十五日目 看病と生成

「……あれ、寝ちゃってたのか」


珍しく、いつもの声の人で目覚めなかった気がする。

時間的には朝をだいぶ過ぎたあたりかな、いつものように椰子の木や綿花はすでに再配置されている。

声の人も、気付かなかっただけで声をかけてくれたのかもしれない。

でもしょうがないよね、昨日は久しぶりに魔力が尽きる程に全力を出したし。

それ以外にもだいぶショッキングな状態だったから、精神的にも肉体的にも、結構やられてたんだろうね。

普段あんな凄い血の海を前にしたら、即気絶してたと思うよ?

小屋の中に残るのを躊躇って、外に簡易ベッドを【錬成】したくらいだし。

外が変わらずいい天気でよかったと思うよ。


隣で寝起きを立てているシーラちゃんを起こさないように起き上がり、シーツをかけ直してあげる。

流石のシーラちゃんも、この状況で僕を押し倒したりはしなかった。

代わりに抱き枕状態でお胸に顔がギュッてされていたけど。

……危なく窒息しかけたのは内緒だよ。


ふと確認した小屋の中からは3人分の気配を感じる。

おばばさんがずっとついていてくれてるみたいだね。

中を覗いて確認しようかとも思ったけど、まずは使っちゃった綿とか繊維とかの回収からだね。

ご飯も作らないと。結局、あれから僕たちは何も食べていない。

椰子の実ジュースを三人で飲み回したくらい。

正直料理どころじゃなかったし、全部終わったらそのままばんきゅーだった。


「……いつものをやっておかないと、包帯とか足りなくなっちゃうよね」


と言うわけで、朝のルーチンは割と重要。


なるべく音を立てないように慎重に作業を進めつつ、ついでに焚き木に火を付けて、鍋をかけておく。

お水はその辺の海水からいくらでも【抽出】できるし、ついでに塩も取れる。

【錬金術】は本当に便利だよね。


「ふぁ……あれ、もうこんな時間あの?」

「あ、ごめん。起こしちゃった?」

「さすがにこんな作業を近くでしてたら目も覚めるわよ。……このまま見てていい?」

「もちろんいいよ。ご飯ができるまでのんびりしてて」


とりあえず綿は綿として分けておいて、残りは全部植物繊維に【錬成】し直して布に変えておく。

椰子の木は角材にしておいたよ。

もしかしたら薪として使う事があるかもしれないし。


「パン生地……ああ、また発酵しすぎて風船になっちゃってるよ……」


それどころじゃなかったから仕方がないんだけど、昨日仕込んでおいた生地も巨大に膨れ上がっていたので、【分解】してイースト菌だけ【抽出】して分けておく。

糖分のなくなった生地の慣れの果ては、練り餌にしてお魚さんを釣ろうかな。


釣竿を【錬金術】で取り込んで海に向かわせ、ついでに餌も【錬金術】でズルをして針に引っかけつつ、お魚を釣り上げていく。

これ、お師匠様がベッドの上でよくやってる「なまぐさモード」であまり好きじゃないんだけど……手が足りないから仕方がないよね。

釣れたお魚は、そのまま【錬金術】で取り込んだまま、開きに変えていく。

ついでに切り身以外の部位、骨とかは全部【錬金術】で【抽出】してカルシウムに変えておく。

カルシウムは骨折していた男の人に必須になるしね。

ちなみに内臓は、そのまま海にお戻り頂いたよ。

撒き餌みたいになってお魚が群がってるのがシュールだね。


お魚はお魚で、相変わらずすぐに釣れて有り難いんだけど……何人分くらい用意すればいいかな? 病人の二人は目覚めないだろうけど……。

まぁ、沢山用意してもシーラちゃんが全部食べてくれるからいいか。

あと、ベッドの上に寝転がり、上機嫌に足をフリフリしているシーラちゃんが可愛いと思う。


「ああああ!? 全部内臓を抜かなくてもいいのにぃ!」


