推しとの遭遇 一 視点――石川滋瑠
彼女を見たのは一年生の時だった。
新体育館での女子バスケ部の練習試合、扉の開いてた隙間から何の気なしに眺めてしまったのがあの試合。
あたしはバスケットボールなんててんでわからないニワカだったけど、ひとりの選手のプレイに目が離せなくなっていた。茶髪を後ろに縛ったその子のプレイは軽やかで、弾むようで、何よりも
この、胸をキツく縛るような気持ち、コンプレックスのあって前髪で隠してしまうこの目でも髪を掻き分けて追い掛けてしまいたくなる。胸の中心が熱くなって仕方がないのはきっと、あたしは『推し』という
あれから時は過ぎて、あたしは二年生。推しは別のクラスにいても噂が聞こえてくる程の高嶺の華になっていた。誰よりも高みにいる至高の向日葵、誰からも好かれる人気者。日陰なあたしとは何の接点も無い陽の世界に住まう人。だがそれでいいのだ、推しというのは手に触れないからこそ至上なのだ。イカロスのように出過ぎで太陽に近づこうなぞとは思わないことだ。
そう……思っていたのだけれど。
✼✼✼
運命というものがよくわからなくなったその日、あたしは一応と所属している卓球部で部活動をこなしていた。この日は、外部顧問のコーチ不在日で三年の先輩方が指導の中心だったのだが、最初は緩めな部活動も、案の定というかなんというか三年の
……やはり予想通り、部活動時間が過ぎても終了とはならず能出先輩の無駄な熱血根性が空間を精神の
(つ……疲れた)
前後左右に振られ続けたラリー練習に
(まだ終わらない……のか)
正直、卓球部に入部したのは一年生時の勧誘を断りきれなかったのと、お母さんから何処かの運動部に入らないと伯父さんの柔道場に通わせると言われてとりあえず運動部の中では楽そうだという舐め腐った理由で入った部活なのだ。
なので、別にレギュラーなんてなれなくても、三年間緩くノンビリ部活動をこなせれば良かっただけなのに、たまにヒートアップする先輩について行けず気づけばひとりまたひとりと卓球部から同期が去ってゆき、人数合わせで棚ぼたレギュラーを獲得してしまったのが今のあたしである。昔は飛竜部学園全体がスポーツの強豪だったらしいが、それは今も昔なおとぎ話な程の時が過ぎ去っている。特に、練習場が唯一旧体育館な我々卓球部は群を抜く弱小部活。こんなにヒートアップな練習をする必要性は特には無い、というか二年生以下はあたしを始めそれほどやる気は無い。申し訳ないが先輩達の気合の空回りが目立っていると思う。
「ふひぃ〜、終わったあ」
あれこれとショート寸前な思考回路を無駄にグルグルとさせながら休んでいると、同じくラリー練習をクリアした黒髪二つ縛りの眼鏡女子が隣に座り込んでくる。彼女は数少ない同期生き残りのひとり
「そろそろ終わってくんないかなぁ」
「ど、同感」
「あぁ、一年の時みたいに網持って球拾い黙々とやりたい気分……いや、あれもあれでよく考えれば虚無地獄。
「そ、のとおり……ホントに」
この会話は不満たらたらが柴崎でどもりがちな相槌があたしだ。柴崎はあたしのこのテンポには慣れきってるのか特には何も言わず、スポーツ用メガネバンドで固定された後頭部を指で掻きながら
「石川さぁ、水飲んでくれば? 何か言われたらうちが
柴崎は特にこちらに顔を向けずに疲れて表情筋が上手く
「うちらみたいなニワカスポーツマンでも水分補給はしといた方がいいよ。飲み物無いなら水飲み場に行っとけば。ゴクゴクと一杯キュッと飲んでスッキリ復活するんだ。ついでにたまたま先生に遭遇して、連れて来るなんて奇跡もあるかも知れないんじゃないかな?」
言わんとせん事は流石にニブニブ太郎なあたしにも直感で分かる。つまりは、先生を投入してこの不毛になりつつある無駄に熱血な練習に必中な引導を渡したいという柴崎の閃きである。
「そ、それならお言葉に、甘える」
あたしはボソボソと柴崎にかろうじて聞こえるかという小さな声で伝えながら立ち上がり、コッソリと旧体育館から脱出する事に成功したのである。
「……ㇷ」
外に出ると異様に涼しく感じる。やはり今の部活空間は無駄な部活熱に支配されていると実感する。何とか、先生を連れてこれればいいなと思いつつ、いい感じに緩く練習しているテニス部のコート横を加速な小走りで通り抜け水飲み場のある新体育館へと続く石段を登る。たいした段数が無いのにキツく感じるのは相当疲れているのかも知れない。
石段を登ってすぐに見える新体育館はやはり大きい。過去のスポーツ強豪校であった名残である元運動部寮(現・学生寮)と窓付きの通路と繋がっているので余計に大きく見える反対側は校舎とも繋がっているのでこれはひとつの建物とカウントしてもいいのではなかろうか。
学校設立年に建てられたポツンと隔離された旧体育館とはえらく違う華やかさを感じてしまう。
と、卑屈な思考で速歩きしながら水飲み場に到着する。今の時間は誰も使っておらず、三台並んだ水飲み機はあたしの独占状態だ。
これは堂々と真ん中で……と、行けないのは根っからの隠者の宿命である。あたしは無意識に新体育館側の水飲み機に近づき水を飲もうとすると、新体育館からバスケットボールの弾む音が響いてくるのに気づいた。
あちらも居残り練習というやつだろうか? 聞こえるバスケットボールの音はひとつだから個人練習かも知れない。一瞬、覗いてみようかという好奇心が胸を触るが、心の手で払い落とす。
(推しの部活練習には近づかない、鉄則)
女バスは推しの所属する部活動である。あたしの線引では練習はプライベート。覗く事は許せない禁忌、推しは遠くから見るに限る。太陽に近づきすぎるとこの隠の身体は消し炭と燃えきってしまうのだ。
(とりあえず、とっとと飲んで先生を、探す)
柴崎から与えられたミッションはあたしにはなかなかハードルは高いのだが、自分なりに頑張るしか無いとあたしは水飲み機のペダルを足で踏んで顔めがけて飛び込んでくる冷水に口をつけた。
思ったよりも身体は水分を欲していたようで、しばらくと無心でゴクゴクと水分補給をしてしまったようだ。
気づけば、新体育館側に人の気配を感じる。いつもなら、顔も上げずにソソクサとその場を後にする所だが、この時のあたしは渇いた身体を水分で癒した満足感でいっぱいだったのだろう。
あたしは、特に何も考えずに顔を上げ『その人』の顔をボンヤリと横目で見つめてしまった。
(ン……っッ!?)
そこにはクリとした丸い眼を更に丸くさせたあたしの推し『
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