5-6 誤算
「…作戦開始。」
ペイロールの低い声とほぼ同時に、空気を震わすような空砲が放たれた。
人類の切り札──12騎士。救済と破壊の二面性を持つ者たちの、前代未聞の攻撃が始まろうとしていた。
『12騎士……。王がいない九つのバケモノ。さてこの戦いどう見る。』
ディオニシウスシステムは声だけではあるが、明らかにアルヴィスよりも威厳ある音で問いかけてきた。
「私を含めると十人だ。この人数での攻撃は初めてだろう。いつの時代も12騎士には空席がある。それはお前のデータには存在するはずだが。」
アルヴィスの含みのある物言いに、システムは通常通りの感情も抑揚もない合成音声のみが答える。
『それは存在します。現在、12席のうち10席が埋まっており、これは記録が存在する中でも最大の人数です。』
その答えを彼は満足気に聞いていた。内容に満足していたのではなく、支従関係が“あたりまえ”の姿──、彼を頂点とする状態に戻った事を喜んでいた。
「さて、奴らの最高の“芸当”を当てるゲームでも仕様じゃないか。」
その問いにモニターが一斉に示したのは、
『Nemo enim potest omnia scire.』
(誰も全てを知ることはできない)
の赤い点滅する文字と、響き渡る警告音。
全く思いもよらない“返事”に彼は焦り、言葉を詰まらせてしまう。
「……やっ、奴らの戦闘データは全て記録されているはず。
自信に満ちた答えで、自己の正当性を肯定するしかなかった。全てを手中に入れておく事は、彼にとって当然の事。
『否定』
あり得ない出来事だった。
──私は全てを知り、支配している。
何度も自己暗示のように繰り返している言葉を彼は呟き、再度システムに宣言する。
「な、ならば
歴代の王にとって、国民からの絶大な信仰、心の拠り所になっているシュテルンの存在は常に忌々しいものだった。
いくら強権的に支配しようと、表向きにしか従わず、常に心の支えとなっているのは王家ではない。
不可侵条約のあるシュテルン。
しかも何も持たない、氏素性もわからない孤児だったアレックスがシュテルンの頂点にいることは、王家に生まれ育った彼には許しがたい事。
その“王”の手札は全て把握している──はず。彼は一度も誤算などしたことはない。誤算などあり得ないのだ。完全な頭脳、ディオニシウスシステムが答えを導いてくれる。
『Denial』
「ばかな。やつらはまだ切り札を残していると。今まで手の内を晒さず、戦っていたとでも。」
──沈黙。
直後、モニターが一斉に明滅を始めた。
赤と黒の走査線が画面を乱れるように飛び交い、システム音声がひび割れたように途切れ途切れに流れる。
『コのデータ、あリませン。ワタ……シハしラ゙なヸ、計……測不能。……予測……不能──』
『パラ、メータ逸脱……矛盾、矛盾、矛盾……』
『警告──論理……破、断……』
『warning──、caution……Alert……Alert………Auxilio egeo.』
「なっ……。」
アルヴィスは喉がひりつくのを覚えた。同時に手は冷たくなり、青くなった顔に焦りを含んだ汗が流れていった。
ディオニシウスシステムが、答えを導けない。いや、それどころか制御を失い、狂ったように同じ文を繰り返している。
そして
と。
玉座の直下に鎮座する、この国の頭脳から異様な熱と焦げついたような嫌な臭いが、彼の不安をさらに煽った。
「バグ……? いや、そんなはずはない。完璧なはずだ、完璧なはずなんだ!」
彼の必死の叫びをかき消すように、映像の奥で光が奔った。
複数の魔法が一斉に光の軌跡を描くと、ひとつの完璧な円環を形成している。
『解析不能……座標軸……書き換え……誰も、全てを知ることは……でき──』
声はノイズ混じりに千切れ、やがて途絶えた。
モニターは光を失い、アルヴィスだけを映している。他には誰もいない一人だけの、玉座が虚ろに浮かぶ肖像画にも見える。
アルヴィスはようやく思い出す。
あの星光を宿す瞳──未来を視る存在、マリクがあちら側の騎士の一人であった事を。
「……人が、システムを……越えただと……?」
喉からようやく漏れた声は、恐怖にも似て震えていた。
完璧であるはずのディオニシウスの導きすら“上回った”計算。
アルヴィスが神聖視してきた支配の構造は、ほんの数秒で音を立てて崩れ始めていた。
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