5-10 失恋

「自己犠牲、独善的」


 レインは指示書を書きながら、アレックスへの恨み言を零す。

 キーボードを押す力もない。

 仕方なく、僅かに戻った魔力をペンに流し込み、文字を刻んでいく。



「院長……、休まれた方が」

 スタッフの気遣いに返事はしたものの、ペンを止める素振りはない。



「これは俺にしかできない仕事なんだよ。俺がアイツにできることの全て…。」

 緻密に計算された薬品が記されている。どれも流通していないレインの研究の成果──魔力侵食症候群の権威である彼にしかできない調合が書かれていた。

 レインの手から力なくペンがすり抜けた。


「クソが、このくらいでへばってられねぇんだよ」



 悪態をつくことで、今にも崩れ落ちそうな自分を鼓舞していた。



 廊下の奥から、不規則な足音が聞こえる。レインはその音の主が分かっているようで、苛立ちまぎれに眼鏡のレンズを神経質そうに磨いて、声を掛けられるのを待っていた。


「レイン……」

 点滴スタンドを杖代わりにして、アレックスはレインの元へやってくる。燃えるような瞳の色は褪せて、命の炎が揺らいで見える。


「初めてじゃないですよね?魔法の複数同時展開。その時も内臓食い破られているのに。再建するのに、手間かかりましたよ。」

 彼の前にアンティークな羊皮紙が束ねられ、その表紙に朱色で『部外秘』と印が押されている。


「…どこでその話を?」 

 アレックスはバツが悪そうに苦笑いする。全能感に溢れていた過去の汚点を知られたくなかった様子で、頭をぽりぽりと掻いていた。


「教皇庁から直々の情報開示。愛されていますね、ぴぃたん。だいたい、前教皇と力試しするなんて、思いの外バカですね?」


 彼の十八番の毒舌が戻ってきた事に、アレックスは安堵していた。口下手なセリス、皮肉屋なレイン、それを穏やかに受け止めるアレックス。

 こんな日々が続くと、三人ともどこかで信じていた。


 あり得ない甘い考えを。


「若気のいたりというヤツですよ。あんまりバカバカ言わないでください」

 レインの視線は、モニターに映るセリスの様子を見ると、忌々しげに眉を寄せる。

 それでも、その瞳の奥には、痛みの色が滲んでいた。


「俺はあの時、怯んで動けなかった。セリスの事守るって誓ったのに、アレックスの声がなければ、身体が動かなかった」


 彼の珍しい弱音に思わず慰めの言葉を掛けそうになるアレックスを、片手で制した。

 レインは唇をかすかに噛んだ。

 もう誤魔化せるほど、セリスへの想いは軽くなかった。


「ようやく覚悟を決めたんでしょう?そしてセリスはあなたを選んだ。ふたりとも禁忌も何も関係なく、破滅を迎えてもいいんだろう?だったら…いい加減、俺に失恋させてくれ!」


 アレックスの胸が苦しくなった。

 自分が誰かの痛みになっている事実は、わかっていても胸に刺さる。



「わかったなら、さっさとアイツの所に行って、ビンタでもキスでもして目を覚まさせろよ。俺の顔は見ないでください、多分ヒドいと思います…。戻ってきたら、また腐れ縁に戻って…ください」


 アレックスは何も言わなかった。ただ優しく微笑むと、セリスが眠る部屋へと静かに足を運んで行った。



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