十三日目 麺料理

『おはようございます! デイリーボーナスが更新されました!

トピック:住人を増やすと、島の面積が増えますよ!』


「ふぁ、おはよう声の人……」


いつもの声に目覚めた僕は、隣で寝息を立てるシーラちゃんを起こさないようにそっと起き上がり、小屋の外に出る。


昨日も結局、夜遅くまでゴニョゴニョだったしね……おばばさんに合わす顔がないよ。


それにしても住人って言われてもなぁ。

物理的に人がいないから、移住してくれなんて頼めるわけでもないし、そもそもこんな所に住んでくれる人はいない。


ただ畑を開放するには、島の面積が足りないらしいんだよねぇ。

仮におばばさんが住んでくれたとしても、住民数には届かないし。


「……お魚さんとか、住人にカウントできないかな?」


朝の解体作業を進めつつ、昨日の残り物を海にポイして寄ってきたお魚さん達を見て、ため息をつく僕。

お魚さん達にはパンの欠片が大人気らしい。

なんかバシャバシャ集まってきて、餌付けしているようでちょっと楽しいな。


「そうだ! パンで思い出したけど、酵母を混ぜた生地の事、すっかり忘れてた!?」


やばい! ほぼ一日放置してるよ!?


慌てて台所に戻って、布をかぶせておいた木のボウルを確認する。


「うっわ……なんかこんもりしてる……」


そのパン生地は、ボウルから明らかにはみ出して、まるで茸のような形になっていた。

上にかぶせたはずの布は、生地がはみ出し上の方にちょこんと乗ってる状況だ。

しかも表面がだいぶ乾燥していて、ふんわり感なんて、どこ吹く風になっちゃってるよ。


「失敗したなぁ……これは流石にパンにはできないなぁ……」


そう思いつつ、【錬金術】で何とかできないかなぁと取り込んでみたら、その結果に驚いてしまった。


「あ! 酵母が沢山増えてる!」


そう。そのこんもり硬くなった生地の中には、酵母菌がこれでもかってくらい増殖していたんだよね。


「ま、待ってこれ、【分解】して酵母菌を集めれば、凄い量になるよね!?」


慌てて生地を【分解】して酵母菌を【抽出】、それを昨日作った酵母の瓶に入れ

る。


「これはちょっと予想外で嬉しい失敗だったなぁ」


酵母を抜いた生地はまぁ、使えない事もないけど……【錬金術】の結果で糖分が0って出てるから、パンにしても甘みは全くないよね、これ……。


「でも勿体ないから粉に戻しておこう……」


どんな味になるか怖くて試せないけど、食材は貴重だからね。

最悪、水で練って釣り餌にしよう。


「まぁ、その前にちゃんとしたパンを作りたいね。おばばさんとも約束したし。……今度はちゃんと忘れないように気を付けよう」


新たに小麦粉を作って、酵母を混ぜて生地を作り直す。

濡らした布をかぶせてしばらく放置するのは一緒だけど、今回は忘れないようにしないとね!


「発酵するまで時間がかかるけど……シーラちゃんは寝てるし、まぁいいか」


朝ごはん代わりの椰子の実ジュースを飲みつつ、なんとなく思い立って、先程の糖分0の粉を水で練って、団子状にする。

そして釣竿を持ってきて、針先に練った団子をちょこんと刺して海に投入してみた。


「……練り餌にできるかな?」


と思ったのは、僕の杞憂だったようだ。

海に投げ入れて数秒で当たりがあって、普通に釣れた!

というか入れたら入れただけ、ものすごい食い付きなんだけど!?


