第二十二章 私の殺意を甘く見ないで

「カトリーヌ……こんなところにいたんだ」

 現れたのはユージンだった。しかも、その手にはバスケットを持っている。

 その蓋がわずかに持ちあがるのを見て、カトリーヌのほうが悪いことをした気分になった。


「ユージン! まぁ……ずいぶん探し回らせたみたいね……」

 まさかこのガーデンパーティにまでリヴウェルを連れてきたとは思わなかった。

 その一方で、ユージンがこんなに長時間、リヴウェルのそばを離れるわけもないとも思っている。


(ユージンのリヴウェルに対する探求心を甘く見てはいけなかった……)

 カトリーヌを探したのもリヴウェルに会わせるためだろう。

 メディシス家の温室で毒植物を嗅ぎつけていたように、リヴウェルはカトリーヌのいる場所がわかるようだった。


(魔法生物だから、自分に魔力を与えた親の場所がわかっても不思議じゃない)

 つまり、バスケットを持ってきたのはリヴウェルにカトリーヌの居場所を探させるためのようだった。

「きゅうう……」

 バスケットのなかから声が聞こえて、カトリーヌとしては気が気ではない。


(どうなの……この国にいない魔法生物の存在を、ほかの人に知られてもいいの? いや、よくないでしょ……)

 毒薬と言うのは解毒薬があって初めて、交渉の武器になる。

 そういう意味では、リヴウェルの能力は、敵対勢力に知られれば危険な力なのだった。

 目線でリヴウェルがバスケットから出てこないように気をつけてと知らせると、ユージンは小さくうなずいた。

 それで大丈夫だと思ったカトリーヌの考えが浅はかだった。


「カトリーヌがそばにいないと僕は生きていけないよ……早く一緒に暮らそう」

 すっとユージンがカトリーヌの手をとり、その手の甲にちゅっと口づける。

 あまりにも自然な振る舞いに、ゴティエ侯爵令嬢だけでなくカトリーヌまでもが顔を真っ赤にして固まってしまった。


(違うのに……わたしがいないと生きていけないのはリヴウェルだってわかっているはずなのに……こんなのずるい)

 さっきまでゴティエ侯爵令嬢に対して殺意めいた感情を抱いていたはずなのに、どこかに飛んでいってしまった。

 こほんと咳払いをひとつしたカトリーヌは、ユージンの言葉に乗っかることにした。


「そうね。ユージン皇子殿下がわたしを必要としているなら……ほかのことは後回しにしましょう。十才の少女をひとり殺すなんていつでもできますもの。わたしの殺意を甘くみないでいただける? ゴティエ侯爵令嬢」

 カトリーヌの台詞にこくりと首肯したユージンは、すっと、カトリーヌとゴティエ侯爵令嬢の間に割って入った。


「君、僕はカトリーヌに用があるんだ。悪いけど、先に大広間に戻っててくれ」

 こういうところがユージンの凄さだとカトリーヌは思う。

 興味のないときにはぼーっとしているようにも見えるのに、やろうと思えばきちんと皇子らしく振る舞える。

 びくっと脅えた顔をした彼女は十分な距離をとってから一瞬、カトリーヌを振り返った。


「その女は……カトリーヌは毒婦です。ユージン皇子殿下にはふさわしくありませんわ!」

 負け犬の遠吠えのごとき台詞を吐いて、しかし、カトリーヌの脅しがよほど怖かったのだろう。

 ゴティエ侯爵令嬢はつまずきながらも、急いでその場を去っていった。


「毒婦って……カトリーヌ。君いったいなにをしていたんだ?」

「そうですわね……どうやらわたしを脅したいようでしたので、わたしも脅してさしあげただけなのですけど……大したことじゃありませんわ。おいで、リヴウェル」


 周りにひと気がないのを感じとったのだろう。

 リヴウェルはおずおずとバスケットのなかから出てきた。


「よしよし。こういう式次第というのは退屈なものと決まっているからね。リヴウェルも少しは我慢を覚えないと」

「きゅううう……」

 カトリーヌの言葉に小さなドラゴンは不満げな声を上げる。


「いい子にしていたら今度、絵本を読んであげるからね」

「きゅう!」


 リヴウェルの相手をしていて発見したのだが、小さなドラゴンは知的好奇心が旺盛だった。

 ドラゴンの子育てなんてやり方がわからないから、人間の子どもに対するように絵本を読んでみたら、大変気に入ったようで、何度も読んでほしいとねだるようになったのだ。


「ゴティエ侯爵令嬢はユージンのことが好きだったみたいね」

 少女がいなくなった先を見つめてカトリーヌが言うと、

「うん、知ってた」

 ユージンはまんざらでもない笑みを浮かべてあっさりと認めた。

 カトリーヌとしてはおや、と意外に思った。皇立幼年学校での彼は基本的に他人に無関心だからだ。


「だからこそ、早くカトリーヌと婚約したかったんだ。僕はカトリーヌのことが好きだからね」

「はいはい。リヴウェルのお母さんだからってことでしょう。わかってるから芝居がかったことは言わなくていいわ」

 カトリーヌは小さなドラゴンを腕に抱いては離し、軽く飛ばせて遊んでいる。


「そういうことにしておいてもいいけど……そろそろ戻ろうか。主役ふたりが長い時間、大広間を留守にしていると、誰かが探しに来そうだ」

 辺りにはまだ人の気配はなかったが、ユージンの言うとおりだ。バスケットの蓋を開けて、


「ほら、リヴウェルお入り」

 住処に戻してやってから頭を存分に撫でてやる。

 こうやって直に肌で触れてやると魔力が吸いとれるらしく、リヴウェルがよろこぶからだった。


「夜はパパが存分に遊んでくれるからね……あっ、でもふたりとも夜更かしは禁止よ。ユージンが眠らないようだったら、わたしにちゃんと報告してね……リヴウェル」

「きゅうう!」

 カトリーヌが言い聞かせると、小さなドラゴンはわかったとばかりに元気よく返事をした。



 ――この婚約式の話を悪役令嬢会議でモルガンとサロメに話したところ、

「ユージン皇子殿下はカトリーヌのことが好きなんですわね」

「それでどうなったんですの? もっと聞きたいですわ!」


 と大盛り上がりだったのはまた別の話である。

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