そんな僕の作業を見つめつつ、お魚の処理を眺めていたシーラちゃんが慌てて飛んできた。


「内臓を食べるとお腹を壊すよ? 変な虫もいるかもしれないし」

「そんなのマーメイルなら平気平気! それに内臓の苦みがいいんじゃない。なんで捨てちゃうからなぁ、もったいない!」


そう言いながら、錬金術で浮いていたお魚を掴んで串に刺していく。

その作業を苦笑しつつ、眺める僕。


「沢山釣れそうだけど、どれだけ食べる?」

「お腹が空いてるから50匹は行けるわ!」

「お、おぉ……分かった、沢山釣るね」


串打ちと焼きはシーラちゃんに任せて、僕は連れたお魚の半分くらいを【分解】して、どんどんカルシウム粉を作っていく。


「なにその白いの?」

「カルシウムだよ。骨折している人に飲んでもらう予定。無理やり治したとはいえ、今でも骨にダメージがあるから、必須の薬なんだ」

「これも薬なのね?」

「そうだよって、ああ、そうだ。薬で思い出した! あれも必要になるかもしれないよね!」


焼き魚の作業をシーラちゃんに任せて、小屋の裏側に放置しておいた腐った蜜柑の樽の前に移動してきた。


「ええと、なんだっけ? 薬はあまり作らなかったからよく覚えてないけど……ぺ、ぺにーわいずじゃなくて、えーと……そうだ、「ペニシリン」!」


この成分は有害な菌の繁殖を阻害、抑える効果がある。

特に肺炎や破傷風、敗血症なんかに効果があるね。あとなんだっけ? 淋病だっけか? 確か性病にも効果があるらしいよ。……詳しくは知らないけど。


まぁ、あれだけの大怪我だから、まず間違いなく必要になると思う。

この青カビからどれだけ取れるかは未知数だけど……ないよりはましだよね。


とういうわけで【錬成】! そして【抽出】!


必要成分だけ抜き出したら、ほんの少しだけ粉が出来た。

少量だから大切に使わないとね。

蠟成分でコーティングした薄い紙で包んで大切に保管しておく。

ちなみに蝋は、おばばさんのラボ?にあった。海で拾ったという蝋燭が沢山あったので、ありがたく分けてもらったんだよね。

紙は【錬成】した薄い紙。ペラペラだけど、しばらく保存しておくならこれで十分。さっきのカルシウム粉も、これに包んで持ち運びしやすくしておいたよ。


今日は漂流物はないのかな?って周囲を見てみたけど、特にそれっぽいものは流れ着いていないみたい。ちょっと残念。

海辺にでっかいシャコ貝はあるけどね。

あの貝のラボは、僕の小屋よりよっぽど大きいし、中に入ると棚やら雑多な道具が所狭しと並べられている。

真ん中に大きな鍋みたいなものが置いてあって、シーラちゃんが言うには、これがおばばさんが薬剤を調合するために使う、魔法の窯らしい。


ちょっと興味があって【錬金術】で見てみたんだけど……確かに沢山の術式が書き込まれているみたいだね。

どんな術式なのかは、さすがに専門外だからさっぱりわからなかったよ。

下手に【分解】でもしようものなら、取り返しが付かないからそれ以上はしなかったけど。


ペニシリンを抽出し終わったので、シーラちゃんの手伝いに戻る。

焚き木の横に針山のように並んでいるお魚さんがちょっと怖いけど、香ばしい香りが、実は空腹だった事実を教えてくれる。


「……ずいぶん焼いてるね?」

「だ、だって昨日は何も食べられなかったし。お、おばばとか人族もいるから、沢山焼いたの! べ、別に一人で全部食べようと思ってなんかいないんだからね!」

「全部食べても大丈夫だよ? お魚はすぐ釣れるし」


なんかアワアワしているシーラちゃんの横で、無発酵パンを焼いていく。

スープはどうしようかな? 焼き魚に魚のスープはくどいかな?


