第二十五章 悪役皇子は独占欲が強い

「カトリーヌは僕のパートナーなんだから兄上とダンスを踊っちゃダメだからね」

 皇太子の婚約式でユージンはしきりに婚約のときにした契約を持ちだしてきた。

 曰く、『正式なパーティでは必ずお互いをパートナーとすること』という条項だ。

 もちろん、婚約式へはユージンと来たし、ファーストダンスも一緒に踊った。


 まだ社交界デビューももすませていない子どもだし婚約者が決まっているカトリーヌにわざわざダンスを申し込む物好きもいないと思うのだが、ユージンは妙に周囲に目を光らせている。

 言われなくても、自分からアンリに近づくつもりはなかったが、パートナーから注意をされたとあれば、それを口実に断りやすい。


「大丈夫だってば。婚約者が決まっているから、ほかの人とはユージンの許可がないと踊れませんて言えばいいのね」

「そうだよ、カトリーヌ」

 よくできましたとばかりに、手の甲にキスを落とされると、手袋をとおしていてもその感触がくすぐったい。

 ユージンの赤い瞳にまっすぐに見つめられると、その妖しい魅力にどきりとさせられてしまう。


(本人が自分の見目のよさを自覚してないところが問題なのよね……それとも、そろそろわかっててやっているのかしら?)

 前世でカトリーヌに誘いかけてきたときのユージンは、自分の顔のよさを明らかに武器にしていた。だから今世でも、どこかでユージンが自分の風変わりな瞳や顔立ちのよさは使えると気づく瞬間があるのだろう。


(いままでも学校では人気があったしね)

 パーティの席には、高等学校のソサエティでユージン推しの人が混じっていたようだ。

 ユージンがカトリーヌをダンスに誘ったときや優雅にエスコートした瞬間に感嘆の声が漏れてた。


(ユージンはほかの令嬢と踊ったっていいのに……面倒なのかしら? まぁ、契約だからわたしはきちんと守るけど……)

 身分の高い貴族から話しかけられたときは皇子として相応の対応をしているくせに、


「娘を紹介させてください」

 そう言われたとたん、ユージンが警戒モードになるのを感じていた。


「僕にはもう婚約者がいるのでカトリーヌの友だちとしてでしたらよろこんで」

 とっさに対応したにしては断りの言葉も気が利いている

 その言葉を聞きながら、カトリーヌの心のなかは婚約式に連れてこられなかった小さなドラゴンに向かっていた。


(そろそろユージンを家に帰さないとリヴウェルが癇癪を起こしてそう……)

 皇子の部屋で暇をもてあまして、パパとママに会えないと「きゅう」と鳴いている淋しそうな後ろ姿が目に浮かぶようだ。


 婚約式は夜の舞踏会まで続くが、カトリーヌとユージンはまだ社交界デビュー前のため、昼の式典だけで大広間をあとにした。

 帰る前に、カトリーヌが緑影宮に顔を出すと、予想していたとおり、リヴウェルはカトリーヌとユージンがいないことに苦情を訴えてきた。


「きゅう……きゅううううっ!」

 翼を広げて飛んできたドラゴンを腕に抱きとめると、カトリーヌは頭を撫でてやる。

 最初のころは頭を撫でられるのは嫌がっていたが、時間が経つにつれ、甘えてきたときには頭を撫でてほしがるようになった。

 どうやらドラゴンにとって頭を撫でるというのは特別な行為らしい。


「リヴウェル、お留守番できたのえらかったわよ。頑張ったわね……ほら、ユージンも頭を撫でてあげて」

 ドラゴンをユージンにさしだすと、

「きゅう!」

 さすがに卵から育てているユージンは特別なのだろう。一際うれしそうな声をあげる。


「よしよし……今日はパパもママにたかるハエをいっぱい払って頑張ったからな」

「どういう意味よ、それ……」

 いまだに小さなドラゴンに話しかけるにしては意味不明の一言に、カトリーヌは呆れた。一方で言われたリヴウェルは、よくやったと言わんばかりの声で応えている。


「きゅう、きゅうう!」

「うんうん……もっとやれって? そうだよね特に兄上が近づかないようにしないといけないからリヴウェルも協力するように……ね?」

 ユージンはドラゴンに言い聞かせたあとで、ちらりとカトリーヌに視線を向けた。

 その目線はカトリーヌはわかっていないんだからと言っているようだ。

 それでいて綺麗な顔を向けられると意味深にも感じられて、どう反応したらいいか困ってしまうのだった。

 

         †          †          †

 

 死に戻ったカトリーヌが順調に前世とは違う人生を歩んでいるのと相対するように、悪役令嬢が役割を外れると殺されるという話はいまもつづいていた。

 カトリーヌが知るだけでも十人ほどの悪役令嬢が被害に遭っていることになる。

 それを誰がどうやって知るのかと、カトリーヌはモルガンに訊ねた。

 久しぶりに訪れた悪役令嬢会議でのことだ。


「この悪役令嬢会議は必ずしも時系列が同じとはかぎらないのですわ」

 金髪の縱巻きロールを今日も美しくリボンで結いあげたモルガンは、気品溢れる令嬢の手本のような佇まいだった。

 口をつけていたカップを円卓に戻し、カトリーヌに説明してくれる。


「カトリーヌとサロメのように同じ世界の、百年後の悪役令嬢と顔を合わせることもあるのです。その場合、未来の悪役令嬢は過去がわかるわけですの」

「そういう相手を……この広い会議場のなかから探しだすのがフラグを折るために有効な手段だと……」

 カトリーヌはうんざりするような気分で、集まっている令嬢たちを眺めた。


(百人……ううん、二百人はいるかしら?)

