十二日目 おばば

『おはようございます! デイリーボーナスが更新されました!

 新たな漂流物:3』


いつもの声に起こされて、んーっと固まった身体を伸ばす。

昨日はこのまま、狭いソファの上で眠っちゃったみたい。

僕を抱き枕にして、むにゃむにゃしてるシーラちゃんの顔が、思ったより近い所にあってちょっと照れる。

何時までもこのまま見ていたい気もするけど、漂流物が気になるんだよね。

それも3つも! 今日は何が流れ着いたんだろう?


シーラちゃんを起こさないように起きようとしたんだけど、思ったより強めにギュッとされていたのもあって、無理だったみたい。


「……あたしから逃げ出そうったって、そうはいかないわよ?」


逆にギュッとされて、動けなくなっちゃった。


「お、おはよ! べ、別に逃げようとしていた訳じゃないよ? ただちょっと漂流物が3つも流れ着いたらしいから気になって」

「ふぅん? 多分、数日前に船が沈んだんでしょうね。よくあるのよ」

「人が流れ着いたりはしないの?」

「あの大渦を、生きて耐えられる人なんかいないわよ? 見つける人間は全員死んでるわ。そういうのはだいたい、メガロドンみたいな大型海魔のご飯ね」

「そ、そっか……」


朝から中々重い話を聞いて、ちょっと心が沈む。


そのまま二人で起きて……昨日の痴態を無言で片づけ始めた。

だってこのソファ、生地が高級すぎて僕の【清潔】を弾いちゃうんだもん……。

色々ドロドロぐちゃぐちゃだったからね……雑巾を作って手作業でお掃除したよ。


「ついでに日が当たる所に移動しておくわ」

「う、うん、お願いね」


シーラちゃんがソファを窓際に、ひょいと担いで移動させる。

ホント力持ちだよねぇ。抱き枕にされた僕は普通に動けないのだ。

朝のお掃除が終わった所で、二人で外に出て漂流物を確認する事にする。


「今日は樽が3つかな?」


シーラちゃんがその樽を小屋の近くに移動させてくれる。


「ずいぶん軽いわね、これ? ……中身は入ってるみたいだけど」


試しにひとつ持ち上げようとしたけど、普通に上がらないよ?

そのうちのひとつを開けて見たら、中に入っていたのは殻付きの麦だった。


「わぁ! 麦だ!」

「もしかして、これも食べ物なの?」

「そうだよ! 海水に浸かっちゃったから、普通はもう廃棄ものだけど、【錬金術】で海水の成分を全部取り除けば大丈夫!」

「【錬金術】ってそんな事もできるの?」

「え? 普通にできるよ?」


このくらい、お師匠様なら寝ながらでも余裕でできるし。

僕はちょっと処理にもたつくけど、熟練の錬金術師なら、鼻歌交じりでちょちょいだと思うよ!


「という事は、他の樽も?」

「全部重さが同じだったから、多分?」


一応全部開けてみたけど、やっぱり全部麦だった。


「これは有難いなぁ。食生活が豊かになる!」

「こんなかったいのが美味しいの?」

「殻を剥いて中身を食べるんだよ。粉にすれば色々なものが作れるよ!」

「ふぅん?」


いつもの朝の仕事ついでに、麦が吸ってしまった海水の成分を全部取り除く。

成分のほとんどは海に帰したけど、お塩はお塩で回収!

生きるのに必須な成分だからね!


「殻はどうしようかな……せっかくだから枕にするか」


回収した綿を布に変えて、そこに籾殻を詰めて具合の良さそうな枕に変える。


「あら、これいいじゃない!」


その枕を触ってご満悦になるシーラちゃん。もちろん枕は二つ作ったよ!