「……空腹にこの匂いは溜まらぬのぉ」


そんな事を考えていたら、小屋からおばばさんが出てきて、針山状態の焼き魚を見て苦笑する。


「残すと勿体ないから責任をもって食えよ?」

「当たり前でしょ。糧になる命に感謝を。忘れてないわ」

「それならよい。……坊主の方は何を焼いておるのじゃ?」

「ただの無発酵パンです。発酵パンの連続失敗記録行が更新中なんですよね」

「ふんわりパンはそのうち喰いたいのぉ」

「今日も仕込んでおくので、何も起きなければ食べられるはずです!」

「何もないか……」


僕の言葉を聞いて、おばばさんが難しい顔をする。


「何か問題でもありましたか?」

「男の方は恐らく大丈夫じゃ。目覚めはしておらぬが、状態は安定しておる。問題は女の方じゃ。恐れた通り高熱を発しておる。感染症の疑いがあるのぉ」


ああ、やっぱり駄目だったかぁ。

雑菌や汚染はなるべく取り除いたつもりだったけど、完璧には無理だよね。

僕は【錬金術師】であって、お医者さんじゃないもん。

でも、多少はお手伝いできるよ。さっき作ったのがさっそく役に立ちそうだ。


「それなんだけど、おばばさん、これを使ってください」


紙に包んだ薬をおばばさんに渡す。


「……なんじゃこれは?」

「こっちのいっぱいある方がカルシウム粉末です」

「ふむ。男用じゃな」

「さすがはおばばさんですね! 聞いただけで分かりましたか!」

「まぁ、これでも【薬師】じゃからの……それで、こっちの薬はなんじゃ?」

「ペニシリンっていう薬です」


しげしげと包みを見つめていたおばばさんが固まる。


「ぺっ!? こ、抗生物質か!? ど、どうやって生成したのじゃ!?」


慌ててモノクルの魔法を使って薬を鑑定?し始めるおばばさん。


「小屋の裏側に転がってる、腐った蜜柑の青カビから生成しました。カビが増えたらまだ【抽出】できるかもしれないので、放置したままにしてあります」

「こ、抗生物質が青カビから抽出できるのか!? 儂は植物や鉱石から採る方法しか知らぬぞ!?」

「青カビのペニシリンは、お師匠様が研究発見した最近のものですからね。なんかブドウ糖菌の培養パレットにカビが落ちたら菌が死滅して発見したとか聞きました」

「……信じられん。儂の魔法でも確かに抗生物質と表示されておるわ」


何度も何度も薬を見つめてから、大きくため息をつくおばばさん。


「……まだ作れる可能性はあると言ったな?」

「青カビ次第ですけどね。多分あと2回は作れるかなって思っています」

「それは重畳。女も助かるかもしれぬ」


慌てて小屋の中に戻っていくおばばさんを背を見つめる僕とシーラちゃん。


「そのぺにー何とかって、そんなに凄いものなの?」

「お薬としては優秀らしいけど。お師匠様なら大量に生成できるお薬だからなぁ」

「ふぅん? おばばがあんなにワクワクしてるの、初めて見たんだけど?」

「まだあまり知られていない薬だからじゃない?」


あの女の人の症状には効果があると思うし、あとは彼女の体力次第かな。

助かるにしても助からないにしても、僕にできる事はもうないと思う。


そんな事を考えていたら、僕とシーラちゃんのお腹が同時に鳴った。


「……その前にご飯だね」

「そ、そうね……お魚が焦げる前に入れ替えないと!」

「ボクもパンを焼くよ。……今日こそふんわりパンをお披露目したいね」


薬を投与して来たらしいおばばさんも戻ってきて、朝食としてはやたら量の多い食事を済ませていく。


「ああ、おいしい……お腹が空いてちゃんだなぁって実感するよ」

「そうね、50本じゃ足りないかも?」

「馬鹿娘は食べ過ぎじゃ。なんでそれだけ食って体型が変わらぬのじゃ?」

「おばばと違って若いからじゃない?」

「くっ、それに関しては言い逃れもできぬが……」


