第7話 紹介してください!

 新学期が始まって数日が経過——。

 眞奈と並んで学校に向かう道中、俺はぼんやりと屋根や電柱を眺める。

 いつもちくちく刺してくるあの大竹さんの真っ青な顔を初めて見た。

 有坂家がどれほど高い場所にいるのかを目の当たりにして、権力の凄さを感じたのと同時に、全身から力が抜け落ちてしまった。

 俺と父さんじゃ遠ざけようがない相手をいとも簡単に追い払ったんだ。 

 都合よく有坂家の籍に入れるといいけど、簡単な話じゃないよな。当然眞奈の気持ちも大切だ。

 いっそ店ごと町から出られたらいいのに、どれほど眞奈の気が楽になるだろう。

 学校前にあるY字路から他の生徒が出てくると、眞奈は少し前へ進んだ。


「おはようー眞奈ちゃん」

「おはよう」


 慣れた愛想笑いを浮かべて小さく手を振った眞奈は、そのまま同級生たちに合流していく。

 もう少し前に目を向けると、仲良さげに並ぶ男女が歩いていた。

 確か青原さん、それから同じクラスであり有坂家の人間、有坂勇人。 


「でね、父さんが猫飼うのはちょっと難しいねって言うんだよ。小夏のところで面倒見られない?」

「あの白い綺麗な子猫だよね。人懐っこくていい子だけど、お父さん猫アレルギーだから難しいかも」


 聞こえてくるやり取りから察するに、小さい頃から見知った関係なのかもしれない。

 いつもみんなに囲まれている2人だが、登校中は誰も近づかない。

 むしろ温かく見守っているようだ。

 1組の教室をくぐると、


「三崎君おはよう」


 何人か女子が揃って挨拶をくれた。


「え、あぁーおはよう」


 突然のことに怯んでしまい、俺はぎこちなく挨拶を返す。

 女子たちは愛嬌のある表情を浮かべて、頬をほんのり赤くさせている。

 慣れないながらも俺なりに笑ってみせた。


「笑顔が硬いよー」

「あーはは……」


 余計なお世話だなぁ。

 とはいえ否定もできないから、何も言い返さず最後尾の席につく。


「大河! おはよう!」


 突然隣の席から容赦のない元気を押し付けられ、肩がビクッと跳ねてしまう。


「うぉ、お、おはよう……有坂、さん」


 有坂だ。ハッキリ見なくても分かるほど眩しい笑顔を向けられる。

 有坂は俺の返しに、きょとんと傾げて眉を下げていた。


「オレ勇人!」


 知ってるよ。名前で呼んでくれってことか?


「あ、あぁーそうだったっけ、ごめん、えーと」

「しつこいから諦めた方がいいぜ。人懐っこいけど、結構頑固なんだ」


 勇人の友人たちが揃って頷く。おそらく彼らも同じ手口に遭ったのだろう。

 

「あぁ、じゃあ勇人」

「うん!!」


 名前で呼んだだけなのに、光度が増した笑顔で圧倒されてしまう。

 やっぱりこいつと俺とじゃテンションが合わない。

 軽く仰け反っていると、スマホから通知音が鳴ってきた。


『英語の教科書忘れたから貸して、廊下出てきてほしい』


 はいはい――教科書をカバンから引っ張り出して、廊下に出ようとしたら、誰かが同じタイミングで入ってきた。

 ぶつかるかと思って身を引くと、向こうもすぐに一歩下がって、品のある声色を漏らす。

 

「あ、ごめん」

「ううん私も前を見てなくて、ごめんなさい」


 青原さんだ。手にはお弁当入れのバッグを持っている。

 咄嗟のことだったのに、顔を見て受け答えできるほどの余裕ぶり。

 柔らかい微笑みと、鼻を心地よくする香りを漂わせて1組に入っていく。

 つい目で追っていると、


「教科書——ありがとう」


 小声で尖った含みのある口調が聞こえ、廊下側に顔を向けた。

 渡す前に教科書を引っ張られてしまう。


「あぁ」


 いつもの睨みはなく、軽い愛想笑いを浮かべている。

 眞奈はちらっと青原さんの背中を見て「ふーん」と漏らす。


「青原さんに気でもあるの?」


 あんなに綺麗だと見ないわけにはいかないだろう。 

 

「いや、さすがに気がなくても見るって。というか、知り合い?」


 入学式から今年の新学期に入るまで一度も顔を合わせたことがない。

 全校集会や学校行事で目に留まりそうな存在感なのに、去年の俺は酷く周りが見えていなかったんだろう。

 眞奈は愛想笑いを少し止めて、軽く眉をひそめる。


「ウソでしょ、あんなに目立つのに……」

「そんなこと言われてもなぁ」 


 髪を掻きながら青原さんに目を向けると、勇人にお弁当バッグを渡している最中だ。

 

「あれ、お弁当忘れてたっけ?」

「おばさんが今さっき届けに来てたの。もう、困ってたから気を付けてね」

「うん! ありがとう!」


 みんなが口元をにんまりさせて見守っている。

 眞奈は丸めた教科書で俺の脇腹を突く。


「残念だけど、入り込む余地なし」


 悪戯っぽい言い方だ。眞奈は「じゃああとで返す」と言い残して3組に戻っていった。

 変に捉えられてしまったが、いくら青原さんが美人であってもそれはそれ。

 ある意味美術鑑賞のようなもので、胸を焦がす感情すら湧いてこない。

 用を済ませた青原さんは、静かに1組から出ていく。

 友人たちは鼻の下を伸ばして口を半開きに、ニヤニヤと勇人に絡んでいく。

 俺はそっと隣の席に戻って国語の準備をする。


「やっぱ美人だよなぁ、青原さんって」

「うん! 綺麗だと思うよ!」


 勇人は眩しい笑顔で答えた。 


「でも付き合ってないんだろ?」

「小さい頃からの大親友だよ!」


 友人たちは「そうじゃなくてさぁ」と呆れ半分で笑う。 


「逆になんで付き合わないわけ?」


 色々と好き放題言われている勇人は「んー」と純な表情で俯いている。

 一瞬、ちらっと俺を覗いてきた。

 それからまた「うーん」と唸って、何かを言いたげだ。

 一体何を言うつもりなのか、身構えてしまう。


「ねぇ大河。オレ、ずっとお願いしたことがあって」


 いつもの元気な声を抑えながら話しかけてきた。 


「お、俺に?」


 勇人はこくんと頷く。息を吸い、俺に真っ直ぐ――


「眞奈ちゃんを紹介してください!」


 クラスが一気に騒ぎ立った。

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君に幸福を。 佐久間泰然 @OBkan

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