滋瑠との遭遇 視点――篠宮美緖


 山中先輩のカミナリ二発目が落ちる前に手早く着替え終えたあたしは、急いで運動部棟スポーツとうから高等部校舎棟二階へと駆け上がる。他の学校は知らないけど飛竜部学園ひりゅうべがくえんの学年分けは三階が一年生、二階が二年生、一階が三年生になっている。工業科C組は実習授業の関係でまた違うらしいけどね。凛ちゃんの話によると「学生自由工作室」なんてのもあるんだとか――て、こんな事を考えてる暇なんて無いんだよ。ダッシュダッシュ、はダメだ!廊下は走っちゃいけないせめてもの早歩きだねッ。


 ネクタイの位置が曲がってないかと気になりながら早歩きで教室に向かっていると、水道で手洗いをしている女子の姿が目に止まって、ちょっとだけの急ブレーキ。


「おはよっ、滋瑠しげるちゃんッ」

「ぁ……ん、おはよ、 ございます


 私が挨拶をすると滋瑠ちゃんはハンカチで手を拭きながらペコリと会釈をして挨拶を返してくれる。身長差があって前髪に隠れた綺麗な眼は見えないけど、口元は少し笑ってくれてるように見える。自意識過剰かも知れないけど。


「そろそろ朝礼始まっちゃうよ。急がないと」

「ん、それはそう。だけど、し――美緖さん、の方が急いだ方がいい……と」

「それはそうだッ、ゴメンね。じゃ、また後でねっ」


 滋瑠ちゃんに指摘されて、まだ一度もクラスに到着もしていない私が急ぐべきだと滋瑠ちゃんに手を振ってB組へと急いだ。途中ちょっとだけ後ろを振り返ると、滋瑠ちゃんが小さく手を振ってくれているのが見えた。その姿にちょっとドキッとしちゃったんですけど、これはギャップ萌えというやつでしょうかとちょっとトキメキを感じでてしまった胸を押さえて私は教室へと滑り込んだのでした。






 ✼✼✼



「はぁ〜、今朝はまいったなぁ」


 何とか滑り込みセーフで朝学活ショートホームルームまでに席に付けたけど、毎度ギリギリなのは気をつけないと行けないなあ。


「いや、全くな、遅れちゃったら朝練参加許可も剥奪されちまうしお互いに気をつけよう」


 隣を歩く六海ちゃんも癖っ毛な髪の付け根を掻きながら苦い顔をする。


「私たちってば、ロッカールームで長話しをし過ぎなのかなぁ」

「まぁ、そうなんだろうな、山中先輩のカミナリが落ちるのも分かる。控えねばな」

「でも、あそこで着替えながら話すのってなんかやめられないんだよねぇ」

「分かる、中毒性があるわ。ロッカールームにお喋りの神さまがいるに違いないってマジ」

「お喋りの神さまっッ、アハハ、面白すぎるよそれはッ」


 と、冗談を言い合いながら私達が向かっているのは学生のお腹を満たすお昼のオアシス食堂だ。安くお腹いっぱいご飯が食べられてパン等の購買も併設されてるから食堂がいっぱいでもそっちに切り替えられる。中には、食堂で食べることに生命かけてますて生徒もいるけど、あたし達は残り物には福来たるて感じで焦らず向かってるんだけど。


 ちなみに凛ちゃんも誘ってみたけど、今日は午後一の授業が実習作業なので準備も兼ねてC組の子達とお弁当を食べるからゴメンねぇとホンワリと断られちゃったてわけなんだよね。まぁ、そういう理由ならしょうがないよ、また一緒にお昼を食べようねとLINEでメッセージ送っておいて二人で食堂に向かっているというわけなんだけど。


「さっすがに、多いなぁ」

「うーむ、乗り遅れ感ハンパねぇっすわ」


 ついて見れば、思った以上に食堂はワイワイと大賑わいだ。あぶれた生徒も購買へと流れて来てて、これは注文伝えるだけでも大変な予感しかしない。


「今日てさ、限定メニュー日なんだったけ?」

「いんや、普通のメニュー日だったはず。こりゃ、単純にたまたま多いんだろうよ。いや、しくったよなぁ、寮で弁当作るの頼むべきだったかぁ」

「あたしも、お母さんにお昼分のお弁当いらないて断らなきゃよかった」


 本当に今日はたまには食堂でのノリで行ってみたらまさかのごった返しだなんて予想つかないよ、他の学校だと近くのコンビニまでダッシュなんてできるかも知れないけど、飛竜部の周りにはお店なんて無いんだもん。一番近くのコンビニは鬼のような急勾配地獄坂のスタート地点にあるんだよね。こうなる事を予測して登校中に買ってこれた人は今日の勝ち組と褒めたい気分。いや、学校を抜け出して行くのはダメなんで急遽コンビニへなんて選択肢はもう無いんだけどさ。バレて部活禁止令なんて出されたらたまったもんじゃないしね。


