第6話(1)

 快楽に耽る姿を目撃されてからしばらく、こより、美嶋、四ノ宮の三人はこよりの最寄り駅のハンバーガーショップに来ていた。


「お客様、反対のお席が空いておりますが……」

「大丈夫です。僕たち、すごく仲がいいので」


 テーブル席に設けられた二人がけの長椅子に女子高生三人が無理くり固まって腰を下ろす異様な光景に見かねた店員が声をかけに来る。

 美嶋がきっぱりと断ると、「なら、カウンター席にいけよ」と言わんばかりの三人に送りながら去っていった。

 

「……二人ともうちのこと信用してなさ過ぎやろ」


 こよりと美嶋に挟まれて身動きの取れない四ノ宮。


「盗撮したことを隠そうとした奴の言葉を信じろって言うのかな?」

「美嶋さん、もしかしてめっちゃ怒っとる?」

「いいや。これっぽっちも怒ってないよ」


 美嶋は四ノ宮に向かって爽やかな笑顔を作ってみせる。

 すると、四ノ宮は「全然目が笑っとらん……」と言葉を漏らして、顔を引くつかせた。


「まあ、優のことはともかく。そろそろ説明してもらえないかしら?」

「……せやな。まずはこれを見てもらいたいんやけど」


 四ノ宮は狭さに文句を言いながら、鞄から一枚のプリントを取り出した。

 そこには高校生を題材にした目を奪われるような美しい写真がいくつか印刷されていた。


「えっと、『アオハル春のフォトコンテスト』?」

「高校生限定の新人向けのフォトコンテストや。うちの写真部の恒例行事らしくて、新入部員はこれに絶対応募せなあかん」

「それでモチーフを探してたところ、私たちを見つけたと」

「そうや!」

「……そんなこと言って、本当は盗撮が趣味の変態なんでしょ?」

「んなわけあるか!」


 四ノ宮は流れるように美嶋へツッコミを入れる。


「もしかして、四ノ宮さんは私たちの写真でこのコンテストに応募するつもりだったの?」

「そうやで!」

「あの……コンテストのテーマが「高校生の青春」になっているのだけれど?」

「ピッタリなテーマやろ!女子高という男子禁制の花園、さらに放課後の教室で二人きり。そんな一つ間違えば誰かに見られてまうかもしれへんけど、二人の愛情が深すぎるあまり始まってしまうセッ――」


 目をキラキラとさせながらとんでもないことを言い出そうとしていた四ノ宮をこよりと美嶋は慌てて止めに入る。


「ちょっと、ここ外よ!」

「お前は何考えてるんだ!」

「あはは……ついつい熱弁してしまうところやった」


 四ノ宮はそう言うと、ケラケラと笑う。

 こよりは「熱弁するところなんてあったかしら?」と言いかけるものの、また予想外なことが起きそうな予感を感じてすぐに口を噤んだ。


「つまり、うちは二人の愛情をぶつけ合うその姿にビビーンと来たんや!これなら漆七(うるしな)先輩を超える作品を作れるって」

「漆七先輩?」

「一個上の写真部の先輩。うち、先輩が賞を取った写真を見た時に、めっちゃビビーン来て写真部に入ったんや」


 四ノ宮はスマホを取り出すと、一枚の写真を撮影した画像を二人に見せる。

 二人はその写真を見た瞬間、息をのんだ。

 それは裸の女子高生を写し取ったものだった。

 透けたベールを羽織り、台座の上で背中を向けて横たわっている。

 少女は振り返るようにして顔を少しだけ正面に向けているが、口元で見切れているためにその正体は分からない。

 むしろ、そのミステリアスさが被写体の魅力を引き立てている。


「『女神の後ろ姿』。漆七先輩の代表作や」

「すごいわね。言葉が出ないわ」


 まるで西洋絵画のように神々しく、性欲を掻き立てるようなものは一切感じない。

 こよりは芸術作品を見ているかのような感覚に見舞われた。


 「……」


 こよりが感動を覚える最中、美嶋が四ノ宮のスマホを食い入るように見つめながら、頬を赤く染めていた。


「優?」

「何でだろう。この写真を見てると無性にムラムラするっていうか……」

「ちょっ!?うちを挟んでいちゃつくのはなしやで!」

「変なこと言わないでくれるかな!?こんな人目のあるところでいちゃつくわけないだろう!」


(あなた、人目なんて関係ないじゃない)


 こよりの脳裏にこの前の商店街や今朝の駅での出来事が蘇る。

 ジーッと美嶋へ視線を送っていると、美嶋は知らないといった感じでそっぽを向いた。


「とにかく、二人ともお願いや。さっき撮った写真でコンテストに応募させてもらえんか?っていうか、もしええなら改めて写真撮らせてほしい。いや、ぜひ!ぜひ二人の乳繰り合う姿をシャッターに――」

「するわけないだろう!そんなこと!」

「するわけないでしょう!そんなこと!」

 