……ベッドに二つ並ぶ枕を思い浮かべて、なんかちょっと恥ずかしくなったのは内緒だよ。


とりあえず、朝ごはん代わりの椰子の実ジュースを飲みつつ、淡々と作業を進める。


「麦は粉にしたいけど……しまっておく袋が無いんだよなぁ」


絹で袋を作っちゃおうかな? まだ余ってるし。

でも高級すぎて、汚れたら掃除が大変なんだよね……その都度粉にすればいいか。


「それじゃ、簡単なパンを焼こうか。おかずはお魚だけどね」

「パン?ってこの麦から作るの?」

「そうだよ。まずは粉にするでしょ」


麦を錬金術で【分解】して粉にする。


「ふんふん?」

「それでこの粉に水を混ぜて生地にする」


ついでに海水から「水」を【抽出】して、浮かべたままの粉に混ぜる。

お塩もひとつまみ。


「それでしばらく生地を馴染ませる。その間にお魚を焼こうか」

「あたし獲ってくる!」


色々準備をしようとしたら、いつものようにパンツを脱ぎ捨てて、人魚さんに戻ったシーラちゃんが、海に飛び込んだ。

そして空を舞うパンツに、ちょっと慣れ始めている自分にため息が出るよ。


「麦粉があるから、ムニエルみたいなのが作れるね。バターが欲しいなぁ」


バターは王国でも高級品だったけど、バターで焼いたらきっといい匂いで美味しいよね。なんと言っても獲れたて産地直送だもの!


「麦を炊くのは夜にしようかな。このまま夜用に、水に漬けておこうっと」


お米があればもっと美味しく炊けるんだけど、ない物は仕方がないね。

オートミールにするにも、豆乳か乳が欲しいなぁ。

シーラちゃんにお願い……はできないし、何より恥ずかしくて食べられないよ!


「と、とにかく! 今はパンだよ、パン! イースト菌があれば、ふんわり焼けるんだけど……ちょっと探してみようかな」


イースト菌……酵母って、実はどこにでもいるんだよね。

よくいるのは果物の表面とかなんだけど、実は空気中にも微妙にいたりする。

だから見つけようと思えば見つけられるんだけど……椰子の実についてたりしないかな?


あまり成分を細かく見ようとすると、物凄く疲れるんだけど……ちょっと頑張ってみよう。


一度目を瞑ってから集中する。


前に見たパン屋の酵母菌の名前は「サッカロミセス・セルビジエ」だったっけかな?

それと同じモノ、もしくは近しいモノを選んで見つけるために目を開く。


この時の僕の瞳には、六芒星が浮かんでいるんだってお師匠様が言っていた。

この状態で、自分の顔を見た事が無いから知らないんだけどね。

一度見ようと思った事もあるんだけど、何度見ても鏡の成分が見えるだけで、自分の顔は映らなかったよ。


「……イースト菌……酵母……うん、凄く微妙にいるね。集められるかな?」


とにかく島全域のみならず、僕の錬金術の範囲全体から、見つけられるだけのイースト菌をかき集める。

椰子の木や、さっきの麦にもちょっとついてたよ。

集めたイースト菌は、水晶から作った小さな瓶に入れて封をして回収!

ついでにさっきこねた生地にちょっと混ぜて、発酵を促しておく。


「上手く行けばいいけど……この島は暖かいから大丈夫かな?」


まぁ、朝ごはんには間に合わないから、お昼か夜用かな。

朝は無発酵のパンを焼こう。これなら簡単だしね。


酵母をかき集めるために集中して、疲れてぐったりしていたら、海からシーラちゃんが飛びあがって戻って来た。


「ただいまー! ってなんでそんな疲れてるの?」

「おかえりー。パンのためにちょっと頑張ったから、休憩中なんだよ」

「ち、ちょっと大丈夫なの? パンってそんな危険な食べ物なの?」

「んー。ちょっと違うかな。美味しく食べるために必要なものを集めたからだよ。すぐに戻るから大丈夫。それじゃお魚焼こう……」

「あたしがやるから休んでなさい!」


獲ってきてくれたお魚を処理しようとしたら、シーラちゃんが立ち塞がってメッてしてきた。


「え? いいよ? それくらい僕が……」

「肩で息をしてるのに無理しなくていいの! いいから任せなさいよ! これくらい、あたしにだってできるんだから! あと串に刺して焼くだけだし!」


と言いつつ、僕用にお魚の内臓を取ろうと、ナイフ君を片手に奮闘するシーラちゃん。

なんか手際がプルプルしてて、見てる方が心配なんだけど!?


