ドリンクバーでこんばんは 視点――篠宮美緖
「?……こん、ばんは」
声がまだ届いてないと思ったのか、石川さんはペコリと会釈をして、もう一度挨拶をしてくれた。
「うん、こんばんは」
気まずくても見つめたまま声を出さずにダンマリというわけにはいかない。私は「うん」と一呼吸を置いて自分史上最高だと思う笑顔で挨拶を返した。自分推定、史上最高の笑顔は自然だと思う、石川さんから声を掛けてくれたのは素直に嬉しかったから絶対に自然だったはずッ。
「石川さん、ひとり?」
緊張から次に何と言って声を掛けていいか分からず、咄嗟に出た言葉がこれだけど、言った後に凄く、モノすっごく失礼だったんじゃないかと内心冷や汗タラタラリだ。
「や……家族、と」
石川さんはちょっと顔を俯かせながら応えてくれた。若干、前髪に隠れた眼を背けられてる気がしなくもないんだけど、本人を前にしてこんなネガティブ思考はよくない。声を掛けてくれたって
「そうなんだっ、私も家族と、妹と一緒に来てるんだ」
「そう、なんだ……」
「うん」
う、会話が終了してしまった。何か会話会話、せっかく声を掛けてくれたチャンス、学校みたいな失敗はしたくな――あ、石川さんの服、デニム生地のサロペットスカートだカワイイ。学校での落ち着いた雰囲気とは違って、ちょっと可愛い系は意外なんだけど、これはこれで凄くすっごく似合っててイイなぁ。下に着てる黒Tシャツにプリントされてるフランケンシュタインみたいな顔のド迫力に厳ついオジサンがヒョッコリ顔出してるのは気になるけど……て、何をひとの服装をジロジロと見てるんだ私はッ、失礼でしょ流石にさあぁッ。
「そ……の」
「ん?」
心の中の自分を叱ってると石川さんは両手で包むように持ってたコップを揉み回しながら小さく声を漏らし、私は聞き逃さないように心の叱りを止めて石川さんの次の言葉を待っていると、石川さんはおもむろに氷の入っている箇所のカバーを開けるとひとつふたつみっつと氷を入れてから、私の前に向き直って絞り出す様に声を漏らした。
「いやだ……て、わけじゃ、なくて」
「え?」
「嫌いて勘違いされてるんじゃッ……ない、かって、不安で」
一瞬、顔を上げて前髪に隠れた綺麗な眼が見えて、必死さが伝わってくる。すぐに、俯いてしまったけど『嫌い』て思われているのは私の勘違いだったて分かって気持ちが凄く軽くなってゆく。勘違いされてるて思ったって事は私を嫌いじゃないて自惚れちゃってもいいんだよねこれはッ。
「そうだったんだ、実は私も正直、嫌われちゃったかなって思って――」
「――そ、そんな事は絶対に無いッ」
「う、うん?」
急に前のめりで詰め寄られてきてちょっと驚いちゃったな、こんな大きな声も出せるんだ石川さん。
「な、無いくて、その……嫌いじゃないのは間違いな、無くて……篠宮さん、のこと、は」
言葉を詰まらせながら一生懸命話してくれる石川さんは、水飲み場で初めて出会った時に感じた大人っぽさは無くて、ただただ可愛くて凄く抱きしめたいて感情が――いや、何を考えてんだ私は、そんな事をしたら今度こそ嫌われちゃうかも知んないじゃん。でも、可愛いて思うのは自由だよね。あ、そういえば石川さんの氷の入ったグラス。
「ジュース入れないと、氷溶けちゃうね?」
「あ、う、うん……そう」
「私もジュース注ぎに来たんだった。石川さん先に注いじゃう?」
「ん……先に、注いじゃう」
石川さんは、そう言うとグラスをドリンクマシンにセットしてカルピスウォーターのボタンを押す。カルピスウォーターが好きなのかな。よし、一応情報インプットしちゃお。と、そうだこの流れに調子に乗ってみよ。
「石川さん、改めて私の自己紹介聞いてもらっていい?」
「っッ、うん……いいよ」
その場の勢いに乗せて言うと、石川さんは頷きながらカルピスウォーターを注いだグラスを手に取った。次は、私が注ぐ番だ。
「始めまして、てわけじゃないけど改めまして私は
私はレモンコーラのボタンを押しつつ石川さんに笑顔で自己紹介をした。
「うん、あたしは「
石川さんはカルピスウォーターの満たされたグラスを両手に包んで恥ずかしそうに自己紹介を返してくれる。そっか、私と同じ男の子みたいな名前だってのは事前に知ってたけど、漢字はすっごく。
「可愛いね、
「ぇ……か、カワ、わ……ぁ」
ん……わ、私はまたドサクサに何を言ってしまってるッ。
「い、今のはさ――」
「――そ、それ、よりそれ、飲むのダイジョブ?」
「ん?」
石川さんに言われてグラスの中身を確認する。適当にポチポチと押しながらブレンドしていたけど気づけばとんでもない色と泡泡とした物体が満たされていた。
「ま、まぁ、頼まれていたどおりだと思うから……うーん、たぶん」
「そ、そうなん、だ……スゴいの飲む人いる、んだ」
「ねぇ~、ロシアンドリンクだとか何とか言ってたけどねぇ、アハハ」
ゴメンよ
「そのさ、石川さんじゃなくて、
「そ、それは……よ、よろしく、おねがい……しの――
「わ……うん、よろしくね
一か八かのドサクサで「滋瑠ちゃん」て名前で呼んでもいいかなと聞いてみるとあたしの名前も呼んでくれた。それが凄く嬉しくて、私はもう一回「滋瑠ちゃん」と名前で呼んでその手をガッチリと掴んでブンブンと振った。
「わ、わ、じ、ジュースが」
「うわっとおぅッ」
私と滋瑠ちゃんの手にちょっとだけロシアンドリンクが零れてしまう何とかこれ以上零れない様に腰を落とすと、ちょっと笑っている滋瑠ちゃんの前髪に隠れてた綺麗な眼がハッキリと見えた。
ちょっとどころではなく、素敵な笑顔に私の胸の中心は何だか不思議に熱くなっていた。
この日のドリンクバーのこんばんはで、私と滋瑠ちゃんは友達の第一歩を踏み出せたのだと思う。
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