂と坊主の薬がよく効いておる。峠は越えたと思うが、熱はまだあるな。まぁ、まだ油断はならぬ」

「そうですか……よかったぁ……」


おばばさんが軽くピースをしてるくらいだし、本当に大丈夫なんだろうね。

それを聞いて、なんだか緊張感が一気に抜けた感じになってしまった。

思わず座り込んだ僕を、おばばさんが優しく見つめている。


「あ、あはは……なんだか気が抜けちゃったみたいです」

「人の生き死にに立ち会うとはこういう事じゃよ。……坊主はよくやった」


そんな僕の頭を優しく撫でてくれる。

その温もりがなんだか嬉しくて……なぜか涙が止まらなくなった。


「むぅ。目が覚めたら身内がいちゃついてるのってどーなのよ?」

「起きたか馬鹿娘? さすがに昨晩は盛らなかった様じゃな?」

「う、煩いわね! どうでもいいけど人の男を垂らしこまないで!」


そう言いながら、僕の頭を掴んで引き寄せ舌を出す。


「嫉妬深い娘じゃのぉ。いいのか坊主? こ奴を選ぶと苦労するぞ?」

「な、なななな、なに言ってるのよ!?」


シーラちゃんが僕の頭を掴んだまま、身悶えてくるんだけど。

なんだかほっぺが幸せなので黙ってます。


「ええと、何を選ぶかは分かりませんけど……包帯が必要なんでしたっけ?」

「え……」

「坊主、お主……」


二人の会話の意味がいまいちよく分からなかったので、とりあえずやれることをしようと包帯を錬成しようとしたら、なぜか二人が信じられないものを見るような視線で僕を見つめてきた。


「……シーラの方も苦労しそうじゃな?」

「……うっさい」


なぜか落ち込むシーラちゃんの頭を優しく撫でているおばばさんから、血でかぴかぴの包帯を受け取る。


「む? それは洗おうと思ってってきたのじゃが?」

「僕が錬成し直すので洗わなくても大丈夫ですよ」

「そ、そんな事ができるのか!?」

「ええ、そんなに難しくないですよ?」


繊維だけ取り出して錬成し直した方が綺麗になるしね。

というわけで、錬成し直して、血液の成分と包帯に分ける。


「……これもあまりやるなって言われてるんだけど、非常事態だし仕方がないよね」


ついでに残った血液成分を錬成し直して、「血漿分画製剤」を生成する。

この程度じゃ、ちょっとしかできないけどね。


「お、おい坊主、それは!?」


目の前に浮かぶ錠剤を見て、おばばさんが驚き震える。


「お師匠様が開発した、免疫力を上げるお薬です。禁忌だから滅多にやるなって言われていますけど……」

「……当然じゃな。それは命から命を生み出す禁忌の薬じゃ」

「まぁ、血の成分を本人に戻すだけなので、問題ないと思いますよ?」

「む……」

「必要なら、釣ったお魚からも生成できますけど?」

「それはあまり口外するな。お主の師匠とやらもそう言ったであろう?」

「はい……もしかしてまずかったですか?」

「まずいもなにも、正教会辺りに知られたら異端審問の上に、確実に火あぶりじゃな」

「えぇ!?」

「……今見た事は全て忘れる。今後は気を付けるがよい。シーラも忘れよ。いいな?」

「わ、わかったわ!」


思ったより真剣なおばばさんの顔を見て、さすがのシーラちゃんも何かを感じ取って即答する。


「ごめんなさい」


しょぼんとなった僕を優しく撫でてから、おばばさんが優しく言ってくれる。


「よい。坊主は技術と知識がアンバランスすぎるのじゃ。お主の師匠も苦労しておったじゃろうなぁ」


「僕、あまりに物事を知らないからって、師匠の下を離れて錬金術ギルドで色々勉強する予定だったんです。その前に、難破してここに流れ着いちゃいましたけど」

「そうか……」


連絡手段があるなら、お師匠様に無事?を連絡しておきたい所なんだけど……ああでもあのお師匠様の事だから、僕の魔力を追う装置とかを作って探してくれるかもしれないなぁとちょっと思う。