 みな高位の貴族か王族で、気位が高い。

 話し方を間違えれば、知りたい情報を教えてくれるどころか、今後、無視される可能性が高い。このあたりは普通の社交界と変わりない。

 むしろ、自分の世界の社交界のほうがカトリーヌは楽ができる。

 メディシス家という名の知られた家の、それも公爵家の令嬢。

 それだけで向こうから話しかけてきてくれるのだから、カトリーヌは常に周りから接待されるようにもてはやされていた。遠い異国では『下駄を履かせてもらっている』などと言うらしい。


 この悪役令嬢会議では、メディシス家の知名度も、公爵令嬢という身分も通じない。

 あえて有利な点を挙げるとすれば、カトリーヌがまだ幼いことくらいだろうか。

 誰でも自分より年下の子には少しだけ甘くなる。

 それに、波打つ長い黒髪に金色の瞳は、一度会えば、簡単には忘れられない特徴だった。

 さすがに虫はされないものの、見知らぬ令嬢に話しかけても、挨拶以上の話にはなかなか発展しない。


(それもそうか……悪役令嬢のなかから死人が出ているのだから、この会議場にいる人を疑っていても不思議ではない)

 さらに問題なのは、挨拶だけ交わした令嬢ともう一度会えないことだった。

 その点は、モルガンだけじゃなくサロメからも指摘されていた。


「つまり、悪役令嬢だから、誰もが毎回この会議に参加しているわけではありませんの」

 サロメが人差し指を立てながら補足する。

 そうなのだ。問題はそこだった。


(実際、わたしも二回死に戻る前にはこの悪役令嬢会議に来てなかったのだし……)

 悪役令嬢会議に出席するようになってからも、ユージンを振り切れなくて、あきらめる日もある。

 できるかぎり金曜日の夕方はひとりで生徒会室の扉を開くようにしていたが、リヴウェルのことがあるし、忘れ物をするなどの言い訳が尽きてきたせいだ。


 それに、皇立幼年学校が開いていない長期の休みもあり、どうしても生徒会室の扉までたどりつけないことはままあった。

 カトリーヌ自身でさえ、参加がまばらなのだから、特定の悪役令嬢と出会うことがどれだけ難しいのかがうかがえる。

 むしろ、毎回のようにカトリーヌを見つけてくれるモルガンとサロメは縁がある存在だと言えた。


「サロメは魔法学校についてなにか聞いたことはな?」

「私は……存じあげませんわ。そもそも王宮からあまり出てないせいか世間のことには疎いのです……本を調べてみますわね」

「お願い……サロメ」

 ふぅ、とため息をつきながらカトリーヌはお茶を口にした。

 どういう仕組みになっているのか、頼むと使用人がお茶やアフタヌーンティーのスタンドを持ってきてくれる。

 使用人は女性のときもあれば男性のときもあり、話しかけるまもなく、すっと下がってしまう。あるいは魔法で作られた人形なのではないかと思うほど、とりつくしまもない。


「この悪役令嬢会議の目的もよくわからないのですよね……」

 一番参加が長いモルガンがわからないなら、カトリーヌには想像もつかない。それでも、


 ――誰が、なんの目的のために、どうやって、この悪役令嬢会議を開いているのか。


 カトリーヌも考えるようになっていた。


(もしかすると、この会議とルートを外れた悪役令嬢が殺されることは関係があるのかもしれない)

 自分が二度目に死に戻ったとき、はじめて悪役令嬢会議にやってきたことからも、その可能性を疑っていた。

 カトリーヌも本を読むから、そのなかに主人公がいて、対立する悪役がいるという理屈はわかる。

 それが女性の場合、悪女とか悪役令嬢などと呼ばれるのだということも。

 でも、自分がその立場になり、いざ死に戻ってみると、死ぬくらいなら役割を外れて好きに生きたいと思うようになった。


(それは当然の考えじゃないの?)

 両親には死んでほしくない。ユージンの母親――第二皇妃とその子どもにも生きていてほしい。

 もし自分の力で運命を変えられるなら、今世ではできるかぎり抗うと決めていた。


「カトリーヌが暮らしている王国の名前はクー・ルーイン帝国というのでしたっけ」

 サロメが珍しくまともなことを問いかけてきた。

 モルガンと違い、サロメは自分の興味のあることにしか反応がない。どちらかといえば、ユージンとよく似たタイプだった。


「そう……クー・ルーイン帝国。その近くにある別の大国の名前は西ジャミル帝国。近隣の国の人なら、このふたつの帝国の名前を知っていると思うわ」

 カトリーヌが説明すると、モルガンが意図を悟って言う。


「カトリーヌと同じ世界の悪役令嬢をほかにも探そうっていうのね?」

「私もモルガンも長く悪役令嬢会議に参加しているけど、自分と同じ世界の悪役令嬢に会うことは滅多にない……でももしかしたら、カトリーヌが探すより第三者が探したほうがカトリーヌと同じ時代の悪役令嬢を見つけられるかもしれないわ」

 サロメはときどき閃きにも似た鋭い発言をする。

(こういうところもユージンとよく似ているのよね……)


「私はヨカナンと別れるつもりはないので、いまのままでも構いませんから、カトリーヌに協力してさしあげますの」

 愛らしい笑みを浮かべて、サロメは言いきるが、この会議場に存在するからにはサロメも悪役令嬢である。


(ヨカナンという人はサロメと別れたがっているのではないのかしら……)

 その質問は心のなかにだけしまっておいた。


「じゃあ、私もほかに知り合いがいるときは、クー・ルーイン帝国について聞いてみるわ」

 モルガンもそう請け負ってくれて、その日の悪役令嬢会議は終わったのだった。


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