「ほ、ホントに大丈夫!? ナイフ君、シーラちゃんを手伝ってあげて!?」

「なんでナイフに頼むのよ! い、いいから座って見てなさい! こ、これくらい、あたしにだって、うひゃぁ、切っ先が刺さりそうに!?」

「危ないから、そんな持ち方しちゃ駄目だよ!?」


なんかビクビクしながら、3匹ほどのお魚の内臓を抜く事に成功するシーラちゃん。

そしてその内臓を捨てると思いきや、ひょいパクって感じで食べちゃった。


ま、まぁいいけどさ。

なんか波打ち際のお魚さんが、餌がないのかとしょんぼりしている気がする。

ちなみに15本くらいは内臓を抜いていないままの、串に刺したお魚だよ。

あっちはシーラちゃんの朝ごはんだね。……朝からいっぱいだねぇ。


「あとは塩を振って、焼くだけでしょ! 簡単簡単!」


串打ちし終わったお魚を、焚き木の周りの砂に刺して、シーラちゃんがほっとしつつ額の汗を拭う。


「今度三枚おろしを教えるよ?」

「う……そ、それはまた今度ね?」


串焼きならこれでいいけど、本格的なお料理なら、色々処理を覚えないとね。

海辺に住む者にとって、三枚おろしは基本中の基本だからね。

お嫁さんの必須技能なのだ。


「うん。大分回復したかな。それじゃパンを焼くよ」


酵母を混ぜていない生地を丸くまとめて、フライパンの上に並べていく。

そのまま熱を入れて、しばらく経ったらひっくり返して反対側も焼く。


「……なんだか、香ばしくていい匂いねぇ」


焚き木の周りの魚を回転させながら、シーラちゃんがごくりと喉を鳴らす。


「僕もそう思ったよ。パンなんて何日ぶりだろ……」


シーラちゃんの為に、椰子の実にストローを刺してあげたんだけど、そっちじゃなくて僕の飲みかけの方を奪い、飲んでニコニコ顔のシーラちゃん。

まぁ、いいけどさ。


焼けたパンを木のお皿の上に置いて、ついでに残り物のお芋の汁を温め直す。


「こ、これがパン? どうやって食べるの?」

「好きなだけむしっていいよ。ただ熱いから気を付けてね?」

「う、うん……わ、あっつい!?」

「だから熱いって言ったのに……」


興味津々でパンに手を伸ばし、やっぱり熱かったようで、涙目で指をフーフーしているシーラちゃんに苦笑しつつ、ナイフ君を使って薄くスライスしてあげる。


「もう! 切ってくれるなら最初から切ってよぉ!」

「あはは、ごめんごめん!」


塩をひとつまみ混ぜただけの無発酵パンだったけど、とっても美味しいかった。

お魚の身を挟んで食べると、涙が出るくらい美味しい。

そして当然それはシーラちゃんも同じようだったようで、もはや無言でパンとお魚を交互に食べている。

シーラちゃんは内臓も骨も頭も、お構いなしで食べられるからいいよね。

人間の僕があんな食べ方をしたら、喉に骨が刺さりまくっちゃうよ!


「なんだか旨そうな物を食べておるのぉ? 儂も貰っていいかね?」

「あ、いいですよ! パンならすぐに焼けますし!」


二匹目のお魚に手を伸ばそうとしたら、何やら羨ましそうでのんびりした声が聞こえてきた。


そしてその声が聞こえた方を見たシーラちゃんが、お魚をくわえたままの姿で固まってる。お魚咥えた人魚さん。ちょっと可愛いけど……あれ?

シーラちゃんがあれって事は、声の主って……誰!?