「まぁ、よい。多少なら儂も教えてやれることもあろう」

「え?」


しょんぼり気味の僕をまた撫でてくれたおばばさんが、ふむと考えつつ、僕とシーラちゃんに向き直ってにこりと微笑む。


「怪我人を放置して戻るわけにもいかぬしな。しばらくここに居を構えるとしよう」

「ホントですか!?」

「帰れ!!」


喜ぶ僕の頭を胸に抱いたまま、シーラちゃんが即答した。

おばばさんがそう言ってくれたのに、シーラちゃんが辛辣!?


「シーラちゃん、さすがにその言い方はないと思うよ?」

「よいよい。気にしとらん。馬鹿娘が坊主といちゃつきたいだけじゃしな」

「なっ。ち、ちが!?」

「それならいい加減、坊主の頭を放したらどうじゃ? いつまで胸に押し付けて誘惑するつもりなのじゃ? ん?」

「え?」


そしてさっきからずっと抱きしめている僕と目が合うシーラちゃん。

途端に茹で上がって僕をポイって投げ捨てた。


文字通りポイって。


そのまま海に落ちて、びしょ濡れになる僕。


「シーラちゃん、酷いよぉ」

「ああっ、ご、ごめんつい!?」


いくら僕はひょろガリで軽いとはいえ、一応男なんだけどなぁ。

随分飛んだなぁ。ちょっとショックだよ。しょぼん。

海岸線は浅瀬だから大丈夫だと思うけど、沖の方には鮫がいる海なんだよね。

お魚さんがなんだ餌か?的につっついてくるのを身体に感じながら、海から上がる。


「ホントにごめん、ちょっとあせっちゃって、つい……」

「大丈夫だよ、これくらい。【生活魔法】で一瞬だし」


清潔クリーン】の魔法を自分にかけて、綺麗さっぱりする。


「なんじゃ、坊主も【生活魔法】が使えるのか?」

「ええ、生活力皆無のお師匠様のお沢の為に、必死に覚えました……属性魔法はもちろん、無属性の【生活魔法】くらいしか覚えられませんでしたけど」

「それはとにかく覚えてくと便利な魔法じゃからのぉ」

「私、その魔法全然使えないんだけど……」


【生活魔法】談義の蚊帳の外になttyったシーラちゃんが、ちょっとむくれながら僕達を見る。


「魔法に必要なのは必要性と想像力じゃからな。何事にも大雑把な馬鹿娘には、想像力が無いと使いこなせぬ【生活魔法】など一生無理じゃ」

「ふんだ、どうせあたしは、【海魔法】しか使えませんよーっだ!」

「マーメイルの固有能力じゃ、使えて当然じゃがな?」

「ぶー!」


二人の心地いいやり取りを聞きながら、椰子の木と綿花畑の処理を進めておく。

綿花は全部包帯にしちゃおうかな。

多分一番使うと思うし。

あとは腕を吊るための三角巾を作っておこうかな。

骨折している男の人に必要だと思うしね。


「……こうして改めて見ると、とんでもない能力じゃのぉ」

「そうですか? お師匠様なら欠伸をしている間に終わっちゃう作業ですけど」


角材や繊維に変換した椰子の木と綿かを見て、おばばさんが呆れたように言ってきた。


「……坊主の師匠とやらにも会ってみたいのぉ」

「あの人ずぼらで人見知りの出不精ですから、どうですかねぇ……」


朝のルーチンが終わったので、ご飯の準備の前に漂流物のチェックだね。

というかシーラちゃんが網を持って海に飛び込んだから、お任せなのだ。


「今日の漂流物はなんだろうなぁ?」


3つあった箱を錬金術で取り込んで、小屋の横に移動させる。

そのまま釘を引っこ抜いて、ついでに小さな鉄塊にしておく。勿体ないもんね。


「……服じゃな?」

「服ですねぇ……」


3つとも、なんか豪華そうな女性用の服だった。

明らかに上流階級が着ていそうな、豪華なドレスだね。


「……前の絹の時も思ったけど、船に乗っていたのは高貴な方なのかな?」

「そうだ……」