 こよりと美嶋の怒鳴り声が見事に重なった。


 *


「ああ、全部消された……うちの渾身の一枚が……」


 こよりたちの手により、カメラに保存されていた二人の写真が削除され、四ノ宮は机に突っ伏して文句言を言っていた。

 写真の削除という目的を終えたこよりと美嶋は四ノ宮を解放し、現在四ノ宮は二人の向かい側に腰掛けている。


「何が渾身の一枚だよ。三十枚は余裕で超えてたくせに」

「私、もう限界だわ……」


 消しても消しても出てくる自分の裸を映した写真にこよりは羞恥心で爆発しそうだった。


「もうダメや……このフォトコンは終わりや……もう来週の締め切りには間に合う気がせえへん……」

「そもそも『高校生らしい青春』っていうテーマであの写真はダメだと思うよ。僕が審査員なら見て一秒で失格を出す」

「私も同意見ね。あなたや部のためにも、もっと健全なもの撮ることをお勧めするわ」

「そんなん言ったって、ビビーンと来るもんがないんやもん」


 四ノ宮は注文したポテトフライを数本まとめて一気に口に頬張る。


「せっかくくぁうぇdrら、tfgyふ……」

「四ノ宮さん、口に入れたものを飲み込んでからしゃべってもらえないかしら」

「かんにんかんにん」


 四ノ宮は机の上に置かれたデジタルカメラをまるで商物にするかのように優しく撫でながら、こう続ける。


「せっかく写真を撮るなら、うちはやっぱりうちがシャッターに収めたい、うちらしいもんを撮りたいって思っとるんよ」

「もう諦めるしかないんじゃない?お疲れ様」

「うち、こう見えてマジで悩んでんねん!見放さんといて!」


 余程後がないのか、四ノ宮は瞳を潤ませてこよりと美嶋に何かを訴えかけている。


「……こより、そろそろいい時間だし帰ろうか」

「そんなえげつないこと言わんといて!」


 四ノ宮は立ち上がって帰ろうとする美嶋の腕にしがみつく。


「一生のお願いや。うちに協力して!今頼れるのは二人だけなんや」

「協力なら、この前カラオケに行った奴らに頼めばいいじゃないか」

「あの子らとは今は疎遠や!うちが部活ばっか優先するからグループ外された。他に友だち作ろうにも最近はフォトコンのことで頭いっぱいで、一人も作れとらんのや!」


(なんだか、四ノ宮さんがすごくかわいそうに見えてきたわ……)


 友だち作りを蔑ろにしてまでフォトコンテストに集中していると聞いて、四ノ宮をこのままにしておくのは意地が悪いのではと感じ始めるこより。

 そう感じているのは美嶋も同じで、どうしたらよいものかと困った表情を浮かべていた。


「脱がんでええから!二人がデートしとるところを近くからちょっと撮らせてもらうだけでええから!どうか、うちに協力して!」

「こより、どうする……?」


(まあ、悪い子というわけではないし……このまま放っておくのもかわいそうだし……)


「……協力してあげましょうか」

「ほんま!?」


 四ノ宮はコロッと表情を変えて、キラキラと目を輝かせるのだった。


 *


 そして週末。

 こよりは市内にある動物園、緋柏山動物園の前にいた。

 チェックのワンピースにベレー帽を身に着け、顔はナチュラルテイストの薄化粧とオシャレは万全である。


「こより。おはようさん」

「おはよう、優」


 動物園の側にある駅の方から美嶋が近付いてくる。

 今日の美嶋はキャップ帽をかぶり、へそ出しの丈の短いシャツの上に青色の上着、足のラインが浮き上がる細めのズボンとスポーティーなコーデに身を包んでいた。

 華奢で引き締まった身体を持つ美嶋だからできるコーデだ。


「早いね。まだ開園二十分前だよ」

「それはお互い様でしょう?」

「真面目だね、僕たち」

「そうね」


 こよりと美嶋は通じ合ったかのようにそろって笑みを浮かべた。


「こよりは今日もすごくオシャレだね。可愛い」


 美嶋の言葉にこよりはドキッとする。

 嬉しさで口元がニヤついてしまいそうになる。


「優もカッコいいわ。とても似合ってる」

「本当!?やった!こよりのためにおしゃれした甲斐があったよ」


 美嶋はパアッと嬉しそうな表情を浮かべた。

 その表情を見て、こよりは胸の奥がじんわりと幸せな気持ちになった。


「ねえ、こより。このまま二人でどこか遊びに行っちゃおうよ」

「もう!そんなことしたら、四ノ宮さんが泣いちゃうわ」

「冗談だよ。冗談。今日はあいつと一緒にデートするよ」


 美嶋はこよりの背後に回ると、後ろからこよりを抱き寄せる。

 すると、美嶋は鼻歌を歌いながら、身体を左右に揺らし始めた。


「あら、ご機嫌ね。どうしたの?」

「実は動物園でデートするってことになって、すっごく楽しみにしてたんだ。動物園なんて小学校の遠足以来だっただから」

「ああ、そういうこと。確かに私も高校生の時に友達と遊びに――」


(って、違う違う!)


 こよりは思わず口走ってしまった言葉を取り消すように顔を左右に振った。


「え?動物園は今日が初めてじゃないの?誰と来たの?」

「さ、最近読んでいる小説の内容と記憶が混同してしまったわ」


 当然、即興で考えた嘘である。

 こよりの部屋に小説はいくつかあるが、動物園が登場する小説は存在しない。


「なるほど?小説はまったく読んだことないけど、そうなこともあるんだね」

「その作者さんの文章が写実的でね、まるで小説の場面にいるように感情移入しちゃうのよ」

「へえ。こよりがそう言うなら、ちょっと読んでみたいな。今度貸してよ」


(え!?)


 こよりは焦った。

 その焦りを悟られないよう必死に冷静を装う。

 そして、「やばい、やばい……」と心の中で叫びながら、頭をフル回転させてこの状況の打開策を考える。


「えっと、ごめんなさい。先週、家に親戚の子が遊びに来て、その子に貸しちゃったのよ。帰ってきたら、貸してあげるわ」

「分かったよ。楽しみにしてるね」


 何も知らない美嶋はニコニコしている。

 対して、こよりの表情は苦悶に満ちていた。


(動物園が出てくる小説……検索して出てくるかしら……?ああもう、馬鹿。私の馬鹿!こんなところでボロを出すんじゃないわよ!)


 こよりは心の中で美嶋とのデートで気が緩んでいた自分をきつく叱るのだった。

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