極彩色では目に余る
車道と平行に引かれた白線上を跳ねる子供がいて、それが無限の跳躍に見えた。一秒にも満たないうちに着地して誰に見せるでもないしたり顔をする幼子の傍を、私が追い越していった。日は確かに短くなってゆくというのに、夏の気配がずっと私の後ろ髪を引いている。蒸した街に蓋をした厚雲の隙間から覗く空はまだ青々としていて、けれど眼前に広がる道の彩度はたしかに秋のそれを模している。褪せた空気と変わらずつまらない色をしたコンクリートの上をだらだらと歩いて帰る私である。道端には枯れかけの彼岸花があって、彼女の赤も色を無くしたようだった。
無為にしてしまった時間を今更悔やんでもしようがないが、振り返らねば無為は真に無駄になるので、仕方なく私は帳簿を付けることとした。上手くいかなかった日を上手くいく日の糧にすると言えば聞こえはいいが、どうせ上面を撫でてまた同じことをするのだから仕方ない。現に今、書き残した言葉は何の役にも立たない、私のことではない世界の話だ。こうして書き残すことが無駄だと書き残してしまおうかと思ったが、それすら無駄な気がして、やめた。結局書き残したのは当たり障りのない反省と、そこに釣り合いを取ろうとなんとか捻り出したささやかな幸せの話だけであった。どうせ見返すこともなく捨てるとは思うが、書けば何か変わる気がして、こうして毎日日記を付けている。まあ、一度だって見返したことはない。
ぱたりと日記帳を閉じる音が響く部屋に、秋風は吹かない。窓は開けてあるのに、窓際で手を広げている白いレースのカーテンはぴくりとだって動かない。私みたいだと、乾いた笑い声を上げた。すぐにやめた。カーテンは静止したままだ。彼を透かした向こうに、先程よりもっと彩りを落とした空が雲を侍らせて遊んでいる。雲も動かない。今日は空の機嫌もあまりよろしくないらしい。
積もる埃と洗濯物の山を見て溜息をつく。無為な生活にも家事は必要で、自堕落の中にいても金はかかる。白色灯に照らされた部屋の中は、明るいはずなのに、ごちゃごちゃしていてどうにもくすんで見える。ふと、極彩色に囲われた生活はどんなだろうと考えた。美しいものばかりがあって、何も考えることのいらない、自堕落に落ちたって死なない、いわば天国とでも言い替えるべき生活のことを夢想した。そこに浮かぶ私を想像して、しばらく逡巡して、壁にかけた灰色の時計の秒針が一周と少しを走ったところで結論を出して、腰掛けていたベッドの上から立ち上がった。つまらなさそうだ、と思った。苦労もなければ飢えも乾きも知らない生活なんて、そんなところに住む人間は人間ではない。つまり、結局のところ、私は人間としての生を愛しているらしい。埃が積もっていて物に溢れていて、読書灯だけが灯る暗がりで肩を狭めて生きるこの生活を、案外気に入っているらしい。ただまあ、洗濯機を回すのと皿を洗うのは面倒であるから、そこだけはなんとかならないだろうか、だとかのくだらない考えを巡らせながら薄ら笑みを浮かべている。部屋の外はまた一段と暗くなっていた。カーテンはまだ揺れていない。
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