最終話 エスポワールって
あれから2年が経った。
あの後の配信では、湊が緊張のせいで夏樹の名前を口走るなどのハプニングはあったが、無事に曲の動画は配信された。
配信された曲はMIRAIの人気と本来の曲の良さで、一気に200万再生までいった。
そのおかげで、その後とんとん拍子に話が進んで、湊はメジャーデビューをした。
大人気、と言えないし、同じくメジャーデビューしたMIRAIの方がよっぽど売れているという状況だが、街を歩けば声をかけられる程度にはなってきた。
ついでに「マネージャーの夏樹さんですよね?」と一緒に言われることある。
MIRAIの実来ちゃんは、高校1年生になり、少し反抗期がきているようで、三井さんは最近ため息をよくついている。それでも歌の活動は楽しいと夢である高校教師になるまでは活動を続けるという。
一度なぜ高校の先生になりたいのか聞いたら、「お兄ちゃん、高校の時いじめられてて・・。その時先生が助けてくれなかったって言ってたから、お兄ちゃんみたいな生徒を一人でも減らしたいなって思って」と恥ずかしそうに教えてくれた。
反抗期は来ているものの、兄を思う気持ちに変わりはないようだ。
今津とありさは交際を続けているが、びしっとプライベートとは線引きしていて、仕事中は女優とマネージャーの関係で上手くやっている。
その方が燃えるのよとありさは笑っていた。
世間にもバレるような厄介なことにもなってないが、ありさから今津と喧嘩した愚痴話をいつでも電話でかけてくるという厄介ごとが夏樹には降りかかってきている。
そしてこの2年で驚いたことと言えば、仁川と神崎川が結婚したことだ。
しかも結婚したことについて報告もなかったので、結婚していると気づいた時には神崎川のお腹が大きくなっていた。
最近の神崎川の口癖は「うちの子のためにしっかり稼いできてちょうだい」だ。
子供ができると少し丸くなると聞くが、神崎川には当てはまらないらしかった。
そして今日は湊のデビュー2周年のライブだ。
「夏樹、今日もカメラあるのか?」
「まぁ、DVD用に撮影予定だからな」
湊がふぅーっとしゃがみ込んだ。
「もういい加減慣れただろ?」
「歌ってる間はいいんだよ、MCの時がなぁ」
「だから俺の母親が天の声で出演してるだろ?」
湊のカメラに対する緊張癖は緩和されたものの完全には治らず、様々な工夫を凝らした結果、母が声出演することで、落ち着いている。
母もノリノリで参加しており、親孝行もできて一石二鳥だ。
カメラ恐怖症はきっと子供の時に記事にされた時のショックが原因だろうとは思うが、無理に治させるより、少しずつ前進できればいいと考えている。
「夏樹―!この衣装の着方がよくわかんないんだけど」
湊は背中に大きくHAPPYENDと書かれたパーカーを脱いで衣装に着替えようとしている。
「子供かよ」
「うるせぇ」
「今日はお前のお母さんとお姉さんも来てるんだろ?びしっと決めろよ」
「わかってるよ」
なんとか着替え終わると、ステージに向かう。
「あのさ、夏樹」
「なんだよ、もう始まるぞ」
「うちの事務所のエスポワールってどんな意味か知ってるか?」
「意味?」
「フランス語で希望って意味らしいぜ」
SEが流れ始める。
「じゃあ行ってくるわ」
「おぅ」
観客の「ワー」という声が聞こえてくる。
「希望か」
初めてのドーム公演。
(このスピードでここまで来れるなんてな)
ステージの裾から舞台の中心に湊が立っている。
「じゃあ1曲目は、MIRAIとコラボして、俺と相棒をテーマにしたこの曲から」
イントロが流れ始める。
観客の盛り上がる声が聞こえ、湊の歌声が響き渡る。
“一人で駆け抜けてきた時代もあったけど、今は二人で走っている”
“いつも俺を信じ、背中を押してくれた”
“そんなお前が俺の希望だ”
エスポワール 月丘翠 @mochikawa_22
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