青いうちに早く

 感情には鮮度がある。喜怒哀楽優劣問わず、大方、おしなべて全て長くて一週間が限度だ。燃え続ける激情はそれ自体が燃えているのではなく、自分で火を焼べているだけである。で、大抵は三日経つと鮮度が落ちる。するとどうなる。色を失う。

 過去はいつも灰色だ。記憶はいつも先に色が落ちて、輪郭だけが残っている。「楽しかった」「辛かった」、あるいは「あんなことがあった」「何も無かった」。いつもそうだ。言葉だけが残っている。ある意味で、言葉は感情の残滓だ。

 もしくは、感情は不定形だ。確かな熱を帯びていて、流動的に形を変えてゆく。溶けた鉄か、はたまた炎か。どのみち、熱はいずれ失う。永続はない。火が消えれば、灯も消える。残るのは灰か暗闇だけ。色彩はスペクトルが見せる幻想だから、影の中に彩度は存在しない。

 色を失った感情は骨になって、灰になって、やがて崩れて地面に落ちる。積もったそれに埋もれるわけにもいかないから、仕方なくそれを踏みしめて新たな地平とする。その積もった感情の墓場を、私とでも定義しよう。であれば小さな生態系のもとで、私は何度も新生する。とまあ、物は言いようだ。

 ともかく、すぐに燃え落ちる刹那的な情動に踊るのは馬鹿だと考えていたわけである。ただ、気が変わった。嘲笑していた短絡的な感情論の上で、すこしばかり踊ってみたっていいだろう、とふと思った。灰に落ちる前に、その感覚の青いうちに、例えばありもしない運命論に惑って、見当違いな失敗で大怪我をして、その末に死んだってきっと後悔はしない。灰にならないうちに、その情動をすべて燃やして無くしてしまう前に、何度繰り返したか分からない新生を。過去なんて所詮過去で、どうせ今思い出せるほど綺麗でも汚くもない。過去は過去だ。それ以上もそれ以下もない。燃え尽きた先は、どうせ灰である。

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