第20話 ドラマでは演技上手いのに、プライベートでは下手なんだな
夏樹は「ふぁああ」と大きな欠伸をした。
車内の時計を見ると、朝の5時をさしている。
「早くこねぇかなぁ」
夏樹は車のハンドルにもたれながら、マンションの入り口を見た。
「俺がですか?」
昨日社長室に呼ばれて、園田ありさのマネージャー代行を命じられた。
「あぁ。今津は体調不良でしばらく出勤は出来んし、神崎川にマネージャー代行をしてもらったが、そろそろ限界だ」
そういえば、最近神崎川がいない日が多かったが、それはありさのマネージャーをしていたからだったのだ。
「まぁそこでだな、塚口に任せるような危険もおかせないし、不安だがお前に任せることにした」
「いや、でも湊のマネージャーやってますし」
「こんな弱小の芸能事務所で一人につきっきりでできると思うなよ。それに湊は曲作りくらいで他の仕事の多くはないだろ」
「・・・まぁそうですけど。」
まだ逆らいそうな夏樹を仁川は鋭い眼光で睨んだ。
「頼んだぞ」
仁川に厳しく言われたら逆らうなんてとてもじゃないができない。
仕方なく、ありさのマネージャーをやることした。
とはいえ、仕事を受けたり、管理するのは仁川がやり、夏樹は現場に付き添ったり、ありさの世話をする付き人のようなものだ。
(ついでに湊の宣伝もできると考えよう)
夏樹は自分をそう納得させ、早速ありさを迎えにいった。
ありさと会うのは、あの移籍騒動以来だ。
「おはよ、なっちゃん」
ありさはいつもと変わらぬ笑顔で、挨拶をしてくれる。
綺麗なくりくりとした瞳は、早朝でも変わらない。
「なっちゃん?」
「健ちゃんからそう呼んでるって聞いたから」
塚口が余計なことを言ったようだ。
「じゃあ、出発しますね」
夏樹はゆっくりとアクセルを踏んだ。
今日はドラマの撮影で、田舎の方へ行く予定だ。
車で1時間半くらいかかる。
朝も早いし、寝るのかと思えば、ありさは寝ることもなく、ぼんやりと窓の外を見ている。
静かな時が流れ、気まずい。
何か話すべきなのだろうが、移籍騒動もあって、夏樹はなんとなく話づらさを感じていた。
「ねぇ、なっちゃん」
「はい!」
「最近、湊くんどう?」
「順調ですよ。すごく頑張ってくれてます」
「それは良かった」
ありさは、小さな声で「いいな」とつぶやいた。
「本当に二人は仲いいよね」
「そうですか?喧嘩みたいになることもありますよ」
「喧嘩もいいじゃん。言いたいこと言いあえてさ」
「今津さんに言いたいこと、言えてないんですか?」
「・・・うん。言えてないこともある」
ありさは、車の窓ガラスにはぁと息を吹きかけて、指でハートを描いた。
「どうでもいいことは何でも言えるのにね」
ありさは少し寂し気ににこっと笑った。
「それは、相手を大事に思ってるからですよね?」
夏樹がそういうと、ありさは「うん」と小さく答えた。
「相手との関係を大事に思ってるからこそ言えない、って悪いことではないと思います。何でも本音で言えるのが素晴らしいっていう風潮がありますが、皆がみんな本音を言ったらえらいことになりますよ」
ポツポツと雨が降ってきた。
「でも、もしその人との関係を変えたい、そう願うのなら勇気が必要なこともあるのかもしれません」
フロントガラスに落ちた雨粒が段々大きくなって、本格的に降ってきて、雨音がどんどん大きくなっていく。
ありさの口元が少し動いた。
でも雨音が大きくて、夏樹の耳までは届かなかった。
通り雨だったようで、現場に着くと曇りではあるが、雨は止んだ。
それでも雨がまた降るかもしれないということで、撮影は早めにどんどん進められていった。
ありさはNGもなく、普段の愛らしさを封印して、今回の役になりきっている。
昔はアイドルとしてやっていた彼女を女優としていけると導いた今津はやはりすごい人なのだなと思いながら、ありさの撮影風景を見ていた。
合間に湊の宣伝もしつつ、あっという間に撮影は終わった。
帰り道はさすがに疲れたのかありさはぐっすり寝ていた。
売れっ子女優の無防備な寝顔がそこにある。
(今津さんは色んな意味ですごい先輩だ)
夏樹は、必死に運転に集中した。
ありさの家の近くまできて、起きるように声をかけるとありさは眠そうに目をこすりながら、欠伸をしている。
「もうすぐで着きますよ」
「なっちゃん運転上手いね。ぐっすり眠れちゃったもの」
「普通ですよ」
「あーぁ、なっちゃんがマネージャーだったらいいのに」
ありさはそう言っていたずらっぽく笑った。
そして家の前までくると、「ありがとう」と言って、ありさは眠そうに目をこすりながら降りた。
(ドラマでは演技上手いのに、プライベートでは下手なんだな)
今津はどうしているのだろう、夏樹は、再びアクセルを踏んで事務所に向かって車を走らせた。
事務所に着くと、ちょうど夏樹のスマホが鳴った。
湊からの電話だ。
「もしもし?」
「やべぇよ、やべぇ」
「は?なんだよ、何がやばいんだよ?」
「いいから、礼二の家に来てくれ」
それだけ言うと、電話はプツっと切れた。
三井とは下の名前で呼ぶほど親しくなったらしい。
「それより、急がないと」
夏樹は再び車に戻ると、三井の家に向けて走り出した。
三井の家に着くと、興奮気味に湊が飛び出してきた。
今日も個性の強い傾向の黄緑のパーカーに黄色でoutと書かれている。
「あのさ、そういうすごい趣味の服はどこで買って・・・」
「そんなことどうでもいいんだよ、早くこっちきて座れよ」
三井の作曲ルームに呼ばれ座らされる。
実来もすでにいて「こんばんは」と礼儀正しく頭を下げてくれる。
実来ちゃんを見習ってほしい、そう思いながら演奏準備をしている湊を見た。
三井も何やら機械をいじって準備をしている。
「曲が完成したんだ!まだ歌詞はないけど、すげぇ曲だから聞いてくれ」
湊がそういうと演奏が始まった。
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