推しとの遭遇 二 視点――石川滋瑠


 薄茶色が広がるクリとした丸い瞳があたしを見つめている。部活練習をした後のせいだろう、白い肌は全体的にピンク色へと彩られている。乱れた息を取り戻す途中な上下する肩。肩口まで伸びたミディアムな茶髪はシャワーを浴びた後の仄かな乾いてゆく爽やかさがあたしには見えた。

 あたしは驚きの中にいながらも至近距離で真正面から見つけてくる篠宮さん推しをしばらくと見つめてしまっていたのだろう、口元を濡らす冷水の跡が口端くちはから零れている事に気づき、恥ずかしさから口元を拭って短く声を漏らしていた。正直いま、なんて言葉を漏らしたのかも分からない。頭の中で考えが纏まらなすぎてヤバい、これはいわゆるパニック状態というやつだ。


「ご、ゴメンね」


 篠宮さんがなんだか慌てたようにどうしてか、謝ってくる。あたしはいま何故推しに謝られているのだろうかと頭の中で考えを巡らせるが未だパニックアップアップな溺れそうな脳みそで何か答えが出るものでも無い。とりあえず足りない頭で至ったのは篠宮さんも水を飲みに来たのだというそんな当たり前の事だった。いけない、推しの喉を潤す邪魔をするなどとは隠れファン失格じゃないか。


「……どうぞ」


 あたしは占有としていた水飲み機から離れて、篠宮さんに譲り、そそくさとここから離れることとした。すまん篠崎、先生を見つけるというミッションは今のあたしには熟せそうにない。太陽の直射推しの見つめはあたしには眩しすぎてどうする事もできない。

 あ、マズい、コンプレックスなこの裸眼で見つめてしまった。いけない、こんな眼で見つめては。あたしは前髪を直しながら足を早めようとする。


「あのぉおうッ」


 弾ませるような不思議な音域で篠宮さんの声が耳に届く、流石に推しに呼び止められては無視をするわけにはいかないと立ち止まり顔だけを振り向かせた。


「……はあ?」


 その際に、妙に間の抜けた声を漏らしてしまった。どうしよう、非常にハズくて生意気にしか聞こえない声じゃないか。推しになんて失礼な声を返しているんだあたしは。


「お水、ありがとうねっ」


 そんなクソ生意気なあたしの返しに篠宮さんはお礼の言葉を返してくれた。水飲み機を占有していたあたしが離れるのは当然のことなのに、篠宮さんはわざわざお礼を言うために呼び止めてくれたというのか。

 それが、凄く嬉しくて、自然と笑みが溢れてしまいそうになるのをグッと我慢した。ニヤけただらしない笑みは心で留めておけ、あたし。


「ふ……どうも」


 またこのクソ生意気な声を漏らしてしまい、会釈をしながら今度こそその場を後にした。もうこれ以上は恥を晒すだけだ。逃げるしか無い。あたしはチキンだ、ニワトリだ、コケコッコマシンだ。イカロスのように限界以上に太陽へと近づく事は二度とは訪れ無いのだ。たまたまだ、たまたま太陽推しが地上に降り立ってくれたのだ。これは偶然なる奇跡なんだ。流れ星が横切った刹那の奇跡なんだ。


(しかし、は、話せて、しまった)


 ただ、凄く凄く幸せな時間だったな。あたしはこの奇跡の一時をしばらく噛み締めて残りの学園生活を生きていこうと心に決める。それはもう味がしなくなる程に噛み締めてやる。いや、推しの味が無くなるという事は無いだろう、だって推しなのだから。


 あぁ、神さまは全然信じてなかったけど、あたし、神さま信じる。本当にありがとう、名も知らぬ奇跡の神さま仏さま達。







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