第十七章 悪役皇子と温室デート!?
「まぁ、逢い引きのお誘いですのね! 素敵だわ」
悪役令嬢会議の一画で、サロメはうれしそうな声を上げた。
今日の議題は『いかにして悪役令嬢らしく振る舞うか』というものだった。
銀髪の美しい令嬢はドレスをはじめ、手袋まで黒をまとい、黒い扇を華麗に操って高笑いをしていた。
現在のカトリーヌの状況からすると、近いうちに必要になる挑発の方法かも知れない。
「そういうわけで今日は明日の準備があるからとユージンの家に行かなかったから、この会議に来られたの」
「ええぇ……カトリーヌ……婚約破棄の相手とは違うんだから大事にしたほうがよろしくてよ」
「そうですわよ。毎日お茶してくださるなんて、絶対カトリーヌに気がありますわ」
「いやいやいや……リヴウェルのために呼んでいるだけだって」
ふたりから強く迫られると、カトリーヌまで誤解しそうになるからやめてほしい。
ともあれ、金曜日の放課後だけはユージンから逃げまわらなくてはと心に誓うのだった
† † †
どうやって金曜日の放課後、ユージンの誘いを退けたか。
その答えは、
A.土曜日にメディシス公爵邸にユージンを招待したから。
――と言うわけで、カトリーヌは客室にユージンを招いていた。
学友とはいえ、ユージンは第三皇子。
当然のように、両親そろって挨拶に来た。
「ユージン皇子殿下、ようこそいらっしゃいました。カトリーヌと仲よくしていただいているとのことで、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私がメディシス公爵です」
「本日は殿下にご訪問いただき、光栄に存じます。メディシス公爵の妻です」
「こちらこそ……カトリーヌ公女に招待に感謝しております。その……楽しみすぎて昨日はよく眠れなかったぐらいです」
挨拶の途中は我慢していたようだが、メディシス公爵邸に現れたときからユージンは何度も欠伸をしていた。
(本当に今日が楽しみで眠れなかっただけならいいんだけど、まさかまた夜中、リヴウェルの研究日誌を書いていたんじゃないでしょうね……)
先日無理やり眠らせたばかりでなんだか、睡眠不足の様子を見て心配になって仕方がない。
ついでにユージンが持ちこんだバスケットの中身も気になって仕方がなかった。
皇族相手の正式なお辞儀をする両親に、不便がないようにと、ずらりと並ぶ公爵家の使用人たち。
ユージンの部屋のように気軽にリヴウェルを外に出して遊べるような雰囲気ではなかった。
「きゅうん……」
ときどきバスケットの蓋を持ち上げては外をのぞくリヴウェルが、切ない声をあげている。
カトリーヌはいまは出てきちゃダメと言わんばかりにバスケットの蓋を閉めた。
どうも小さなドラゴンがやらかしそうで、冷や汗がじわじわとにじんでくる。
「お父さま、あの……ユージン皇子を庭に案内してもいいかしら?」
カトリーヌは必死に説明しながら、ユージンに察してと視線を送った。しかし、庭くらいではユージンの気を引けなかったらしい。
「僕はカトリーヌの部屋に行きたい」
率直ながら、カトリーヌにとって一番ダメージが大きい攻撃を繰りだしてきた。
「う……女の子の部屋に招くほど親しくはないと思うの」
(だって、わたしの部屋は客間もない子ども部屋なんだってば!)
皇宮の一棟に暮らしているユージンには、一般的な貴族の生活を察するという能力が乏しいのだろう。同級生の大半がまだ子ども部屋で暮らしているという事実を知らないのかもしれない。
「ユージン、温室はどう? 南国の珍しい植物があるのよ……――もしかすると、リヴウェルも食べられるものがあるかもしれないわ」
最後のほうは両親に聞かれないように、ユージンにだけ耳打ちした。
「温室……温室見たい」
よし、ユージンの気を引くことに成功したと思っていると、
「夜の温室も見たい。今日泊まっていってもいい?」
などと驚きの発言をされた。もちろん両親の前で。
「と、お泊まり? ユージンが?」
驚愕のあまり固まったカトリーヌをよそに、いち早く反応したのは父親だった。
「それはもちろんでございます。客間に案内させていただきます。皇宮には使いをやっておきましょう」
普段から部下を従えて帝国内を走り回っているだけはある。まるで予定調和のように、使用人に指示を出し、客間の用意をさせている。
(ユージンって爆弾みたい……応対するだけで神経がすり減るわ……)
カトリーヌだけがぐったりとユージンとリヴウェルに振り回されていた。
† † †
「リヴウェル、出ておいで」
温室は公爵邸の敷地のなかでも奥まった場所にある。
ここなら人払いをして、子ども二人だけでいても問題がないと見なされたのだろう。ようやくバスケットからドラゴンを出してやることができた。
鋼鉄で骨組みを作り、ガラスに覆われた巨大な温室は日光を受けて冬場でも暖かい。
メディシス家では南国でしか作れないオレンジやバナナと言った珍しい果物のほかに、薬の材料になる植物を多数、栽培していた。
「わぁ、本当に珍しいものがいっぱいある! ねぇ、カトリーヌ。この実、食べてもいい?」
ユージンが真っ赤な瞳をきらきらとさせてバナナを指さすから、カトリーヌは一房手にとり、そのうちの一本の皮を剥いてみせた。
彼の好奇心は尽きないみたいで、実になっているものはなんでも食べたがり、そのたびカトリーヌは名前や原産地の説明をするのだった。
「こうやって一緒に歩いていると、まるでデートみたいだね」
突然ユージンが言い出した言葉にカトリーヌは吹きだした。
「で、デート? わたしとユージンが?」
動揺するカトリーヌの手をとり、ユージンはすっと手をつないでくる。
「リヴウェルもいるから親子デートだね」
穏やかな笑みを向けられると、ユージンに特別なきがないカトリーヌでさえ、どきっとさせられてしまう。
(ユージンの手……冷たいけど、温室のなかでは気持ちいい……)
「じゃ、じゃあわたしが案内するから、リヴウェルも道に迷わないでついてきてね」
「きゅうう!」
今日はカトリーヌとユージンがそろっている上に広い場所に放たれたせいか、リヴウェルはご機嫌だった。
カトリーヌが先導して温室を歩くと、リヴウェルもふたりのあとをちょこちょことついて周り、またときには温室のなかを飛ぶ蝶を追いかけたりと自由気ままに振る舞っている。
ひとしきり、めぼしい実を口にしたあとで、ふと思い出したようにユージンはポケットから小さな箱を取りだした。
「実は先日、カトリーヌが帰ったあとにリヴウェルがこんなものを吐きだしたんだ」
言われてカトリーヌが開いた箱のなかを覗きこむと、なかには真珠のような玉が二つ入っていた。
「なんだか丸薬みたい……」
色は両方とも限りなく白に近いが、わずかに青みがかっている玉と、黄色みが強い玉とにわかれていた。
「僕もそう思う。だから、食べてみようと思って」
「……は?」
カトリーヌが反応するより早くユージンはその真珠のような玉を飲みこんでしまった。
「はぁ? なに考えてるのよユージン。もし毒だったらどうするの。吐きだしなさい!」
とっさに皇子の肩を揺さぶったカトリーヌは、玉を逆流させようと手を口につっこんだ。一見、不敬なようだが、毒を口からとりいれたときは、まず吐きださせるのが一番生存率が高い。
カトリーヌとしては、ユージンのためにした行動だったのに、そこに割って入ったのがリヴウェルだった。
「きゅううう!」
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