ビックリして振り向いたら、そこにはなんかすんごい格好の女の人が、指を咥えて立っていた。


年の頃は、お師匠様くらいかな?

とっても長い髪を風に揺らし、その長い髪がなにも着ていない、女性らしい身体を隠している。

貝で作った装飾品はジャラジャラ身に着けているけど、いわゆる服に相当するものは何もつけていない。ただの痴女みたいな美人さんだった。

長い脚はすらりと伸びていて、もはやなんて言うか「ビーナス降臨」なる絵画で見たような人が、普通に目の前でお腹を鳴らしてる。


「お、おばば!? な、なんで来たの!?」


そして口からお魚がぽろっと落ちたシーラちゃんが、その人を指差して叫ぶ。


「この人がおばばさんなの!? お母さんかお姉さんじゃなくて!?」

「ほほう、嬉しい事を言ってくれるのぉ?」


そしておばばさん?が、僕の叫び声を聞いて嬉しそうに微笑んだ。


「騙されないで! おばばは1万歳のしわくちゃおばあちゃんなの!」

「正確には1万と2000歳だがの」

「思ったよりお婆ちゃんだった!?」


でも見た目は若々しい、というか目のやり場に困る!?


「なんでそんな若作りしてきたのよ!? あたしに対する嫌味!?」

「いや、若い男がいると聞いたでの、喜ぶかと思って」

「人の男を誘惑するような格好しないでよ! いつものボロボロのローブは!?」

「この格好になったら、サイズが合わなくなってのぉ」


そしてくるりとその場で回り、髪がずれて色々丸見えになっちゃった。

そんな僕に慌てて飛び掛かって、胸に抱いて視線を切るシーラちゃん。

こ、これはこれで幸せというか……ちょっと興奮しちゃうから、自重して欲しいなぁ。


「むー! ちょっとアンタ! すぐに服作って! あの虫の布が沢山残ってるでしょ!?」

「それはいいけど……どんなのがいいのかな? シーラちゃんみたいな奴?」

「なるべく身体のラインが隠れる、ブッカブカの筒みたいなのでいいわよ!」

「それはちょっとひどくないかい?」

「酷くないわよ! むー!!」


なんかシーラちゃんがむくれまくってるなぁ。

可愛いけど、お胸の感触が気持ちいいけど……まぁ、このままでもいいか。

さっきからサイズは分かるしね。


「ええと。絹は……あった。よっと」


シーラちゃんに捕まったまま、小屋から反物を【錬金術】で取り込んで、外に移動させる。


「ぼ、坊主、こ、これは!?」

「【錬金術】だよ。素材として取り込むと、こうやって移動できるんだ」

「い、いや、普通の【錬金術】では、取り込む事は出来ても、自在に移動はできぬはずじゃが!?」

「え? できますよ? お師匠様なんか、寝ながら色々ベッドに運んでましたし」

「このような事が出来る者が他にもおるのかえ!?」

「お師匠様が言うには、知り合いは大体できるそうですよ?」

「そ、そうか……長らくこの地に引き籠っておったからのぉ。いつの間にやら人間の技術が進歩したのかねぇ」


空を浮かぶ反物を見ているっぽいおばばさんが、感嘆の溜息をついている。

まぁ、シーラちゃんにガッチリホールドされてるから、見えないけどね!


「希望の色とかあるかな? このままだと虹色の服になっちゃうけど」

「い、色まで変えられるのかい? い、いやまぁ、今はこのままでよいぞ」

「分かりました! それじゃデザインは……お師匠様のクローゼットで、おばばさんみたいな美人さんに似合いそうなのがいくつかあったな」

「坊主は世辞が上手いのぉ」

「アンタはおばばを褒めちゃ駄目!!」

「えー……?」


なんか僕を抱きしめる腕に力がこもったけど、それ以上は止めてね? 頭が破裂しちゃうし、その前に胸で窒息しちゃう!