「どうする、何とか購買パンだけでも買って食べるか?」

「その、購買パンも買えるのか分かんないよこれえ」


 やいのやいのと生徒溢れる食堂と購買を今のところ眺めるしかないあたしと六海ちゃんは最悪自販機にある缶入り鯛茶漬けにチャレンジしてみようかと話していると。


「あれ?」


 購買に溢れる生徒の波からスッと華麗な足取りで抜けて両手にパンを抱えた小柄な女子が目に入る。あれって、もしかしなくても。


「滋瑠ちゃんだ」

「え、石川さん? お、本当だ。よく、あの人混みん中から見つけられたな」


 六海ちゃんは気づけて無かったみたいで、滋瑠ちゃんの姿を見つけて驚いている。そんな気づけないほど滋瑠ちゃんは存在感薄く無いと思うんだけどと首を傾げつつあたしは足早に去って行こうとする滋瑠ちゃんに声をかけた。


「おーい、滋瑠ちゃあん」

「ん……ぁ、し――美緖さん」


 一瞬両肩が驚いたみたいに上がってから滋瑠ちゃんはこっちを振り向いてくれた。


「と……、あ」


 振り向いた滋瑠ちゃんはあたしを見上げながら隣にいる六海ちゃんの方も見上げて、しばらく硬直したみたいに見つめている。


「えと、私、同じクラスのストーン六海なんだけど、分かる?」


 六海ちゃんは何だか気まずそうに首に手を当てながら滋瑠ちゃんに声をかける。滋瑠ちゃんは前髪に隠れた眼でジッと六海ちゃんを見つめてからコクンとぎこちなくだが頷いた。


「し、知らない薄情は、無い。同じクラスで、す、ストーンさん知らないの、まず無いよ」

「あ、そうなの、私って意外と有名人か?」


 いつものおふざけ口調だけど、ちょっと照れが入ってるのか何だかいつもと違う六海ちゃんの反応が新鮮だ。これは、あたしが滋瑠ちゃんに嫌われてると勘違いしてた時と似た感じかもと妙に親近感。


「それで……な、なに?」


 あたしと六海ちゃんを交互に見上げながら滋瑠ちゃんは少し困った感じだ。あぁ、あたし達背が高いから小柄な滋瑠ちゃんにとっては聳えるツインタワーズて感じで圧迫感強いかも知んないよね。


「ゴメンね、見かけたからつい声掛けちゃって」

「別に、ゴメンて言われるほど……じゃない、から、気にしないで、欲しい」


 ちょっと申し訳ないと謝ると滋瑠ちゃんは気にしないでと短く応えてくれた。うぅ、いい子だなぁ滋瑠ちゃん。


「それにしても、すごい量のパンだね。いっぱい食べるんだね」

「い、いや、全部食べるわ、けじゃなくて……まとめて買って、放課後の部活前と、後で……食べる。ま、纏め買いって、安いんだ」


 あたしが軽い調子で指摘すると、滋瑠ちゃんはいっぱい買ってる説明をしてくれた。なるほど、学生生活の知恵てやつだね。高校生のお小遣いのやりくりとしては購買パンの纏め買いはありかも。コンビニとかは塵積しちゃうとお小遣いオーバーしょっちゅうだから。大好きなフランクフルトもスムージーも高いんだもんなあ。安めなメロンパンとかであたしも代用するべきかな。


「しっかし、この大混雑で大量買い込み成功はスゲえな」


 六海ちゃんが感心して頷いてると滋瑠ちゃんはしばらく黙ってから、パンのひとつを六海ちゃんに差し出した。


「ぇ、いやいや、私は欲しいて意味で言ったわけじゃないんだけど」

「ィ、今から買うのはたぶん、いや、ぜったい、む、無理だ……と思うから、いっぱいあるしその、あまり人気のやつじゃなくて、アレだけど、よかったら。よ、美緖さんも」


 六海ちゃんが悪いよと遠慮すると滋瑠ちゃんはやいのやいのと混雑中の購買の波を見つめながら、もう一度パンを六海ちゃんに差し出して、あたしにも器用に抱えている腕の中のパンを持ち上げるようにして勧めてくれた。


「確かに、このままだと休み時間終わっちゃいそうだし、お言葉に甘えちゃおうか」

「お、おう、そうだな悪いけどじゃあ少しいただくよ。いくらだった?」

「た、たいした値段じゃなかったし、いい」

「そうゆう分けにはいかないって、寧ろ飲み物を奢らないといけない。何がいい、やっぱパンには午後ティーか?」

「そ、そうゆうの……別に」

「まぁ、奢られちゃってよ。六海ちゃん義理は果たしたい江戸ッ子ガールだから」

「ぇ、江戸ッ子……?」

「おう、出身は東京下町じゃないけどな。て、何を言わせてんだっての」

「いや、下町の所は六海ちゃんが勝手に言ったんだって」


 あたし達との会話にちょっとたじろぎながらだけど、六海ちゃんの口元はちょっと笑っているように見えた。











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