第十二章 『世界を語るもの-スクレテール』という存在
「そんなことってある? もう……びっくりしたんだから!」
ひとしきり説明を終えたカトリーヌは机を力強く叩いた。
ここはカトリーヌが暮らしているクー・ルーイン帝国ではなく、異次元に開かれているのだという悪役令嬢会議の会議場だ。
週末にユージンとドラゴンを孵したカトリーヌは、その次の週の休み時間という休み時間の間、何度も何度も生徒会室を訪れて扉の開け閉めをしていたせいで、周囲の人から奇妙な振る舞いをしていると陰口を叩かれながら過ごした。
やっと念願の悪役令嬢会議に戻ってこられたのは金曜日の午後のこと。
今回もカトリーヌは入ってすぐにモルガンと出会った。
彼女が案内人だからそういうものらしいのだが、
「重要なことを、先日、お話ししそこねましたね……この悪役令嬢会議は週末に入る前の午後にしか開かれないのです」
モルガンは申し訳なさそうに、そう説明してくれた。
「ドラゴン……とは水龍のこと? 大きいのならうちの国の神様だけど……手乗りサイズ?」
モルガンといっしょに説明を聞いていたサロメは愛らしく首をかしげながら両手の手のひらを広げてみせる。
カトリーヌが祀る神さまは人間の形をしているが、竜という存在を現実に知ってしまったからだろう。
神さまが龍だという国があると言われても、驚かなくなっていた。
なによりも手乗りドラゴンの話をしているときのカトリーヌは、いつもよりもほかのことに気をとられる余裕がなくなっていた。
「もう、もっのすごくかわいいの!」
――そう、カトリーヌは突然現れた魔法生物にめろめろになってしまったのだ。
現れたドラゴンは卵と同じで、ほぼ白。やや青みがかった白銀のような鱗を持っていたが、まだ幼いからだろう。撫でてやると柔らかい。
体温がある蜥蜴のような感触だ。
ドラゴンはユージンとカトリーヌをパパとママだと認識したようで、いっしょにいるとひどく喜ぶ。
その上、カトリーヌがユージンと別れるときは、ひどく悲しそうな声で鳴いた。
調べたいことが曖昧だったため、使用人たちに指示してお願いするわけにはいかないし、ドラゴンから離れることもできない。
おかげで調べものはできなかったが、卵が無事に孵ったのはほっとしていた。
以前のカトリーヌはユージンと卵の話をしなかったのだから、前世ではあのままダメになってしまったのだろう。
(ユージンとも親交を深めることになったわけで、あのドラゴンが変化の兆しとなっていることは間違いがない……)
「このまま前世と違う人生を歩めたらいいんだけど……」
「それですわよ」
「もちろん、わたくしはヨカナンと婚約破棄などしませんわ」
サロメの発言はひとまず置いて、モルガンはなにか言いたげな表情をしている。
「先ほどほかの令嬢から聞いたところ、またひとり、破滅ルートを外れた悪役令嬢が殺されたとの話ですわ」
「また!?」
悪役令嬢がその役割から逃れて自由になると殺されるという話は、同じく自分の人生を謳歌したいカトリーヌにとって、自分にふるわれたのと等しい暴力のように感じられる。
「そんなこと……許せないわ」
カトリーヌの手は怒りに震えていた。
役割に殉じれば断罪されるのに、そこから逃れようとしても殺されるなんて――。
悪役令嬢には生きる権利がないと言わんばかりだ。
正直に言えば、カトリーヌはまだあまりほかの悪役令嬢と話していない。
だからといって、その理不尽さに怒りがなくなるわけではない。
(まるでわたしの未来を見ているようで嫌だわ。わたしの未来と言うか……わたしの過去かもしれないけど……)
皇太子から婚約破棄されたカトリーヌは、クー・ルーイン帝国を追放された自由の身となって、北部に向かう途中で殺された。
それはユージンに殺されたという形だったが、いま思えば、彼女たちと同じように破滅ルートを外れたからこそ殺されたという可能性もある。
