第18話 この景色は登らないと見れないんです。だから仕方なく、僕は山を登るんです

夏樹と湊は、準備運動をしていた。


今日はいつもと違ってロンTにウィンドブレーカー、下は名論のナイロンのパンツとスポーティな恰好をしている。

ただ湊のウィンドブレーカーには大きくLOSTという不吉な文字が書かれている。


「それにしてもよく会ってもらえることになったな」

「まぁコネと観察眼のおかげだな」


今日はMIRAIのマネージャーと一緒に山登りすることになっている。

この約束を取り付けることができたのは、園田ありさのおかげだ


「実はマネージャーさんが身に着けてたブレスレッドに見覚えがあったんだ」


それは、初日に掃除をしていた時のことだ。

片づけが順調に終わっていき、倉庫も少し片づけてほしいと頼まれて入った時、あのブレスレッドが何個か置いてあったのだ。


「あれは園田ありさが女優になる前にアイドル時代ファンクラブ限定イベントで配られたブレスレッドなんだよ」


早い話が、園田ありさの大ファンだったわけである。

そして調べてみると、ファンクラブの会員番号も15とかなり早く、古参のファンなのだ。


「だから、園田ありさの生写真とサインを交換条件に今回登山に一緒に行けることなったわけ」

「結局ありささんのおかげか」

「今はいいんだよ、使えるものは使っておかないと」

「なんかお前色々言うようになったよな」

何を言ってるのか?と聞こうとしたら、三井がやってきた。


「おはようございます」

三井は「あ、はい」と小さな声で返事しただけだった。

三井は想像と違って、身長は平均的で、どちらかというとぽっちゃりした体型だった。

山登りが好きということだったので、山男のような体型をイメージしただけに拍子抜けしたが、実際山を歩き出すと、歩き慣れていてひょいひょい上へあがっていく。


「三井さん、ちょっと、ちょっと待ってください」

夏樹がへばって傍にあった岩に座り込んだ。

だらしねぇな、と湊はまだ余裕そうだ。

「もう少し上がったところに開けたところがあるので、そこでお昼にしましょう」

三井にそう言われて、夏樹は気力で立ち上がった。

山登りしながら話なんてできやしない。

普段運動しない夏樹にとってはかなり厳しい山だった。

「初心者向けの山を選んだつもりなのですが」

三井が申し訳なさそうに言うと、夏樹が返事をする前に、「いや、こいつが運動していないせいなので」と湊がバッサリと返事をした。

開けた場所につくと、レジャーシートを広げる。

靴を脱いであがると、足がじゅわ~と疲れを吐き出してくる。

夏樹は母お手製のお弁当を広げた。

湊が「いただきます!」と嬉しそうにがっつき始めた。

「本当に湊は遠慮がないな、三井さんもどうぞ」

「・・・では遠慮なく」

三井もおにぎりを美味しそうに頬張った。


(ここしかない)


「あの三井さん、MIRAIさんの話なんですけど」

「・・・その話はあとで。今は山と対話していたいので」

そう言って三井は、山というよりお弁当と対話しているかのように、湊に負けないくらいたくさん食べていた。

そして食べ終わると、頂上に向けて出発した。


歩き始めて2時間も経つと、少しずつ山の歩き方に慣れてきた。

三井がどうすれば歩きやすいかアドバイスしてくれたおかげだ。

湊は曲作りのヒントになるといってマイペースに登って、時折立ち止まってはスマホに何やら打っている。


このまま山を登っているだけでは、何も前に進まない。

焦っても仕方ないが、こちらも時間がない。

まずは何かきっかけをと夏樹はとりあえず仲良くなるべく話しかけることにした。


「三井さんは、山登り好きなんですよね?インスタにもたくさん写真あげてらっしゃたし」

「・・・いえ、しんどいので苦手です」


思わず、え?と言いそうになるのをこらえる。

話を広げたかったのに、苦手と言われるともう話せない。

話したくないということなのだろうか、夏樹は再び黙ると黙々と歩くことに決めた。

すると、「あの、小林さん」と三井の小さな声が聞こえた。


「はい、なんでしょう?」

「湊さんってどんな人なんですか?」

「湊・・・ですか?うーん」


最初に会った時はやばい奴だと思った。

言葉遣いもぶっきらぼうで、ヤンキーにしか見えなかった。

服装も個性的すぎるし、とにかく自分とは違う世界の人だと夏樹は思っていた。

でも一緒に過ごす時間が長くなって、色々気づいたことがある。

歌がすごく上手くて、歌に対してはいつも真剣で本気で取り組む真面目さやひさむきさがあり、家族を大事にし、幸せを願う優しさもあり、カメラが苦手だったり、少し人見知りだったりする繊細がある。

そう、湊は―


「いい奴ですよ」


夏樹は色々思い出してしまって、満面の笑みで答えた。


「え?」

「あ、すいません。どんな奴かですよね?上手く説明できなくて、マネージャー失格ですね」

「・・・いえ。仲がいいんですね」

「仲がいいのか、わからないですけど、一番の理解者でありたいとは思ってサポートしてます」

「・・・そうですか」


「夏樹ー!変な虫がいるぞ!!」

湊はのんきに木を指差して、大声を出している。

「なんだよ」

夏樹が湊に駆け寄っていく。

そんな2人の姿を三井は静かにじっと見ていた。


それから1時間して、頂上に辿り着いた。


「すげぇ・・・」


夏樹は思わず声を上げた

頂上から見える景色はめちゃくちゃ綺麗だった。

山々に太陽の光があたって雲の影がゆっくりと揺れる。

山の間をとんびがすーっと飛んでいる。

そして、ずっと奥には海があり、キラキラと光っている。

絵画のようだ。


「この景色は登らないと見れないんです。だから仕方なく、僕は山を登るんです」


三井はぐっと背伸びをした。


「この景色が見たくて登る気持ちはわかる気がします」

夏樹も思いっきり背伸びをして深呼吸をすると、綺麗な空気が体中をめぐっているような気がする。

「なんか曲がかけそうだ」

夏樹はふんふん歌いながら、スマホに録音している。

相変わらずのマイペースぶりだ。



結局、その日の山登りではその会話をしたくらいで、MIRAIとのコラボにつながるような話がでることもなく終わった。


とはいえ、簡単に諦めるわけにはいかない。

夏樹は事務所で次はどうアプローチするか考えていると、社長に呼ばれた。


「夏樹、MIRAIがお前と会いたいってよ」

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