おばばさんって、今は美人のお姉さんの姿だけど、実は物凄いおばあさんだしね。


「それにしてもあの薬はすごい効き目じゃな。一気に熱が引いて安定したぞ」

「ああいう状態の患者に最適だって、お師匠様から聞いてます。発表した瞬間、医学会が震撼して面白かったって悪い顔をしていましたね」

「そりゃ当然じゃのぉ。儂の知らない薬学が発展していた事にも驚きじゃが」

「お師匠様は天才ですからね!」

「いや、坊主も大概だと思うぞ?」


焼き魚を齧りつつ、おばばさんが苦笑する。


「おばばはそのぺにーなんとかって作れないの?」

「先ほどから、今後は可能じゃが……あそこまで効果の高い薬が作れるかは分からぬのぉ。そもそも海で青カビなど手に入らぬわ」

「そういう意味では運がよかったですね!」

「そうねぇ。あたしなら間違いなく見向きもしなかったわ!」


青カビの樽なんてよく流れついたなぁと思うよ、本当。


「……まぁ、そうじゃな。おそらくこの島に作用する力が関係しておると思うが」


そんな僕達を、おばばさんが思案顔をしながら見つめている。


「この島は特別な聖域なのじゃ。契約者の希望を叶え、育つ特性がある。その結果、島の主であるアーケロン様が目覚めるという伝承もあるが……この島の契約者など、坊主が初めてじゃからな。正直どうなるかさっぱりじゃ」

「1万2000年も生きていて初めてなの?」

「と、歳の事は言うでないわ! そうじゃ。アーケロン様が眠りに落ちてから今まで、一度も目覚めておらぬ」

「それじゃなんでそんな伝承が残ってるの?」


お魚さんを齧りつつ、シーラちゃんが首を傾げる。


「アーケロン様自身が儂にそう言っていたからじゃ。いつになるか分からぬが、やがてアーケロン様と契約ができる際を持つ者が現れるとな」

「それがこいつ?」


そして二人の視線が僕に集まる。


「そのようじゃな……実際才能はあると思うぞ。それも凄まじい才能じゃ」

「僕なんてただの味噌っかすでしたけど?」


実際お師匠様の周囲にいた人達なんて、僕が1000人いても敵わないような物凄い人達ばっかりだったし。


「坊主はそのクソ低い自己評価を何とかせんと、世界が困るぞ?」

「と言われても……本採用前の見習いですよ?」

「……まぁ、よい。ここには儂とシーラくらいしか評価するものがおらぬしの」


おばばさんはしばらくこの島に滞在してくれるらしい。


「流石に患者を放置していくほど恥知らずではないわ! それにふんわりパンとやらが食ってみたいしの!」

「それは今晩にでも用意しますよ!」

「あとシーラと一緒に夜……」

「そっ、それは駄目! 絶対駄目!!」


なぜか指を咥えて妖艶に微笑むおばばさんの視線から、僕を護るように胸に抱きよせ、威嚇するシーラちゃん。

気持ちいいけど、ちょっと苦しいよ!?


「……ここにいれば、いずれチャンスもあろう。ふっふっふ、坊主、その時は覚悟しろよ?」

「あ、はい? よく分からないけど、分かりました?」


薬学この事でも聞きたいのかな?

でも僕が知ってるのは【錬金術】生成できるものくらいなんだけど。

ああ、でも鉱物や植物から生成できる抗生物質の話は僕も聞きたいな。


「おばばさんの知識には僕も興味があります! 沢山お話を聞かせてください!」

「ほほう、そう来たか? そうじゃのぉ、寝耳物語として話してやろう」

「夜寝る前に聞かせてくれるんですね! 楽しみです!」

「絶対そういう話じゃないのよ! むー!!!」


僕をギュッと抱きしめながら、なぜか僕に対して文句を言うシーラちゃん。


そんなシーラちゃんと僕を優しく見つめながら、おばばさんはただ微笑むだけだった。

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