(だとしたら、今回もすでにルートを外れたわけで……ユージンに殺される新たな未来もあるんだわ、きっと)
少しだけ親しくなってしまうと、なぜ彼がわたしを殺したのだろうという疑問しかない。
まだ前世で殺されたときの記憶が生々しいのに、十才のユージンはカトリーヌを殺すようにはまるで見えなかった。
「わたしが二回死に戻ってはじめてこの悪役令嬢会議に呼ばれたように、その殺された令嬢たちがこの会議になってくる可能性もあるのかしら?」
「どうでしょう……カトリーヌはこの会議に呼ばれて初めて、自分が悪役令嬢だと気づいたようですが、悪役令嬢によっては、初めから自分がそういう存在だとわかっている人も多いのです。いわば、悪役令嬢という役割の存在としての認識があるわけですね」
「なるほど……」
いろいろな悪役令嬢がいることにいま一度おどろきながら、モルガンの言葉に相槌を打つ。
「ごく稀にですけど、私たちの人生を物語として読んだことがあるという、『
モルガンの言葉はあいからず一回で飲み込めないことばかりだ。
「わたしやモルガンが主役となっている物語を誰かが書いているってこと?」
おそるおそる質問すると、モルガンはよくできましたとばかりに微笑んでくれた。
「そのとおりですわ。私たちはいまここに存在する――一方でその波動を異世界で感じとり、物語にするものたちがいるのです。その物語を読んだ転生者が悪役令嬢となることがごく稀にあり、彼女たちは悪役令嬢の――たとえばカトリーヌの未来を物語として読んで知っていたりするのです」
「じゃあ、その、『
「その可能性はあります。もちろん、カトリーヌの物語を読んだことがある人がいれば、という話ですが……彼女たちはこの会議室でも重要な存在ですが、会議に訪れること自体が大変、稀なのです」
モルガンの金色の縦ロールが美しく揺れるのを見ながら、カトリーヌはそういえばと思った。
――前々世でディアナを聖女だと言いだしたのは誰だったのだろう。
いまにして思えば、カトリーヌが悪役令嬢だったというより、ディアナという聖女が現れ、皇太子がディアナと結婚したくなったからこそ、邪魔なカトリーヌは悪役令嬢になったのだ。
「なんだか難しい話ですわ……」
珍しくサロメが眉間に皺を寄せている。
「光に対して闇があるように、正義に対して悪がある……そういう話なのでしょう」
ディアナという光が現れたからこそ、カトリーヌは陰に追いやられた。
(そんな運命、お断りだわ……)
孵らなかったはずの卵を今世では孵らしたように、このあともディアナの光から逃れてみせる。
カトリーヌが固く誓っていると、
「それで、そのドラゴンさんがカトリーヌと別れるときに泣いてすがったと言う話はどうなったのですか?」
話を巻き戻すようにして、唐突にサロメが訊ねた。
「あ……」
泣いてすがったとまでは言わなかったが、小さなドラゴンはほとんど同じ状態だった。
カトリーヌとユージンが構っていないと、すぐに「きゅうきゅう」と鳴き声をあげるせいで、図書館にペットを持ちこんだという疑いをかけられ、周囲から非常識な子どもだと言わんばかりの視線を浴びせかけられた。
バスケットのなかから飛び出してきそうなのをなだめすかしてどうにかユージンとともに馬車に乗せて帰したのだった。
「そういえばそんな話を最初にしていたのですわね? カトリーヌのことをお母さんだと思っていたのでは、離れたがらなかったのでは?」
モルガンとサロメに詰められて、相談しているはずのカトリーヌが窮地に追いやられた格好になった。
「う……それは……」
――そうなのだ。
皇立図書館で別れるときも大変だったが、翌日もユージンから使いがくるくらい、ドラゴンはカトリーヌを恋しがって泣いていると言われ、緑影宮を訪ねざるをえなかったのだった。
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