十四日目 怪我人

『おはようございます! デイリーボーナスが更新されました!

漂流物:1』


「おはよう声の人!」

「ふぁ、朝から何よぉ、まだ眠いんだけど……」


元気に声の人に挨拶をしたら、隣で寝ていたシーラちゃんを起こしちゃったみたい。

ちょっと申し訳ない気分になりつつ、今日は絶対ふんわりパンを成功させるんだよと、気合を入れる僕。


「起こしてごめんね! まだ寝てていいよ。僕はパンの仕込みがあるからね!」

「なんで朝からそんなに元気なのよぉ……ホントに元気ね?」


そして何やらシーラちゃんが呆れながら僕を見て、そのまま視線を下の方に向けてから、にっこり微笑んだ。


「こ、これは、男の子ならしょうがないんだよ!?」

「ふーん? ……治めるの、手伝ってあげようか?」

「こ、今度ね!?」

「あ! ちょっと、もう!!」


こ、ここで流されたら、またお昼になっちゃうからね!

物凄い誘惑と後ろ髪を鷲掴みにされた気持ちを振り払い、僕は小屋から飛び出る。


「って、飛び出たら仕込みができないけど……」


それでも、今戻ったら格好悪いし、絶対シーラちゃんがドヤ顔で迫ってきて抗えられない気もするので、まずは椰子の木と綿の畑を処理しちゃおうかな?


「あ。そういえば漂流物があるんだっけか。今日はなんだろう?」


海岸線に視線を向けたら、樽が流れついていた。

あの感じだと、何か食材かな? ちょっとワクワクしながら、樽を転がして小屋の近くに運ぶ。


頃がした感じ、そんなに重くなかったし、樽の中からゴロゴロ音がしてたから……もしかしたら、お芋か何かかな?


とりあえず樽を開けてみたら……その中身は何というか、緑のもじゃもじゃになっていた。


「これ、もしかして柑橘類かな? すごい勢いでカビてるけど……」


樽の中身は、多分蜜柑か何かだと思う。

【錬金術】で見てみたら、やっぱり「蜜柑(腐敗)」って出たよ。


さすがにここまでカビちゃったら食べられないね。

でもこれでも、種くらいは取れるかな?

それと青カビからはとっても有用な成分が取れるんだけど……保存できないよなぁ。


「……なにそのきちゃないの? さすがに食べないわよね?」


樽を前に唸っていたら、着替えたシーラちゃんが、僕の肩越しに樽を覗き込んで嫌そうな顔になった。


「これは流石に食べられないよ? でもちょっと役に立つモノが作れるんだけど、保存ができないからどうしようかなぁって」

「こんなのから? 何が作れるの?」

「えっとね、それは……」

『悪いがそれは、後にしてくれたまえ』

「え?」


突然上がった声に驚いて海を見たら、ざっぱーーんという水柱と共に、おっきな貝が飛び出してきた!?