「釣り餌の確保が楽になるなぁ」


なんか楽しくなるくらいポンポンお魚が釣れる。

これだけ獲れるなら、お魚から魚醤を作ってみたいけど……アレって時間がかかりすぎるんだよね。完成まで、普通に半年とか一年かかる。

そもそも麹がないから無理なんだけどね。

ちなみに酵母は微生物で、麹はカビの一種だよ。実は別ものなんだよね。


気付いたら50匹くらい釣れてたけど、今日は干し魚を作ろうかな。

干し魚は保存食に回せるし、麦が残っている間は色々便利だね。

つまり、麦の在庫が無くなったら最悪って事なんだけど……。


「ま、まぁ、いいや。お魚を焼いて……そうだなぁ、麵でも作ってみようかな」


朝ごはん用に串打ちしたお魚を焚火の周りに刺しつつ、新しく木のボウルを用意して、麺用の生地を練っていく。


麺と言っても、塩と水で練って、グルテンを出すだけだからね。難しくはないよ。

ただまぁ、力がない僕だと物凄い労力なんだけど……僕だって男の子だもんね。頑張ろう。


「……ふぁ、おはよう。って今度はなに作ってるのよ?」


一生懸命生地を練っていた僕に、寝ぼけ眼のシーラちゃんが声をかけてきた。

とりあえず無言で【清潔】をかけてあげる。


「わざわざこんな事しなくても、海に飛び込めば綺麗になるのに」


少し嬉しそうにしながら、照れ隠しにこんな事を言うシーラちゃん。


「海水だと、髪がごわごわになっちゃうよ?」

「あたしはマーメイルよ? むしろ海に入らないとごわごわになっちゃうの」

「ふぅん? 海水というか、お水が大切なのかな?」

「そんな事考えた事もないから分からないけど……それより何練ってるの?」

「麺生地だよ」

「めん? ぱんじゃないの?」

「パン生地はあっちにあるよ。昨日作ったのは失敗して、さっき作り直したから、朝ごはんには間に合わないんだよね」


発酵させるのに時間がかかるからね。


「ふぅん? ……それ、ちょっと貸しなさいよ。なんか弱っち過ぎて、見てられないわ!」

「え? い、いいよ、僕がやるから……」

「いいから貸しなさいよ!」


そう言いながら、僕のボウルをひったくり、生地をこねこねし出すシーラちゃん。

前もって【清潔】かけておいてよかったね。


「お、おぉ、あっと言う間に生地になっていく……」

「お、思ったより弾力があるわね、これ。どれくらい練ればいいの?」

「指で刺して、表面が軽く戻るくらい、だったっけかな? いつも【錬金術】の目に頼り切りだから、自信がないや、ごめん」

「それなら、ちょうどいいくらいまで見てて!」

「うん、わかったよ」


シーラちゃんに頼まれたので、【錬金術】の目で、生地の状態を真剣に確認する。


「……もうちょっと近くにいないと見づらいんじゃない?」


対面からそれを確認していたら、なぜかシーラちゃんがこんな事を言い出した。


「え? そうだね、それじゃちょっとだけ」


そう言われて一歩身を乗り出したら、なぜかシーラちゃんが僕の横に移動してきた。

肩がぶつかるくらい近いんだけど……。


「シーラちゃん、さすがに近くない?」

「こ、これくらい普通でしょ! い、いいから生地を見て!」

「う、うん」

「あと、たまにはあたしも見なさい!」

「な、なにそれ?」


そしてなんかぐいぐい近づいてきたシーラちゃんが、真っ赤な顔で僕を見て、変な事を言い出した。


「いいから! 生地とあたしを交互に見るの! いい!?」

「う、うん……」


なんか妙な事を言い出したシーラちゃんだけど、肩が密着するくらいまで接近してから、妙にご機嫌になったから、まぁいいかな。……僕も嬉しいしね。


「……うん、それくらいで大丈夫みたい」

「え。も、もういいの?」

「うん。グルテンの生成は十分っぽい。あとは僕がやるよ」

「えー。もうちょっと練ってもいいんじゃない?」

「シーラちゃんの力でそれ以上練ったら、ゴムみたいになっちゃうよ? あとは生地を寝かせておけ…ば…」

「……駄目。しばらくこのままがいい」


僕の言葉を遮って、押しつけつように身体を預けてくるシーラちゃん。


「うん、わかった。……でもお魚焦げちゃうよ?」

「【錬金術】でこっからひっくり返せばいいじゃない?」


なんかシーラちゃんがものぐさモードのお師匠様みたいな事を言い出した……。

でもまぁ、僕もちょっと嬉しいので、黙ってシーラちゃんのお願いを聞き入れる。


「でも、今日はちゃんとご飯を食べるからね! ああいうのは夜です」

「えー?」

「えーじゃないよ、もう。またパンの発酵に失敗しちゃうでしょ」

「パンなんて、どう焼いても同じじゃないの?」

「全然違うよ。ふんわりパンと無発酵パンは、全く別もの!」

「そうなの? それじゃこのめん?ってのは?」

「そもそも麵はパンじゃないよ。細長く切り揃えた生地を茹でる料理なんだ」

「麦からそんなにいろんな食べ物ができるの!?」

「できるよ。バターや牛乳があれば、もっといろんなものが作れるんだけどね」

「……おっぱいはまだ出ないからね?」

「だからそれはもういいよ!」


二人でまったりしながら、お行儀が悪いとは知りつつ、【錬金術】で色々横着する。

確かに便利だし、お師匠様がこれに頼るのは分かる気もするけど、あまりに怠惰に慣れすぎると駄目だと思うんだよね。


でも今日はシーラちゃんにがっしり腕をホールドされてるし、動けないから仕方がないね。うん、仕方がないんだよ!


