スティル・イン・ファンタジア/よしなしごと/落下傘
誰しも皆、美しい夢に囚われている。
それがおとぎ話か伝記ものなのか少女漫画なのかは知らないが、生活は夢見た何かに引き摺られて変容している。成功するかも分からない確度の低い賭けに出続けたり、来やしない白馬の王子様を待ち続けたり、ただの怠惰故にたどり着いた今を悲劇の中に見出したりする。
私はそれに同情したり哀れみの目で見たり素通りしたりする。何故って、私だって例外ではないからである。
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近頃体を壊して寝込んでいたから、今日は早く目が覚めた。部屋が荒れ放題だったから、ここ数日止まっていた時間を動かすべく、私は伸びをしながら布団から起き出した。
洗濯機を回して、その間に皿を洗っていた。その間、珍しく音楽も聞かずに考え事をしていた。まだ治りきっていない喉の違和感に引っかかりながら、もし声が出なくなったらどうしよう、みたいなことを考えていた。左を向けば広がるまだ雑多に散らかった部屋は、私の立てる物音以外には何も起こらない。私の声が無くなったとして、身振り手振りで話せる人はいない。
ここまで考えて、ひとりぼっちは寂しいのだろうか、と考えた。まずもって、寂しいのは寂しい。とはいえ対価としての自由が私の手に馴染みすぎていて、その孤独が耐え難いものであるとはとても言い切れないのもまた、事実だった。この部屋に、いや、この部屋じゃ狭いし、もうすこし大きな家に私以外の誰かがいて、それと今のこの生活はどちらのほうが幸せなのだろうか。正直、相手によるとしか言えなかった。私は無限に変わる乱数の含まれた仮定にとりあえずの答えを出すのが苦手である。なので、無理矢理当てはめようと誰かの顔を想像してみた。恐ろしいことに、輪郭すら浮かばなかった。かれこれ、もう一年半はこんな生活をしている。
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思い立って出かけた山登りに飽きて、途中で切り返して帰ってきた。帰りに肩に落ちてきた小さく縮こまった紅葉は、だいぶ前に道に放ってきた。
電車で往復した時間のほうがそこにいた時間より長いなんてこと、許してくれる人間はそういないだろう。そんなこんなで、もうしばらくはこの自堕落から抜けられそうにない。
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