第十九章 悪役皇子様からのプロポーズ

「あ、カトリーヌ。心当たりあったんだ……観察日誌に書くからいつの話か話してくれるかな?」

 自分が知らないドラゴンの生態をカトリーヌが知っていたことが面白くないのだろう。

 笑みを浮かべてはいたものの妙に圧を感じる顔で近づいてきた。


「う……待ってユージン近い! 近いです。話すから!」

 やむなく、カトリーヌは先週ユージンに薬を盛ったあとにとったリヴウェルの行動について簡潔に説明した。

「つまり、リヴウェルはもしかして毒を食べて育つのかもしれないと……」

 ひととおり観察日誌に書きおえて考えこむ様子のユージンに、カトリーヌも相槌を打つ。


「魔法生物はそういう記録もあると書物で読んだことがあったの」

 前世で読んだ本だし、そのときは実際に魔法生物を見ていないから、そんなものかと思ったぐらいだ。

 こんなところで役に立つとは思わなかった。

 カトリーヌが読んだ物語には、有毒の沼で育つ魔法生物というのもいたから、その可能性はゼロではないと思ったという話をいまさらながら説明する。


「だから、リヴウェルが吐き出した玉は……一種の、口にした毒物とか薬の解毒薬みたいな効能があるのだと思う」

 ただの推論でしかないカトリーヌの話をユージンが観察日誌に書きこんでいく。

 不思議なことに、文字にされると自分の言葉がもっともらしく思えてくる。

 ユージンが興味深そうにうなずきながら聞いてくれるからなおさらだ。


「なるほど……カトリーヌ。この温室に食べてもいい毒物ってほかにもある?」

「試すつもり?」

「魔法生物というものがどんなものかわからないけど……リヴウェルは自分が必要なものを欲してるくらいには知能がある。カトリーヌに会いたがるのも同じ理由だろう」

 言われてみれば、そうかもしれない。

 子どもが母親を求めるように、リヴウェルも幼さからママだと認識しているカトリーヌに会いたがっているのかと思いこんでいたが、カトリーヌの魔力がないと生きていけないという生存本能から来る行動だったのだろうか。


(確かにリヴウェルには知能がある……会話が通じていることからしても間違いない)

 小さなドラゴンに言い聞かせるのはペットを躾けている感覚だったが、それにしては意志疎通がスムーズだった。

 観察していたユージンから言われて、カトリーヌは初めて、その事実が自分が考えていたよりもっと重要なことだと気づいた。


(魔法生物は……人間と同じくらいの知性がある……)

 それなら人間の子どもに接するように、もっとあらゆることをつまびらかに話しかけてみるのはどうだろう。

 カトリーヌはリヴウェルを連れて、この温室のなかでも危険な毒植物があるほうへ歩き出した。


 メディシス家が使う毒は遅効性で皮膚から接種する。毒を使った瞬間がわかりにくく、この国の技術では証拠が検出されないのだという。一種類ではなくほかの毒物と混ぜることで作りだされる。

 その原料となるジキタリスもまた強力な毒だった。


「リヴウェル、これは毒物なのわかってるのよね? そして、あなたはこの毒物を解毒する玉を作り出せるということね?」

 人間の言葉をどれくらい理解してるかわからないが、カトリーヌの説明を聞いたリヴウェルは、

「きゅう!」

 と元気のいい返事をする。

「本当に大丈夫かな……」

「本人……ならぬ本竜が大丈夫と言ってるんだから、あげてみてカトリーヌ」

 カトリーヌは抱きあげたままのリヴウェルをジキタリスの白い花に近づけた。


「きゅううう!」

 歓喜の声を上げて、ぱくりとリヴウェルが花に齧りつく。

 動物はどういうわけか自分に必要な植物と危険な植物を嗅ぎわけて食べるという。

 それなら、ここまでうれしそうに毒植物を食べるとリヴウェルは、やはり生きるために毒を必要としているのだろう。


(やっぱりリヴウェルが毒を食べるのはわたしの魔力の影響なのかしら……) 

 自分の手をじっと見つめた。

「それじゃあ、リヴウェルが吐きだした玉に関してはあとで確認するよ」

「言っておくけど、間違ってもひとりで食べたりしないでね。本当にびっくりしたんだから!」

 冗談で言ってるとは思っていなかったが、ユージンは本気で泊まっていくつもりらしい。

 夕食に呼ばれる前まで観察していたが、リヴウェルが玉を吐きだす様子はなくて、いまはバスケットのなかで寝息を立てて眠っている。

 廊下を歩きながら歩いていたときだ。


「思ったんだけどカトリーヌ……」

 突然思わせぶりに、ユージンが話を切りだした。

 ちょうど向こうからは両親がやってきて、公爵家の使用人たちもたくさん並んでいる食事の間の前での出来事だった。


「あんなに淋しがっているんだから……もう僕たち結婚しよう」

「はい?」

 いきなり言われた内容が頭に入らなくてカトリーヌは聞き返していた。


「結婚すれば、毎日一緒にいられるだろう。パパとママが一緒にいれば子どもも寂しくないよ」

 整った顔の皇子様から、突然、プロポーズされたのだった。


 ――いきなりなにを言い出したのこの皇子さまは!

 正確にはこうだろう。


 ――『(リヴウェルが)あんなに淋しがっているんだから……もう僕たち結婚しよう』

 ――『結婚すれば、毎日一緒にいられるだろう。パパとママが一緒にいれば子ども(リヴウェル)も寂しくないよ』

 カトリーヌはわかっているが、リヴウェルの存在を知らない周囲がそうは受けとらない。

 当然のように、公爵家は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

 

「で、殿下……ええっ? 婚約を飛ばして結婚というのは……娘もまた十才ですし」

「あなた、黙って! カトリーヌ、カトリーヌはどうなの? ユージン皇子殿下と結婚したいほど仲がいいの!?」

 仲がいいかどうか以前に、ここまで騒ぎになると、カトリーヌとしてはもう選択肢はひとつしかなかった。


 ――結婚はさておき、ユージンと婚約する。

 それは皇太子との婚約を阻止するために、いちばん有効な一手だからだ。


「そうね……ユージンとはとても仲がいいと思うの」

 両親に向かってカトリーヌはにっこりと微笑んだ。

 その言葉でまた、メディシス家は大騒ぎになった。

 夜になってリヴウェルが吐きだした玉について調べる暇もないほど、カトリーヌとユージンは質問攻めに遭ったのだった。

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