第5話

 湖を離れ、そこへ流れ込んでいた河川に沿うように北上した花嫁行列は日が傾き始める頃に門をくぐった。街道と河川とを交差させる大橋が架けられた通商の要。一日目の宿はここにとってあるとのこと。


 角度のついた屋根を重そうに背負った木造建築がひしめくように並び、その間をたくさんの人々が縫うようにして通り抜ける。生活の喧騒そのものといった風景に押しつぶされそう。


「話に聞くより雑然としてますね」


「あはは、このあたりは昔の建物がそのままになっているんです。古く開拓者の前哨地だった頃を大切にしたいのだとか。 橋を渡れば見栄えのする通りをご覧いただけます。 宿もそちらに」


 ちょっと歩くのもいいかしら……なんてわがままが聞き入れられて、案内役を引き受けてくれたのはアルフレートさん、お疲れのはずなのに、そんな素振りはひとつも見せずに歩幅を合わせてくれている。


「しかし、申し訳ないですね。 せっかく主をお誘いいただいたのに。

 使用人の真似事には飽きてしまったようだ」


 ちょっと疲れた。とはルツィエの言葉。

 あのあとずっと車中で話しかけ続けたのがよくなかったらしい。


「いえいえ。 むしろそっちのほうがやりやすいかも。

 彼女に服を贈ろうかと思って、とびきりかわいいやつ。 協力してくれますか?」


「ふむ……それは理由次第、ですね。 お聞かせ願えますか?」


「お友達になりたいんです。

 愛称で呼んでとお願いしたら、考えさせてほしいと保留にされてしまって……。

 ねぇ、妻にと攫っておいてそんな話が通ると思います?」


 それとこれとは話が違う……らしい。どれとどれなんだ。

 

「そんな夢みたいな……ああいや失敬。 今のはどうか聞かなかったことに。

 ええと、そうですね。 そういうことならお力添えを。

 問題は……どうやったら受け取ってもらえるか」


「夢? まぁ、はい。 そこなんです。

 何かいい案があったらと思って、むずかしいでしょうか?」


 繕うように方向性を示した口元がほんの少し吊り上がっている。妙案ありですか。

 主に似つかわしくない、愉快でノリのいい騎士さまである。


「いいえ。 侍女であれば、貴婦人から装飾品を下賜されるのは名誉なことですよ」


「おぉ、それ採用です! では早速向かいましょう。 古布商へ。

 ……案内、お願いしても?」


「もちろんですリタニア様。 

 そうだ、ここから先は冷えますから、貴女も上着を準備しておくのが良い」


 大変に気分が良いので肩を回している。ついでに速足。

 さてあの子には何色が似合うだろうか。





「……待った。 それ全部が服なのか?」


「はい。 そうですけど……お気に召しませんでしたか?

 ああ、もう遅いですし、蝋燭の灯りだけだと色がわかりにくいですよね」


「そういう問題ではなくて」


 広く取った袖口に揺れものが可愛らしい緑の羽織り、背中に留めた金の飾りボタンからゆったりとドレープを伸ばした青のコルサージュ、白く手触りの良い夜着は二人で着たくてひと揃え。他にもいろいろ必要なものを必要なだけ。

 さすがは天領、金持ちのお下がりには不自由しない。

 こうして寝台に並べつつお店のご主人に曰くと売り文句をルツィエに語って聞かせてみると、三着数えてから私を見る目が変わり、四着にため息、六着にかけた指へさっきのお言葉を頂戴した。


 調子に乗ってしまった自覚はあるにはある。

 けれど持参金の額を聞かされてしまえばこうなったってしかたない。


「ルツィエに着せたいと思って」


 追撃。こうなればもう勢いだけが頼みであるから、馬に鞭をいれるような心持ちで重ねてみる。……おっと、多少なりとも効果あり?


「う、ん。 まぁその、人は立場に相応しい服を着るものではないかな」


「ではお伺いしますがルツィエさん。 今の立場は何と心得ます?」


 かの騎士が佯狂と評した服に袖を通したままでそんなことを言うので、語るに落ちたぜとさらに一歩。侍女ならばおとなしく余すことなく拝領するがよい。


「これからはユリウスと呼んでくれないか。 どんな服を着ていても。

 夫の名を間違えられては誤魔化せない時がある」


「だれか人を呼んできましょうか? そうしたら侍女に戻ってくれますよね」


「……私で遊ばないで。 ちゃんと謝ったじゃないか。 いじわるしないでくれ」


「城につくまでは別の誰かでいたかったのかなって。 それは、いじわるだった?」


「そうではない、けど……困る。 悪ふざけが過ぎたと反省しているし、後悔だってしているところを、こんな」


「あてつけのように感じますか?」


「……うん」


「だとしたら、ごめんなさい。

 でもほら、夫を甘やかすのも伴侶のつとめかな、なんて。

 私を迎えに来るまでの道中はどうでした? いつもより気分が軽やかだったなら、もうちょっとだけ続けてみたって」


「意味がなかったよ。 ほんの少し身を軽くした気になったって、それは慰めでしかない。 それでどうなるんだ」


 細い指が使用人の着る服へ縋るようにシワを作る。

 きっと、今まで誰もこの布一枚にさえなれなかった。


「思い出くらいにはなると思いますよ。 死ぬ前の」


「なんでって顔、してますね。

 こういうのってどうしたって伝わっちゃうんです。 聖職者には特に……って、元ですけど」


 湖で聞いた言葉を思い出す。

 彼女が助けてほしいと言ったもののなかに、彼女自身は含まれていただろうか。

 

 そしてあの声がおよそ役割と呼べるすべてを取り払った彼女の本心と信じるなら。


「よし! いったん片付けますから、ここ座ってください。 お話ししましょう」 

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