とりあえず2着ほど、絹のドレスを生成する。

ひとつはワンピースタイプ。足先まで長い奴で、胸元がちょっと開いたタイプ。

もうひとつはセパレートのドレス。スカートは膝上くらいにしておいたよ。

それと、上下の下着を3セットくらい。

ワイヤーを作って形が崩れないようにもしたよ。

あとからフロントホックにしておいた。お師匠様の下着は、大体このタイプだったからね。イメージしやすかったのもあるけどね。


「できたよ。僕が窒息死する前に、着てもらえると嬉しいな?」

「なんでふたつも作ったのよ! ずるい!」

「ずるいって……なんならシーラちゃんのも作るけど?」

「虫の糸を着るのは嫌!」

「じゃあ、どうすればいいんだよ……」


女心が分からなさすぎるなぁ。


「ほう、まるで測ったようなフィット感……若いの、見たな?」

「えっち!!」

「れ、【錬金術】の目で見ると、寸法は全部わかるんだよ?」

「す、すんぽう……」

「せめてサイズと言って欲しいのぉ……着たぞ、シーラ、離してやるがよい」


おばばさんがそう言ってくれて、ようやく解放される僕の頭。

ちょっとだけ寂しい気分になったのはなんでだろうね。


おばばさんはロングタイプを選んだらしい。

なんか虹色に輝くドレスが煌びやかで眩しい。

というか胸元あんなに開けてなかったはずなんだけど……なんで!?

下着がちょっとはみ出てるんだけど!? ちゃん隠れるように作ったのに!?


「ああ、これか? さーびすじゃ!」


ドレスの様子を見ていた僕に気付いたおばばさんが、にっこり微笑む。


「そんな余計な事しなくていいのよ! むー!!」


そしてシーラちゃんの機嫌がどんどん悪くなっていく。


「で、なんで来たのよ?」

「バカ娘が何日も帰って来ないから、心配して見に来ただけじゃが?」

「じゃあなんで若作りしてきたのよ! いつものおばあちゃんの格好でいいじゃない!」

「若い男に会うなら、これくらいは礼儀じゃろう?」

「いらないのよ! そんなの!!」

「どうせ男にうつつを抜かして毎夜乱れまくっとるのじゃろう? 儂も参加……」

「ぜーーーーーーーーーーーーったい、駄目!!!!!!!!!!!」


僕を背に隠して、おばばさんを威嚇するシーラちゃん。

それを見て、おばばさんが嬉しそうに微笑む。

あれはお母さんやおばあちゃんの優しい視線だね。

正直ちょっと羨ましく思うよ。


「まぁ、様子見はついでなのじゃよ。どうやら人間の船が渦に突っ込んだらしくてのぉ。こんな短期間で2隻目はあまりないからの。様子を見に行くついでに寄っただけなのじゃ」

「じゃあさっさと行きなさいよ?」

「その美味そうな食事が欲しいのじゃが?」

「おばばの分はありませーん! 残念でした! それじゃ行ってらっしゃい!」


そしてけんもほろろな感じでおばばさんを追いやろうとするシーラちゃん。


「シーラちゃん……さすがにひどいよ?」

「う、ぐ……」

「家族なんでしょ、もっと大切にしないと」

「で、でも、あうぅ……」

「僕みたいな孤児みなしごには、とっても羨ましい事なんだよ?」

「…………………………ごめん」


静かに淡々と言った僕の言葉に、さすがのシーラちゃんも折れた。


「おばばもごめん。言い過ぎたわ」

「別に構わぬよ、お主のはねっ返りはいつもの事じゃしのぉ」


そんなシーラちゃんの様子を、さして気にした様子もなく、ほほと笑うおばばさん。


「坊主、名前は?」

「アルトリウス・マギスです」

「アンタそんな名前だったの!?」

「初めて会った時に名乗ったよね、僕!?」


だからシーラやんの僕の呼び方が「アンタ」なの!? ずっとツンデレだと思ってたよ!?


