パンランチタイム 視点――篠宮美緖


「せっかくだし、一緒に食べない?」

「ぇ……一緒?」

「おう、石川さんがいいならさ。一緒に食おうよ」

「ぁ、別に……いい」

「よし、じゃあ決まりね」


 自販機で飲み物を買ったあたし達は一緒にそのままランチタイムをする事になった。滋瑠ちゃんが「いや……まぁ、よく食べてる、ところで……いいなら」と行って早歩きで連れてきてくれたのは屋上に繋がる外階段に続く扉の前だった。扉は今は施錠されていて開かないので(二年くらい前に勝手に屋上へ乗り込んだ生徒がいたらしくそこから施錠されてるようだ)ここが滋瑠ちゃんのランチスポットのようだけど。


「いつもここで食べてるの?」

「いつもでは無い、けどここ、日差しがあって意外とよくて。人も来ないし、電子書籍で読書もしやすい」


 確かに、教室からも放れていてわざわざこちらに来る人は少ないかも知れない。言う通り日差しも暖かいし、ひとりになりたい時はいい穴場スポットなのかも。


「けど、ここは滋瑠ちゃんの秘密スポットて感じがするけど、あたし達が来てよかったのかな?」

「別に、学校は個人のもんじゃないし、どこでも、使える場所は一緒……気にしない」


 滋瑠ちゃんは言うとストリと座り込んで扉の前にパンを並べた。


「どれを、食べる? あんまり、人気なのは無い、んだけど」


 指で並べたパンを指し示してどれを食べるか決めてくれって事みたい。先に滋瑠ちゃんが選ぶべきではと思ったけど、滋瑠ちゃんはこっちの考えてる事がわかっているみたいに首をフルフルと横に振っている。隠れた前髪がフワッと浮いて目をギュッと瞑ってるのが見えて胸がちょっとキュンとしてしまった。


「じゃあ遠慮なく、私はコイツとコイツで」


 先に六海ちゃんがパンを即決で選んだ。こういう時に迷いなく動けるのはバスケのチームプレイでもよく現れる。


「ぇ……ウグイスとジャム?」

「ん、もしかしてこっちのほうがよかったか?」

「いや、それでいいの……て、逆に」

「おう、こいつら結構好きなんだよ私。無難な味とかどストレートな甘みがいいんだ」

「そう、なんだ」


 六海ちゃんの選んだウグイスパンとジャムパンは確かに人気の無いパンとしてはあまりにも有名だ。滋瑠ちゃんも遠慮してるのではと思ってしまっても仕方が無い。だけど、六海ちゃんは本当にこういう昔からある系のパンが好きなんだよね。素朴な味とか真っ直ぐなパスストレートパスを送られてくるような分かりやすい甘味がいいらしい。運動後にもドロッとした甘いのが中心に入ってる不二家のソフトエクレアていうキャンディとかもよく舐めてるしね。


「ええと、じゃぁあたしはこれとこれで」


 あたしも六海ちゃんに続いてパンを選ぶ。手に取ったのは飛竜部の購買パンでダントツ不人気まっしぐらな「こんにゃくパン」だ。このパンはこんにゃくが生地に練り込んであるとかではなく、切れ目の入ったコッペパンに醤油味のついた四角いこんにゃくが三枚挟んであるだけというオリジナルパン。醤油味の染み込んだこんにゃくは確かに美味しいんだけど、噛み切れずに滑っていきそうな食感が絶望的にパンと合わないのと袋から出す時に手がこんにゃくから発するベットリなのが手を汚すのが不評の理由である。ので、これを選んだあたしを見つめる滋瑠ちゃんの表情が薄いものの唖然としているなあというのがよく伝わってくる。


「あ「梅干しサンド」貰っちゃったけど大丈夫?」


 ダントツの不人気パンを選んで遠慮していると思われたくなかったあたしは結構好きな「梅干しサンド」も選んでいる。この梅干しサンドは潰した梅干しと梅干しのジャムを焼いてない耳付き食パン二枚で挟んであるサンドイッチだ。唾が瞬時に沸き立つキツめな酸っぱさと意外と甘さの強い甘酸っぱな梅干しジャムの組み合わせが人によってはクセになっちゃうパンだ。グリグリと食パン同士を擦り合わせて満遍なく潰し梅とジャムをパン生地に行き渡らせるのが美味しく食べるあたしなりのコツ。しかし、あたしはこのパン好きなんだけど、生徒人気はこちらも超絶微妙ワースト圏内らしい。滋瑠ちゃんも「ぅん、いいけど……いいの?」と言っているかのように前髪から覗く眼を上目遣いにして、こちらの様子を伺っている。


「滋瑠ちゃんあたし、本当に好きだから」


 遠慮をしていると思われたくなくて本当に「梅干しサンド」が好きなパンなんだって声を出して強調すると、滋瑠ちゃんは「う、ぅんう〜〜ぅ」と妙に可愛い声を漏らして下を向いて残りのパンを見つめ始める。今のでちゃんと伝わったならいいんだけど、大丈夫かな。


「よし、あたしお昼、コレにしよ」


 滋瑠ちゃんは残り三つになったパンの中からスーパーやコンビニとかでも買える六個入りのレーズンバターロールを手に取った。六個入りとはいっても最近では小ぶりなレーズンバターロールだ。同じ運動部員としてお腹を満たす事はできるのだろうかとちょっと心配になってくる。


「昼休みは、運動してないから……コイツは意外と、腹持ちがいい」


 あたし達の視線から察したのか、レーズンバターロールの美味しそうなパッケージ画を指差しながら一袋で十分だという事を説明してくる。残りの金時豆蒸しパンとパサパサナポリタンロール(読んで字の如く伸び切ってパサパサになったナポリタンがコッペパンに挟まれている一品である。正式名称にパサパサはつかない)は部活後のお供にするようだ。


「そんじゃま、パンが行き渡ったって事で食おうか。ほい、飲み物」


 六海ちゃんは言うとさっき買った人数分のミルクティーを放り投げて渡してくる。あたしと滋瑠ちゃんはそのノールックなパスを器用に受け取れた。伊達に運動部じゃないねあたし達。


「いただきますッ」

「いただきまーす」

「ぃ、いただき、ます」


 両手合わせていただきますをする六海ちゃんにならってあたしも両手合わせにいただきますをすると滋瑠ちゃんも戸惑いつつも後に続いてペコリとお辞儀をするみたいないただきますをした。


「おおぅ、ウグイスパン久しぶりに食ったけど美味いな。ありがとな石川さん」

「い、いや……別に、こっちもミルクティー大っきいの、ありがと」

「いやいやパン二つも貰ってんだからさ、ミルクティーくらい気にしないでいいって」

「梅干しサンドも美味しいよ滋瑠ちゃん」

「ぇ……そうなら、いいんだけど」

「いやそれ、本当に美味いのかぁ? 前に凛と一緒に食わされた時、何か怒らせる事したかな私ら、てマジで心配するくらい微妙なやつだったんだけど」

「ヒドイなぁ、こんなに美味しいのに。滋瑠ちゃんは分かるかな、この美味しさ」

「ゥ……ぅん……分かる、かも、んん……」

「いや無理しなくていいって、人の味覚は好き好きなんだからよ」


 やいのやいのと結構賑やかに、滋瑠ちゃんを交えたお昼ご飯をあたし達は過ごした。結局最後まで梅干しサンドの魅力を伝えきる事が出来なかったのはちょっとだけ残念だったけど、滋瑠ちゃんと六海ちゃんは仲良くなれたのかなて思う。





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ヨシオとシゲル もりくぼの小隊 @rasu-toru

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