5-11 咎人

 ベッドで眠る愛しい人の姿に、アレックスは安堵のため息を吐いた。こんな事でしか休めなかったセリスの姿に胸が痛む。


 無垢だった少女までも戦いに巻き込まれ、笑顔をなくしてようやく取り戻したのに。


 アスモダイを倒すには、彼女の作戦しかなかったのかと後悔ばかりが膨れ上がる。


「……」


 何も言わず細い腕を取る。レインが再建させた“血に染まっていない”手。青い結晶化が進んだ時のセリスの声が耳から離れない。



『返して』




 高位魔法の代償としてはあまりにも大きい。ピアノを弾く事を楽しみにしていた指が動く保証はない。彼女を守ると誓ったのに、守れなかった結果がこれだ。

 ディオニシウスシステムが選んだ12騎士の命令は絶対。騎士が戦わない事は“魔族から逃げた”事を意味する。

 どんなに魔法科学が進んだと言っても、未だ対抗できない敵は出現し続けている。人間側の切り札は、魔力侵食症候群という代償を払い続けるという綱渡りの方法しかない。



 個人としての生き方を否定した【兵器】としての存在。



 それを僅か10歳の時に強いられた最強の魔法使い。



 セリスの寝顔を見たのはいつ以来だろうと、アレックスはぼんやりとした頭で思い出していた。


『元気になるおまじない』


 教皇になったばかりの彼に、セリスがしてくれた事。

 小さな唇が優しく触れた事を。



『ファーストキスは済ませている』

 二年前にヴィーチェに唇を奪われたセリスが言った言葉。


 初めてのキスは──。


「ずっと愛していてくれてありがとう」

 眠るセリスの絹糸のような髪に指を通す。穏やかなラベンダーの香りがする。



『聖域にたくさん咲いている薔薇から精油を作って販売したらどうだ。薔薇の精油は高いから』

 その提案をセリスがする前、シュテルンの台所事情はあまり芳しくなかった。寄付だけでは厳しく、進学校の学費を有料にする、教皇庁エリアを開放して、観光地とする案も出た。そんな中で、セリスがぽつりと呟いた事がきっかけで、今や化粧品や洗剤に至るまで薔薇の精油を使ったものが、聖域だけでなく、シュテルン全体の懐を温めていた。


 国から独立扱いされ、都市国家となっていた聖域は国からの援助が今まで僅かだったものが、その援助すらいらないと言えるほどの繁栄を極めている。



 それがいつしか王家にとって脅威となっていった。



 シュテルン側に敵意はなくても、強大な力。そしてなによりも国民の心はシュテルンに向いている。



 いつか内戦の火種になる。



 シュテルンには不可侵条約がある。何人たりとも聖域を侵してはならない。例え王家であっても。


 その事がアレックスの肩にのしかかっている。こんな時に果たして自分の思いを優先して良いのかと。



 ため息をひとつ付く。


 こんな時だからこそ、教皇としての力が問われる。禁忌を犯した自分の資質を。神と星の声を一番近くで聞く者として。


 彼は祈った。それに応じるように空間に

、教皇の聖性を表す“聖杖”。杖の先端にある透明な結晶体“Stern”──聖性が失われた時、その星は黒く濁り、偽りとなった教皇を殺し、新しい教皇を望む聖なる秤。



 それはまだ輝いている。



 だから、評議会メンバーに聖杖を召喚してもらい、本当に教皇として相応しいのか秤に掛けて貰いたい。



 この愛が神に背くものなのか。



 聖杖の光に気がついたのか、セリスがゆっくりと目を開ける。

 二〜三回瞬きすると、アレックスの姿が分かったのか少しだけ微笑む。

 互いの瞳に愛しい人が映る。それを彩るように星が柔らかく瞬いていた。


「夢じゃないのね」

「私たちは勝ったよ。未来は変えられた」


 戦いの一部始終を思い出し、彼女は寂しそうに呟く。

「ごめん……、アレックス。もう抱きしめる手が」

 彼は冷たいセリスの手を取ると、反対の手で聖杖を持ち、“祝福”の言葉を紡ぐ。


「我が愛する者に祝福を」


 聖杖から小さな星々が生まれると、セリスを包み込む。Stern、星の名が付けられた通りに星を生み出す。その祝福を受けた者は神から幸せを得られるという。


「手はレインが再建しました。汚れていないまっさらな手ですよ」



 セリスは繋ぎ目もなく元通りになった手で顔を多い、アレックスに懺悔を乞う。細く消え入りそうな声で。



「レインにはお礼を言わなければいけない……。でも、アレックスがくれた指輪は帰ってこない」



『返して』



 セリスはあの時、自分の手がなくなった事よりも、指輪が消えたことに混乱していた──その事実にアレックスはセリスが愛おしくなる。



「指輪は何度でも買います。それよりもセリスとの未来が消える事が私はツラい」



 セリスの手を握りしめた後に、その甲に優しく口づけをする。アレックスの瞳は燃え盛るような緋色を称えていた。


 その色に、初めて出会った日の燃え盛る炎ではなく、ただ信頼だけを感じている。共に未来を切り開くパートナーとして。




「セリス、私と共に罪人になってくれますか?」




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