「見ての通りお転婆でお馬鹿な娘じゃが……これからもよろしく頼む」


ショックを受けた様子の僕を面白おかしそうに笑いながら見たおばばさんが、ゆっくりと丁寧に頭を下げる。


「……はい。約束します」

「な、何よそれ、なんか恥ずかしいんだけど!?」


なんかシーラちゃんが照れて身悶えてるけど……そうだね、僕もなんか恥ずかしいや。


「それはそれとして、儂の分お食事は……」

「ああ、はい。僕のを分けますよ。お魚は何匹くらい食べます?」

「そこな馬鹿娘みたいに大喰らいじゃないぞ、儂は。1匹で十分じゃ。それよりそのパンが欲しいのぉ」

「どうぞどうぞ! こっちに内蔵を抜いたのがありますよ!」

「抜いても抜かなくてもどっちでもいいが……せっかくだから貰おうかの」


そして椅子に腰かけ、パンと共に魚を食べるおばばさん。


「ああ、他人の手で作った物を食べるのは3百年ぶりじゃ。温かくて美味い。こればかりは地上でしか食えぬのでのぉ」

「普段は何を食べているんですか?」

「その辺に泳いでる魚を頭からパクっとな」

「ご、豪快ですね?」

「ちなみにあたしもそうよ?」

「というか、マーメイルの普段の食事なんて、大体そんなモノじゃぞ?」

「そ、そうなんだ……」


そりゃ、シーラちゃんが焼いた魚を食べて驚くよね。

海の中じゃ火も熾せないからね。


「ぐす。いつでも食べに来ていいですからね? 歓迎します!」

「なんで涙目なのよ!? 嫌よ!? そんなの駄目!!」

「シーラちゃん?」

「う、ぐ、……そんな目で見ないでよぉ。分かったわよ、たまになら許します!」

「馬鹿娘。もう住処に戻る気が無いのかい?」

「たまには帰るわよ? たまーーーーーーーーになら」

「帰ってくる気が欠片もないのぉ。……ふむ」


結局ほとんど全部二人でパンを食べてから、おばばさんが海に戻っていった。

人魚形態でも、スカート部分が広がる様にしておいたからね。

普通に美人の人魚さんが出来上がって、ちょっと満足。


それよりも、おばばさんが人魚形態に戻った時に、下着を脱いだりしなかったけど……?


「【地上移動ランドムーブ】の精度が上がれば、服も取り込めるようになるぞ?」

「あ、そうなんだ?」

「シーラはまだまだ未熟というわけじゃな。精進せい」

「わ、分ってるわよ!」

「それとも毎回誘惑でもしてるのかい?」

「…………」


え? なんでシーラちゃん無言なの!?


「……まぁ、ほどほどにな? では行ってくる。帰りにも寄ってよいかの?」

「もちろんですよ! 今度はもっと、ふんわりしたパンを用意しておきますね!」

「ほほぅ、それは嬉しいのぉ。ではちょっぱやで行ってくるぞい」

「はい、行ってらっしゃい!!」

「……ゆっくり行って、ゆっくり戻ってきなさいよ?」


不機嫌そうなシーラちゃんと、おばばさんを見送ってしばし。


なぜか僕は、シーラちゃんにがっしりホールドされて、気が付いたらベッドの上にいた。


「あ、あの、シーラちゃん? まだお昼にもなってないんだけど?」

「アンタの頭の中から、おばばの裸体を消すの!!」

「えぇ!?」


そしてがばっと服を脱いで、綺麗な形の双丘を露にする。


「アンタはあたしだけ見てればいいのよ……他の女は見ちゃ駄目」


そして激しく唇を貪るように重ねてきた。


「……それに気づいていたんだから。アンタずっとビンビンだったじゃない」

「そ、それはシーラちゃんが胸を押し付けてきたからであって……」

「他の女を見て興奮しないで。あたしだけを見て。あたしだけを愛して……」


そしてゆっくり、僕のズボンを引き下ろして、下半身に移動していく。


「……一回、口でしてあげる」


その日の昼食は、だいぶ夜遅くになった。

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