お魚をひっくり返しつつ、出来上がった生地を薄く延ばして畳んでいく。


「本来はこの生地を麵棒で薄く延ばして、畳んで包丁で切るんだよ」

「ねぇ、この作業、練る所から【錬金術】でできるんじゃないの?」

「……うん。できるけど、【錬金術】に頼りきりになると、お師匠様みたいになっちゃうからね」


お師匠様は美人で尊敬できるんだけど、とにかく生活力がないんだよね……。


「たまに話題に出る、そのお師匠様ってどんな人なの?」

「駄目な大人の見本みたいな人!」

「えぇ……?」


僕が即答したら、シーラちゃんが困った顔になった。


「お師匠様はすごい人なんだけど、【錬金術】以外まったく興味を示さなくて。服は脱ぎっぱなし。お風呂にも滅多に入らない。ご飯も寝たままベッドの上で取るんだよ。それもボロボロこぼして!」

「へ、へぇ?」

「お掃除や洗濯が大変だからやめてってお願いしても全然聞いてくれないし、挙句の果てには「風呂に入れたいならお前が洗え」とか言ってくる怠惰な人なんだよ」

「そ、そうなんだ……気を付けようっと」

「え? 何か言った?」

「な、何も言ってないわよ!? そ、それでなんかその細長くてヒョロヒョロしたの、どうするの?」


なんか神妙な顔になったシーラちゃんが、細く加工された麺を指差して聞いてきた。


「ああ、この後茹でるよ。味付けは塩とオイスターソースでいいかな? 昨日の残りの海老で出汁も取ろう」

「という事は、煮る料理なのかしら?」

「ちょっと違うかな。まぁ、麺みたいに延ばさなくても、丸めて平べったくして茹でる方法もあるよ。たしか「すいとん」って言ったかな?」

「人間って、ホント色んな食べ物を思いつくわねぇ……」


茹で上がっていく麺を見つつ、シーラちゃんが感心したように唸ってる。

お師匠様が言ってたな。人間の三大欲求は食欲、睡眠欲、性欲だって。

その時はあまりピンとこなかったけど、この島に来て、シーラちゃんに出会ってから、身に染みるほどに理解できたよ。


食べて寝て、そのゴニョゴニョしたら、こんな環境でも、割と満足できるんだなぁって。


「なんか白いワカメみたいねぇ」


シーラちゃんはお湯の中で踊る麺を感心して見ていたから、僕の反応は気付かれなかった。セーフ!


「それで、これはこのまま食べるの?」

「え、えっとこっちの鍋の茹でた海老の汁をチョチョイってろ過して、味を調えるよ」

「チョチョイって……ホント【錬金術】って不思議なスキルねぇ」


茹で汁から海老のアクを除去して、黄金色の液体にしたら、シーラちゃんがなんか妙な感じの顔になっちゃった。

ちなみに取り出したアクは、いつものように海に不法投棄したよ。

お魚さんが大喜びだったよ!


「あとはだし汁の味を調えて、海老の殻を剥いて、茹でたワカメの刻んだのを用意して、いったん湯切りした麵を、こっちの器に入れる!」

「おー」

「そしてだし汁をかけて、具材を乗せたら完成です!」


そして出来上がったのは、海老うどんワカメ乗せ。


「なんかいきなり美味しそうになったわね!」


テーブルの上で湯気を立てる器を見て、シーラちゃんがごくりと喉を鳴らす。


「麺は沢山茹でたから、おかわりしてね」

「もちろんお魚も食べるわよ!」


片手にフォークを、もう片手に魚の串を持って、すでに準備万端のシーラちゃんが可愛いなぁ。


「いただきまーす! もぐもぐ、なにこれ!? なんかもっちりしてる!」

「加水と練り具合で食感が変わるんだよ」

「弾力が凄いわね、これ! すごい! 初めての感覚!!」


そしてあっという間に1杯目を完食し、ついでにお魚も2匹ほど平らげてから、おずおずと器を差し出してきた。


「ごめん、アンタはまだほとんど食べてないのに……おかわりいい?」

「もちろんいいよ! たくさん食べてね!」


いっぱい食べるシーラちゃんは素敵だと思うよ!


結局、お昼ご飯にするつもりで茹でていた麵もペロッと平らげ、満足げなシーラちゃんを見ながら、追加の生地を一生懸命練ったよ。今度は僕が練ったよ!


……ちょっとコシが足りない気もしたけど。

こ、今度は全部、【錬金術】でやるから大丈夫だよ!


そしてその夜……すっかり忘れ去られ、また茸みたいになったパン生地のボウルを見て、僕はため息をつく事になるのだった。

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