「な、なにこれ!?」

「これ、おばばの工房じゃない! なんでここにあるの!?」


そして僕に飛びついて、目の前の真っ白で大きなシャコ貝を指差して大声を上げる。


「知らないよ!? なんかいきなり飛び出してきたんだもん!」


慌てる僕とシーラちゃんの前で、シャコガイの蓋がパカっと開き、そこから人型のおばばさんが、なにか大きなものを両肩に担いで飛び出してきた。


その肩の担がれたモノ……ぐったりとした人間二人を見て、さすがの僕らも何かあったのだと理解した。


「おばばさん、その人達は!」

「人族!?」

「丁度いい、シーラも手伝え。このままでは持たぬ。すまぬが小屋を借りるぞ?」

「は、はい!」


つかつか歩くおばばさんの後ろに、ぽたぽたと赤い滴が砂浜に吸い込まれて行く。


「布は用意できるか?」

「は、はい! すぐに【錬成】します! 綿もまだ残ってますけど?」

「ありがたい。シーラ、儂の工房から針と糸、それとポーションをあるだけ持ってこい」

「え、え?」

「早くしろ、死ぬぞ」

「わ、わかったわよ!」


シーラちゃんが慌ててシャコガイに飛び込んでいく横で、僕は今日の分の椰子の木を全て繊維に【分解】にして、沢山のガーゼと包帯を【錬成】する。

綿花も綿の塊にしておく。

お師匠様が血を吸うのに綿の塊が最適とか言ってたし、おばばさんから何か要望があったらその場で編成すればいい。


「おばばさん、綿と木綿、包帯です!」

「おばば、鞄持って来た!」


部屋の中に入ったら、そこはさながら血の海のようだった。

怪我人は二人。男女の若い冒険者のような格好をしている。

男の人は全身傷だらけで右腕と右足が骨折しているようだ。気を失っているけど、それ以外に大きな外傷はないみたい。

問題は女性の方。左肩から腹部に向けて、何かに噛まれたような大きな傷が走り、そこから血が流れている。


「儂の魔法で出血を押し留めているが、長くはもたん。ここまでひどい傷は、縫ってポーションを使わないとうまく塞がらぬ。マーメイルならともかく、人族の手術は海の中ではできぬのじゃ」

「構いません、好きに使ってください!」

「助かる」


おばばさんが怪我人の服を切り裂き、傷口を露にする。


「うっ……」


そのあまりにひどい傷と血の量に、ものすごい吐き気が襲い掛かってきた。

もはや、肩から左腕が捥げて落ちる位の凄い傷。

骨が露になり、正直生きているのが不思議なほどの重症だ。


「駄目だ、耐えろ。ここを汚染させるわけにはいかん」

「わ、かかってます、大丈夫。……何も食べていなくてよかった」


僕が見る限り、部屋の中には【清潔クリーン】の上位【大清潔ハイクリーン】が掛けられているようだ。そんな場所を吐しゃ物で汚すわけにはいかない。


「これは……繋がるか?」


女性の傷を見て、おばばさんの表情が曇る。

おばばさんも僕の見立て通りの事を考えているのかもしれない。


「これは……繋げられぬかもしれぬ……」


悲壮感を漂わせながら、患部の処置を試みるおばばさん。

その横で青い顔をしながらも、両手にポーションの瓶をもって待機しているシーラちゃんもまた、絶望の表情を浮かべていた。


「治すだけなら僕がやります」


お師匠様には人目がある場所では絶対やるなと言われていたけど、これはもう仕方がないよね。


「錬金術で人体錬成をすると言うのか!? 禁忌じゃぞ!?」


僕の言葉を聞いたおばばさんが、大きな声を上げる。


「いちからの人体錬成は確かに禁忌ですけど、本人の血肉を繋げる事くらいはお師匠様もよくやっていましたよ。包丁で指を切った時とか」

「そんな切り傷と一緒にできる怪我でもなかろう!?」

「繋げる事なら出来ます。ただ、流れた血や足りない肉は補填できません。この後高熱が出ますし、感染症も対処できません。そちらはお任せしてもいいですか?」

「こ、この際なんでもよい。では任せるぞ? ……死んでも恨むなよ?」


怪我人の女性に一言声をかけて、僕の為に場所を空けてくれる。


「ち、ちょっとおばば、【錬金術】ってそんな事もできるの!?」

「できる出来ないと言われれば、確かにできる。しかし人体錬成は禁忌にて、とても複雑で難しいのじゃ。ここは坊主の才能に期待するしかあるまい。……どうせこのままでは助からぬ」

「シーラちゃん、悪いけど繋がった瞬間にポーションを沢山かけて」

「わ、分かったわ!」


シーラちゃんにお願いをしつつ、女性の身体を【錬金術】で取り込んで、状態を確認する。


名前とか年齢、身分とか分かったけどそれは後回し!

