第19話 事務所の未来をつなぐことができるかもしれない
「何が良かったんだろうな」
湊はキョロキョロと部屋を見回している。
部屋の中には山の頂上で撮ってきたであろう写真がたくさん飾ってある。
MIRAIのマネージャーかの三井から連絡があり、夏樹と湊以外のスタッフや社員が来るのは控えてほしいと言われたので、二人で約束の場所に来ていた。
指定された場所は、マンションの一室だった。
あれだけ人気のアーティストなので、タワマンかと思ったが、ごくごく普通のマンションで何なら少し古めなので、オートロックもない。
「あまり人様の家をキョロキョロ見回すなよ」
夏樹がそういうと、湊は「おぅ」といって出されたコーヒーを啜った。
そんな湊の服装は、大人しめの服装にするように言ったので、モノトーンで決めてきていた。
いつもの背中の大きなロゴもない。
が、黒のジャケットの下に来ている白ロンTの胸元に小さくPanicと書かれている。
(いつもこんなのどこで見つけてくるんだ)
夏樹もコーヒーを啜った。
三井はコーヒーを出した後、MIRAIを呼んでくると言って、席を外している。
時計を見ると、もう10分ほどになる。
MIRAIがやっぱり会いたくないとごねているのだろうか。
夏樹は不安になりながらも、ただ待っていた。
それからさらに少し経って、部屋のドアがノックされる音がした。
思わず、夏樹は立ち上がった。
湊もつられて一緒に立ち上がる。
すると、三井に押されて、車いすにのった少女が現れた。
「こ、こんにちは」
真っ赤な顔をしながら、少女は微笑んだ。
黒髪のおさげに眼鏡をかけた漫画にでてくる優等生タイプの見た目をしている。
でも微笑むと愛らしく、柔和な雰囲気だ。
「初めまして、私は小林夏樹です。でこちらが中津湊です」
自己紹介をすると、「私は三井実来です」とぺこりと頭を下げた。
「えっと、実来さんがMIRAIさんなんでしょうか?」
MIRAIの歌には学生の青春の恋愛模様を感じさせる歌もあるが、大人の恋愛や失恋ソングもある。
だが、実来はどうみても小学生か中学生だ。
「あ、あの、それは・・・」
実来がもじもじしていると、三井が実来の分のジュースを持って来た。
「MIRAIは僕と妹のユニット名なんですよ」
夏樹と湊は同時に「え!」と声が出た。
「僕が曲作りをして妹が歌ってるんです」
このぽっちゃりとした男が、女子の繊細な感情の動きを歌詞に書いているのかと失礼ながら夏樹はびっくりした。
「僕みたいな男が書いてるなんて驚いたでしょう?」
こちらの心の声を読み取っているかのように三井は言った。
夏樹は素直に「驚きました」と返事をした。
「妹は2年前に交通事故で車いす生活になってから引っ込み思案になってしまったんです。最初はその引っ込み思案な妹に自信をもってほしいと考えて、得意な歌を動画サイトに投稿しようと考えたんです。でもせっかく投稿するならと思って、高校時代に作曲とかもしてたんで僕が作った歌を歌わせた結果・・」
「爆発的に売れたんですね」
夏樹がそういうと、「大したことないです・・・」と実来が頬を赤らめた。
「妹は将来夢があるらしくて、歌い続ける気はないようだったので、顔は出さないようにしたんです」
どんな夢か教えてくれないんですが、と寂しそうに三井は笑った。
「そういう事情があったんですね」
「はい。なので、お二人だけで来ていただきました。コラボするのであれば、全てを説明するしかないですから」
「あの、なんで俺とコラボしようと思ってくれたんですか?」
使い慣れていない敬語を使いながら、湊が質問をした。
「夏樹さんが“一番の理解者でいたい”という言葉を聞いた時、僕と考え方が同じだなと思いましたし、あとお二人とも山に登っている間、無理にMIRAIについて聞いてくることもなくて信頼できると感じたので」
「一番の理解者?」
湊が夏樹を見る。
「恥ずかしいからこっち見んな」と夏樹が言うと、ニヤニヤしながら湊はまたコーヒーを啜った。
その後湊と三井は楽曲作成の話で盛り上がり、一緒に三井の作曲部屋へ行ってしまった。
「えっと実来ちゃんは、何年生?」
「あ、えっと中学2年生です」
「そうなんだ。ほんとにこれからいくらでも未来に向かって羽ばたける年齢だね」
夏樹がそういうと、「お兄ちゃんには内緒なんですけど・・・」といって将来の夢をこそっと教えてくれた。
「すごくいいと思うよ。お兄さん喜ぶんじゃないかな」
「でも叶うかわからないし・・・」
「簡単に夢は叶うとは僕は言えないけど・・・でも叶うことを心から願ってるし、応援できることは何でもするよ」
夏樹がそういうとパッと実来の顔が明るくなった。
その後、MIRAIについては他言しないことや、事務所の人にも伝えるのは最低限にすること、コラボは録画配信のみでライブでは実施しないなどの約束が交わされ、コラボは一緒に楽曲を作成し、配信をすることでまとまった。
コラボは、お手軽に少しトークするくらいしかできないかなと思ったら、まさかのがっつりとコラボできることになり、起爆剤としては十分だ。
三井と湊も打ち解けたようだし、なんとか事務所の未来をつなぐことができるかもしれない。
夏樹は少しほっとしながら、コーヒーをぐっと飲み干した。
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