5-8 代償

 世界がようやく音を取り戻す。


 肉塊からの腐臭が一瞬漂った後、清浄な風が駆け抜ける。


 光の粒子を纏いながら、セリスはゆっくりと下降していった。

 アレックスと未来を守れた喜びに溢れ、地上に降りると同時に、彼を目指し手を伸ばす。



 異変は急激に始まった。



 爪が青く輝き弾け飛ぶと、指先からチリチリと乾いたひび割れるような音を立て始め、結晶に変わっていく。




 高い魔力の代償。

──魔力侵食症候群の始まり。



「あっ…」

 彼女が知っていた感覚をそれは超えてきた。かつて闘ったイヤな記憶。 


 それが起こる事は、病の最終段階を意味する。

 全身が青い結晶となり、砂となり砕け散る。人として死ねない病。



 彼女は思わず息を飲んだ。声が堰き止められて音にならない。助けてもらいたいのに何もできず、ただ指先からの崩壊を止める方法を必死に探していた。



「セリス、下がれ!」


 寸時──。


 カイエンの全身から色が抜け、鉄色の意志だけが残った。

 それは父ではなく、剣聖としての姿だった。



 青い結晶の塊が空中高く巻き上げられ、激しく地面に叩きつけられる。無機質な音を立てて転がると、一気に青い砂に代わり、空に舞い散っていく。



「いや、行かないで」



 地面に落とされた自分の腕を、セリスは必死に集めようとするが、肘から先は既に切り落とされ、鮮血が青い砂を染めていく。


「返して…、返して。指輪を」



 地面に落ちた金色の指輪は、青い砂に飲まれて、静かに溶けていく。

 愛しい人とようやく未来を誓った約束が形を失った時に、セリスの声にならない号泣が辺りに響き渡ったような気がした。



「行くな」



 アレックスのあらん限りの怒号が響く。セリスを包む光を召喚すると同時に、緋色の魔法陣を地面に描きだす。


「勝手に行くな」



 彼の息が上がる。リベラ・メ発動に力を貸しただけでも、かなり魔力を消耗しているのに、同時魔法展開。いくら教皇とはいえ、自らを破壊しかねない決断に、辺りは身動ぎすらできない。視界が歪む。身体が軋み、唇から一筋の血が流れた。


 崇高でも聖なる者ではない、強い願い。



 ただ彼女に生きてほしい。



 彼は強く抱きしめると、誰も予想しない言葉を叫んだ。



「レイン、来い!」



 その声に動けなかったレインの思考はクリアになり、自分の役割を思い出してくれた。



「クソが!俺が治すから、お前は生きろ!」



 レインが魔法陣に足を踏み入れると同時に魔法陣は跡形もなく消えた。

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