まずは傷の状態と、切れた血管の位置の確認。足りない部分の補填は、申し訳ないけど、彼女の身体から移動させる。

問題は砕けた骨。一応ほとんど残ってるみたいだけど、骨髄はもちろん流れているし、海水に浸かった部分がこのままだと確実に危険。

血液と海水の成分って判別しずらいんだよね。

でも少しでも残したら確実に感染症に繋がる。残すわけにはいかない。


「こ、これは何ともはや……凄まじい……」


僕の作業を隣で見ながら、女性に【状態保存キープ】の魔法をかけていたおばばさんが、何かブツブツ言ってるけど、それを聞いている余裕は僕にはない。


「異物はこっち、血液は集めて一度こっちに。……ああ、鼓動が遅いのは魔法のお陰か。干渉しないように慎重に慎重に……ちょっとお胸とお尻のお肉を貰うよ」


とにかく慎重に骨をより集め、肉を繋げて整形していく。


「傷は消えないな、これ……若い女性なのに申し訳ない気分だ」

「傷など、命には代えられまい? 坊主、骨は繋げたな?」

「はい。ただ骨髄液が足りません」

「それはこの者の生命力に賭けるしかなかろう。当分まともに動けなくても、命あっての物種じゃ」

「そうですね……」


僕の繋げた肉体に、おばばさんが【活性化】の魔法をかけていく。

これは人体の再生力を上げる水系統の魔法だね。


「……よし、終わった。シーラちゃん、ポーションを!」


不格好ながらも肉体を修復し終わった所で、呆気に取られて固まっていたシーラちゃんに声をかける。


「は、はい! 分かりました!!」


そしてはっとして、両手のポーションを今繋げたばかりの傷口に振りまいた。

同時に傷口から煙が上がり、急速に再生、繋がっていく。

その様子を、何かスキルなようなものを使い、おばばさんが見つめている。

目の前にオラクルのようなモノが浮かんでいるけど、あれはなんの魔法だろ?

たぶん鑑定系の魔法かスキルだと思うけど。


「おばばさん、どうですか?」


そして女性の様子を観察していたおばばさんが、ふぅっとため息をついて、オラクルを消した。


「傷はもう問題ない。内臓が割かれていたらヤバかったかもしれぬが……」

「ほんとですか!?」

「うむ……正直手持ちのポーションでは助からぬと半分諦めておった」


それを聞いて、集中力が完全に切れた僕は、その場にへたり込む。

よく見ると周囲は血の海だ、改めて吐き気がよみがえったけど……気合で耐えたよ!


「坊主は本物の天才じゃのぉ。儂が知っている【錬金術】は、もっと融通の利かぬモノじゃったぞ」


そしてへたり込む僕の頭を優しく撫でて、おばばさんが微笑む。


「これくらい、僕の知り合いの錬金術師なら誰でもできますよ!」

「誰でもは無理じゃろ……しかし見事じゃ。傷が残るのは諦めてもらうしかないが」


女性の周囲を【清潔クリーン】で綺麗にしながら、おばばさんが女性の身体の上にシーツをかける。


……そういやこの人ほぼ裸状態だった。

女性なのに気が付かないなぁ、僕……。急に恥ずかしくなってきたよ。


「この人、もう平気なの?」


そんな僕のほっぺをなぜかつねりながら、シーラちゃんがおばばさんに問う。


「予断は許さぬ状態ではあるがのぉ、もう一人の男よりは確実に危険な状態なのは間違いない」

「そう言えばもう一人いた!」


こちらの男性は、気を失っているだけのようだけど、片手片足が折れてるね。


「骨折だし、椹木あてぎをしてもいいんだけど……」


骨折を無理やり【錬金術】で繋げると、気を失っていても目覚めるくらい痛いらしいんだよね。前にお師匠様がなぜか嬉しそうに教えてくれた。

お友達の骨折を治した時の絶叫が面白かったらしいよ。


「……緊急時だからしょうがないよね」


男性を【錬金術】で取り込んで、骨折の確認をする。


右腕は複雑骨折だね。自然治癒だと、まともに腕が動かなくなる可能性がある。

右足は綺麗にぽっきりいってる。これなら繋がるのも早いと思うけど……。


「……ちょっと痛いけど我慢してね」


両方とも、錬金術で治しておいた。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああっ!?」


男性がものすごい絶叫を上げた後、もう一度気を失ってしまったけど……。


これは仕方がないよね?


だからシーラちゃんとおばばさん、怯えたように僕を見ないで?

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