第23話 何も夢は1つである必要はない
「いよいよ公開日だな」
湊は落ち着かないのか、パソコンの前でウロウロしている。
「公開時間までまだ3時間あるから」
夏樹がそういうと「わかってるよ」と言いながらも、ウロウロしている。
今日は事務所の一室で公開の1時間前からライブ配信して、カウントダウンして配信が始まる予定だ。
「ライブ配信で話す内容考えたら?」
「さっきから考えてるけど、なんか落ち着かねぇんだよ」
そう言いながらウロウロする湊の服の背中にはPressureと書いてある。
「プレッシャーを背負ってるんだな。今日の服が一番センスあるな」
夏樹がそういうと「なんだよ」と言いながら、ドカっとソファに座った。
「なんでそんな落ち着いてるんだよ、この曲で事務所の運命を左右するかもしれないんだぞ」
「あぁ・・そういえば、それが始まりだったもんな」
「そうだよ、ありささんが事務所を移籍して、今津の野郎もやめたら、事務所がやばいって話だから、このコラボに俺は全力を尽くしたんだ」
夏樹の表情が明らかにまずいって顔をしている。
「おい、夏樹。なんかあるのか?」
そう言った瞬間、事務所の扉が開かれて、今津が現れた。
「い、今津!?お前、やめたんじゃ・・・」
「辞めてねぇよ」
「これから辞めるのか?」
「辞めねぇよ」
湊は夏樹を睨みつけた。
「どういうことだ?」
「いやぁ・・・俺も最近知ったんだけど、普通に胃潰瘍でしばらく入院してただけみたいで・・・」
「じゃあ、今津はやめないのか?」
「辞めねぇよ」
今津はそういってタバコに火をつけた。
「・・・じゃあありささんの事務所移籍の話は?」
「は?そんなの知らねぇよ」
今津はふぅーっとタバコの煙を吐き出した。
湊は夏樹を睨みつけた。
「どういうことだ?」
「いやぁ・・・これも最近知ったんだけど、今津さんを働かせすぎってありささんが社長に直談判した結果、少しお休みしましょうってことで、ありささんもお仕事をしばらくお休みすることになったらしくて・・・」
そう言った瞬間、事務所の扉が開かれて、ありさが現れた。
「やっほー」
「やっほー・・?」
湊は夏樹を睨みつけた。
「待て待て、俺が言ったんじゃない。どっちも言ったのは・・・」
塚口の方に視線をやると、「お前かああああああ」湊が塚口に飛びかかっていく。
「許してよぉ~本当にそうだと思ったんだ~」
漫画のように二人が走り出した。
「今津さん、退院おめでとうございます」
ありさがお菓子を差し出した。
「ありがとう」
袋の中には、フィナンシェが入っている。
「俺の好きなやつ」
ありさの顔がぱっと明るくなった。
「やっぱり!このお菓子美味しそうに食べてるのよく見てたから、きっと好きなんだろうなって思って」
「俺、胃潰瘍で入院してたから、お菓子は、ちょっとな」
「もしかして食べれないですか?」
ありさの顔が、潤んだ瞳で落ち込んだ表情に変わる。
「お前って本当にコロコロ表情変わるよな。・・・まぁそこがかわいいんだが」
「え?」
「これは食べれないが、気持ちはありがたく受け取るよ。だからお礼に」
そういって、今津はありさの手を握った。
「食事でもおごらせてもらえますか?」
大きな瞳からぽろぽろ涙がこぼれ、にっこりと笑った。
「はい」
夏樹も、追いかけまわっていた湊と塚口も、動きを止めて、二人に向けて拍手をした。
すると、仁川がバンっと社長室から出てきた。
「お前ら何やってんだ!?」
よく考えれば、今売り出し中の女優とマネージャーの恋愛なんてご法度だ。
とはいえ、やっと二人は上手くいったのに、邪魔をさせるわけにはいかない。
「おじさん、もう二人とも独身だし、ありささんもアイドルじゃなくて女優さんなんだから恋愛したっていいじゃないか」
夏樹がそういうと、仁川はドカっとソファに座った。
「・・・俺がいつ反対した?」
「へ?」
「今津、ありさ、上手いことやれよ。それか、下手に見つかると面倒だから、結婚しちまえ」
「おじさん・・・」
「夢を見せる仕事してるやつが、人の夢の足を引っ張っちゃいけねぇ。何も夢は1つである必要はない。女優も恋愛もどちらも叶えたいなら、俺らはどちらも応援するだけだ」
仁川がそういうと、神崎川もため息をつきながら頷いた。
「上手く話しもまとまったところで、そろそろ配信の準備した方がいいんじゃないかな~」
塚口がそういうと、「お前は、あとで話がある」と仁川が睨みつけた。
「で、あと一つ大事な話がある。うちの事務所にもう1組所属することになった」
社長室から、三井と実来が出てきた。
「MIRAIだ。今日からうちの所属になる」
「これ、これがMIRAI!?」素人のような反応をする塚口の頭を一発はたくと、仁川は続けた。
「このMIRAIの担当もしばらくは夏樹にやってもらう。もちろん、湊のマネージャーも継続だ。どちらもとなると大変だとは思うが、MIRAIは表に出ないのと礼二自身がマネージャーのようなことをしていたからそれほど負担にはならんはずだ」
「礼二、音楽続けることに決めたのか?」
「音楽好きだけど、歌は得意じゃないから、実来が引退したら終わりだなとか思ってたんだ。でも、湊に言われて続けたいなって思えてきて・・・。実来が将来の夢のために歩き出したら、他の人と組むことになると思う。そんなことを考えていたら、二人でやるより、事務所に所属して仲間と進めていきたいと思って。湊の話聞いてたら、素敵な仲間、みたいだからさ」
三井が夏樹に手を差し出した。
「これからよろしくお願いします」
「こちらこそ」
夏樹も握り返した。
「あ、そうだ。もう一つしょうもない報告がある」
仁川は、夏樹に紙を差し出した。
「正社員の雇用契約書だ。さっさとハンコ押して出せよ~」
そう言って仁川は社長室に帰って行った。
「なっちゃん、やったじゃん」
塚口が夏樹の肩を叩くと、「こわすぎる」と夏樹がつぶやいた。
「全部丸く収まりすぎて、配信するのがこわいんだけど」
「大丈夫よ、あんた達が失敗してもMIRAIとありさがいれば事務所は安泰だから」
神崎川はそういうと自分のデスクに戻っていった。
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