5-7 静寂

 時間は僅かに遡る。



 宙空に浮かんでいる騎士たちの瞳は、敵であるアスモダイを映してはいなかった。



 自分たちと敵の中間に陣取ったセリスの後ろ姿だけを見つめている。

 そこには迷いなどなく、信頼という扇状の見えない線で繋がった完全な図形を描いていた。




 始まりを告げる空砲が空気を震わせた。




 音と同時に戦いに出た騎士たちの詠唱が始まる。




 空気は猛り狂い、塵芥は巻き上がり、耳をつんざくような聞いたことのない高音があたりに響き渡った。





 2回目の“祝砲”が、人の足掻きを敵に知らしめた。




 龍の化身や、強烈な様々な光のうねりがセリスめがけて一斉に放たれる。





 それらは扇状の要の場所にいる彼女に吸い込まれると、唸りを上げるかのような音と衝撃波を産みだし、それだけでその力の強大さを知らしめていた。






“Libera me”

(私をお救いください)





 それは心からの祈りだった。力を制御するわけではない、彼女を中心にした静かでいながら、渦巻く台風のような激しさを秘めた禁じられた魔法の始まり。



 8つの光がセリスを中心としたひとつの輪を成していく。



 それらは様々な音を奏でていたが、やがてひとつの音を生み出した。



“Domine, da mihi lumen divinum, ut malum frangam pro amore meo.”




 彼女の紡がれた聖句と共に、唸りを挙げた彗星が流れるように、アスモダイを貫く。





かと、思われた──。



 自身を覆っていた結界が粉々に砕かれる時を待っていたと言わんばかりに、悪意に満ち溢れた黒い咆哮が、鮮やかな光を飲み込もうとして、ぶつかり合う。



 調律された音と、不快な音のぶつかりあい。




 セリスの瞳が鮮やかな紫に変わると同時に、リベラ・メは力を増し、悪意の塊を押し込んでいく。




「ジャマ…、めザ…ワ…り。ぉレを……、おレを……、オレを……、ォ゙レを……、ォ゙れヲ……、認メロ」




 強烈な負の感情が、リベラ・メの祈りを割っていく。


 それはセリスを中心に拡がる六対の光の羽根のように見えた。





「自分を認めろ、ブライアン・オルロフ!」




 アレックスへの想いを認めた、アレックスの想いを受け入れた彼女だから叫ぶことができた、強い意志を放つ迅雷の言葉。



 その圧倒的な強さに、アスモダイと悪魔の名を付けられたそれは、一瞬怯んだ。多くの死を取り込み、魔族化し、王国を蹂躙した。



 自分を認めさせるために。


 自分を超えた存在である12騎士をひれ伏せさせるために。




 親も名も捨て、人としての姿も捨てた自分を、人として認めたのは、




 あの日、アレックスを守るために、魔力の刃のような鋭さを見せた──




セリスだけだった。




 彗星はやがて光の矢になり、アスモダイを貫き、空の彼方に軌跡だけを残して消えていった。




 ぼとぼとと水分を含んだ魔族特有の“暗紫色”の肉塊が、四方に飛び散り、地面に落ちると霧散していく。





――全ての音が、一瞬だけ消えた。


世界に残ったのは、光の余韻と、祈りの調べだけ。



 静寂が悪意を塗り替えていった。






「醜い子、ワタクシにたてついたこと、許さなくてよォ。」



 不敵な笑みをたたえたシャルルの扇子が、ブライアン自身であったものを貫くと、その場所から漆黒の結晶に変えていく。



「この世界のエネルギーになったてェ、少しは罪を償いなさいィ……。永遠にね。」



 官能的なムスクの香りが、風に乗って運ばれていく。


 残酷な毒の粒子を含ませて、



死者を弔う浄化の香りとして。






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