ふいに声を掛けられビックリして小屋を見たら、僕のナイフ君を掴んでこちらを警戒している男の人が、小屋の入り口からこちらを窺っていた。


「助けた者に対して刃を向けるとは、ずいぶん無礼な男じゃのぉ?」


僕を護るように前に出たおばばさんが、呆れたように言う。


「……状況がつかめんのだ、無礼は重々承知でこのまま失礼する。……ここはどこだ?」

「見ての通り、小さな無人島じゃ」

「……質問を変えよう。この小島はどこにある?」

「人族が「到達不能極」と呼ぶ海域じゃよ」

「!? か、カリュブディスの大渦の向こうだというのか!?」

「そうだぞ? ちなみにこの海域にいる人族はお前さんたち二人とこの坊主だけじゃ」


おばばさんの言葉を聞いて、絶望の表情を浮かべる男の人。


「ああ、なんてことだ。襲撃から逃げおおせたのはいいが、これでは姫様が……」

「その姫様を助けたのはこの坊主じゃぞ? いつまで刃を向けておる?」


絶望する男の人にあきれながら、おばばさんが忠告すると、男の人がはっとして、慌ててナイフ君を砂地に刺して膝をつく。


「……失礼した。恩人に対する無礼、平に謝罪する」


ナイフ君を床に置き、そのまま綺麗な土下座を披露する男の人。


「俺はレンジ。小屋で眠るお方はバレンシア様……ザツ国の第2王女様だ」

「知らん国じゃな」

「ええと、僕の国の近隣の小さな王国です。確か隣国と戦争中だったはずですね?」


僕のいた大陸は、それはもうあちこちで領土争奪の戦争が巻き起こっている戦国時代さながらの大陸だよ。

僕が把握しているだけでも、大きな戦場が4つはある。

ザツ国は隣のスローラ国といざこざを起こして、その大きな戦場の1画を担ってたはずだね。


「それもこれも、スローラの国王が、姫様を狙って圧をかけてきたからに他ならない。そして先日、大国の戦端に紛れて侵略して来た」

「姫とはいえ、一介の女子を奪うための戦争とは、おかしな話じゃの?」

「……そ、それは」


「まぁ、言いたくないなら聞かぬし興味もないが。具合はどうだ? 骨は無理やり繋いだから、痛みはともかく無事だとは思うが」

「そ、そうだな……なぜかとんでもない痛みのお陰で目が覚めた……それ以外は特に問題はなさそうだが、いつつ……」


ごめんなさい、その痛みは僕のせいなんです。

たぶん1週間は痛みが治まらないと思います。先生が言ってたので。


「あれ、一人起きてる!?」


そんなやり取りをしていたら、海からシーラちゃんが戻ってきて驚いた。

背負った網の中はお魚さんでいっぱいだね。

凄いよね、僕なら10日はもつ量なのに、朝食だけでなくなっちゃうんだよね、あのお魚さん達。


「まぁ、こちらはこれから食事だ。腹が減ってるなら共に食うがいい」


なんか警戒しているシーラちゃんからお魚さんの網を受け取り、おばばさんが下処理の準備を始める。


「あ! 発酵パンの準備が出来てません!」

「今日はまぁよい。それどころではなかったしの。しばらく儂もここにいる予定じゃ、そのうち食えるだろう?」

「……おばばは帰っていいんだけど?」

「だが断る」


そんな二人のやり取りを見つめたいた男の人が、小屋の中で眠る姫様?をちらりといて、不安そうに尋ねてきた。


「……姫様は無事なのか?」

「無事かと聞かれたら、峠は越えたとだけ言っておこうかの。あとは当人の体力次第じゃ。まぁ、坊主も儂もおるし、恐らく平気じゃろう」

「……この身のみならず、姫様を救ってくださり、誠に感謝する」


それを聞いて、男の人……レンジさんが、もう一度深く、頭を下げた。

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