第21話 呪いの言葉だな

「めちゃくちゃいい」


実来も「お兄ちゃんたち、すごい」と拍手している。

「今回は礼二と話し合ってラブソングじゃなくて、青春と友情をテーマにしようって話になって、ちょっと明るめの曲調にしてみたんだ」

「初チャレンジだけど、いつまでもラブソングだけってわけにもいかないからいい機会になったよ」

三井も満足げだ。

「歌詞も何となく決めてるんだよ、なぁ礼二」

「あぁ」

この数週間でかなり仲良くなったようだ。

同じ作詞作曲をするということで、共通点も多いのかもしれない。

「この曲は絶対売れるから、情報リリースしたら営業しっかりやってくれよ」

「おぅ、任せとけ!」と元気よく夏樹は返事をしたが、「もちろん、MIRAIさんの秘密は伏せるんで」と付け足した。


その後、湊が一緒にご飯を食べたいと言い出したので、買い出しに行って4人で鍋をすることにした。

言い出しっぺのくせに、夜中まで作曲をしたりしていたせいか、湊は途中で寝てしまい、実来は遅くなる前に自室へ入っていった。

「すいません、湊のワガママにつき合わせちゃって」

洗い物を一緒にしながら夏樹が謝ると、「実来が嬉しそうだからいいですよ」と三井は皿を拭きながら答えた。

「そういえば、ご両親は?」

「今は海外です。父が研究者でアメリカに行っていて、母もついていきました。両親は実来も連れていく気だったんですが、実来が日本に残ると言って、僕の家で暮らすことになったんです」

「そうなんですね。ご両親はこの活動を知ってるんですか?」

「えぇ。応援してくれてます、実来にとってもいい経験になるだろうって」

夏樹は気になっていたことを質問することにした。


「実来ちゃんが夢を叶えるために音楽活動をやめるとなったら、三井さんはどうなさるんですか?」


三井は少し言葉に詰まって、動きを止めた。

「実来の夢を支えられる仕事に就きます」

三井は再び皿を拭き始める。

「三井さんは音楽好きなんですよね?才能もあるし、続けた方が」

「いいんです。僕は実来の兄ですから」

夏樹は洗い物を終えて、水を止めた。


「実来ちゃんはしっかりした子です。三井さんがいなくてもちゃんと一人で歩ける子だと思います」


三井が驚いた顔で夏樹を見た。

「あ、すいません。最近知り合ったばかりなのにこんなこと言って」

「いえ、父にも同じようなこと言われたんです。実来はお前より強い子だから、お前自身の道を行くべきだと。・・・母は僕が実来のそばにいることを望んでいるようですけどね。いつも『お兄ちゃんなんだから実来を支えてあげてね』って言われるので」

三井は少し寂しそうに微笑んだ。


「呪いの言葉だな」


「湊!?起きてたのか?」

「さっき起きた」

眠そうに頭をかきながら、三井の前まできて肩に手を置いた。


「礼二、それは呪いの言葉だ。きっと母親は悪気なく言ってるんだろうがな。親は時に子供を縛り付けるような言葉を言ってしまうことがある。親も完璧じゃないんだから当たり前だ。でも言われた子供はそれを使命のように感じてしまう。それは例え何歳であったとしてもだ。親に同居を頼まれて断れない大人がたくさんいるのがその例だ」


湊は三井としっかり目を合わせた。


「でもお前はお前だ。お前の人生を生きるべきだ。親の為でも、実来ちゃんの為でもない、お前だけの人生をな」


決まったという顔をして、湊は「じゃあ帰るぞ」と荷物を持って部屋を出た。

「待てよ」と夏樹もそのまま三井の部屋を後にした。


「ったく、あんなこといって、人の家庭の事情につっこむのはよくないぞ」

帰りの車の中で、夏樹がそういうと、「ふん」と湊はそっぽを向いた。

「あいつが音楽を辞めるなんて、俺は許せない。あんな才能があるのにもったいないどころじゃねぇもん」

「確かにもったいないかもしれないけど」とまだ夏樹が話そうとしたが、湊はたぬき寝入りを決め込んだようだ。

「本当にガキなんだから」

夏樹はゆっくりとアクセルを踏んだ。


今日も朝が早くて欠伸が止まらない。

夏樹は、いつものようにありさの家の前に車を止めて、ありさが出てくるのを待っていると、いつも通りありさが「おはよ、なっちゃん」と乗り込んできた。

「おはようございます」

「なっちゃん、今日はCMだっけ?」

「そうです、今日は化粧品のCMです。じゃあスタジオに向かいますね」

これだけ毎日ありさのために運転していると、運転にもありさにも慣れてくる。

美しさは変わらない、でも緊張することはなくなってきていた。

「・・・ねぇ、なっちゃん」

「はい?」

「色々ありがとうね」

ありさは寂しそうに微笑んだ。

「突然どうしたんですか?」

「今日で最後だから」

「え?」

「今日でなっちゃんに運転してもらうのも最後だからお礼を言いたくて」

「最後・・・」

「・・・ごめんね」

信号が赤になってゆっくり車を停止させた。

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