第4話
「質問、いいですか?」
「うん。 私もその方が説明が楽だ」
話したいことがあると木陰に連れて行かれた。
腰掛けて涼やかな風に肌を馴染ませる間、辺境伯は一度も口を開かなかった。怒っているのかと思ったけれど、そうではない。平静を取り戻すまで待っていてくれたらしい。
「アルフレートさんはともかく、他の騎士の皆さんもご存じなんでしょうか。おっきな声出しちゃったので、心配で……」
私が謝り倒している間もずっと身体を折り曲げていた騎士さまは今は少し離れたところにいる。例の怖い人たちに混ざって旅程の打ち合わせとか準備に勤しんでいるようだ。
「いいや、初めて聞いた者がほとんどだろう」
「それは……その、」
「大丈夫、彼らは傭兵なんだ。十分な対価は払っているし、仮に口を滑らせる者がいたとして、誰も信じないよ」
「なるほど、それであの服装ですか」
「服装? ああ、花嫁行列には似つかわしくないか。 すまなかった。優秀なもので重宝している。こうして外に出るときなんかは特に。 向こうに着く前に顔合わせの機会を設けようか」
「……いや、違うな。順番が違う。
リタニア、貴女にはまず私のことを知ってもらうべきだね」
私の顔に浮かんだものを見て方針を改めたらしい。
安心した。 めちゃめちゃ変な人ではあるけど、意思の疎通に障りはない。
「はい。 しかるのちに謝罪を要求します」
「もちろん。 では私の名前から……になるだろうか」
「その前に、私ってあなたに嫁いだことになるんですか?」
「いいや、対外的には兄……まぁ故人だが。 に、嫁いだことになる」
「はぁなるほど。 となればあなたは」
「愚兄が家督争いでついでに殺したことになっている妹。
ルツィエという名に偽りはないよ」
「……返り討ちにしたんですか? お兄さんを」
「そうであれば領地で仮面をつける必要がなくて助かったな。
実際には転んで死んだようなものだ……なぜ嬉しそうな顔をする?」
「あなたがどうやら怖い人ではなくて、閨事について悩む必要もなくなったから」
新しい人生で悩むことがあるとすれば、いつまでも世継ぎを生まないなんて悪評くらい。
黙ってさえいれば今ごろはと思っていた生活の似姿がどうやら手に入るのだと、そんな明日が描けてしまえば唇の端がほんの少し緩くなったって仕方ない。
「……あれ? だったらどうしてこんな、何の得にもならなそうなこと。
父から何を買ったんですか?」
長子がすでに亡く、また女性がその姿を偽り当主を継いでいるなんてのはあってはならないことだ。避けられない事情があったにせよ外部の人間をわざわざ招き入れる理由がわからない。というかよりにもよって秘密を守れなかった私だし……この人が知る由もないことだけど。
「貴女だよ、リタニア。 貴女の助けが要るから、こうした」
手を取るのでも、視線を合わせて真摯な瞳を見せるのでもなく、なんでもないことのように言ってのける。
「わ、私ですか? なにゆえ……」
「剣教の聖女候補にまで数えられた傑物、だろう?
病める辺境伯の呪いを解くにはうってつけの人選だ。 もっとも、話を持ち掛けてきたのは父君だったが」
「わ、なんかそう言われると緊張しますね」
もはや顔かたちも定かでない父がどういう売り文句を並べたてたのかは想像したくなかったけれど、それでも私に対して政略結婚の駒以上の評価を与えていたかもしれない。
にしても傑物て。もっと他の言葉はなかったんでしょうか。たとえばそう、才媛とか。
「こうして言葉を交わしてみると、貴女を評するにはやや厳めしい表現だね」
木漏れ日に優しく目を細めてささやくように。
そこに掠めるような理解や歩み寄りを感じて、喧嘩腰だったのを反省する。
「呪い、というと。 この狼たちですか?」
使用人に窶した辺境伯から目を逸らす。視線はその傍らの狼たちへ。
位相は
――第一または第二のどちらか単独で追放可能。
「そう、見えてしまうかい?」
「はい。 そうしたくは……なかったですが」
「ありがとう。 黒いのはルーカと言って、なかなかの知恵者なんだ。
それからこっちの茶色くてすこし小さいのがフランタ。 最も勇敢」
愛おしむ手つきが二頭の鼻先を順番に撫でて、彼らもまたそれを受け入れる。
「私の閨に生まれて、私に憑く。 シアーズの名と共に封ぜられる以前の、古き王冠と血の祝福。 君たちが悪と呼ぶものに相違ない」
続く言葉には悲しみを滲ませて、赤い瞳には振り絞ったような決意を湛えて。
「リタニア、今ではない。 けれど遠くないうち、必ず彼らを相応しい場所へと送ってほしい。 すべて終われば、貴女はシアーズ辺境伯領の聖女としてその名誉を回復することができる。 約束するよ」
「これが事後承諾で問題ないと踏み、かかる仕儀に及んだ理由だ」
狼を伏せて立ち上がる。 布が微かに擦れる音がして、彼女は私に頭を下げた。
「時を惜しんで対話を拒み、理解を求めなかったことを謝罪します。
従者に窘められるまで、私は貴女と目線を合わせようとさえしなかった」
「立場を偽り貴女を試したことを謝罪します。
けれど引き返すことはできません。 私は貴女に憐れみを乞います」
「どうか我が民、我が家名、そして、今や悪しきとされる狼たち。
そのすべてをお救いください」
ここぞの場面で年相応の、年下の女の子そのものの口調。
今もって真意は不明で、もしかしたら憐れみを誘って篭絡する意図があるのかも。
ちょこちょこ察しはつくものの、ちゃんと答えてもらっていないことがいくつか。
なぜ急ぐの? だとか、なぜ私との婚姻という形にこだわるの? とか、そういった疑問は数多く残っている。
けれど、人生をかけてなり損ないにしかなれなかった聖女未満にだって良心くらいはあるのだ。
「ねぇ、ルツィエ」
立ち上がる。言葉を借りるとしたら、文字通りに目線を合わせる。
一般に霊は疲労を知らない。 伏せて侍る狼たちはまだまだ走り足りないといった様子で、見るからにこの小休止を歓迎していない。
それはつまり、最初に歩み寄ってくれたのは彼女ということだ。
「親しい人は私のこと、リタって呼ぶんです」
彼の城まではまだ遠く、言葉を交わす時間はいくらでも。
劇のような一歩を彼女が踏みこんだのなら、返歌として差し出せるのはこの台詞がちょうどいい。
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