第17話 やってやるしかないないだろ
店の中が暑かったから、夜風にあたると気持ちいい。
神崎川は、お会計だけすますと、夜更かしは美容の大敵と言って颯爽と帰って行った。
残された男3人は、少し歩こうと駅までの道を遠回りして歩くことにした。
「どうなるんだろうなぁ」
夏樹がつぶやくと、湊はさぁなと言って手に持っている自転車のカギを上に放り投げた。
カギは高く上がってチャリチャリと音が鳴って、湊の手にすぽっと収まった。
「社長は移籍を許すだろうからね~」
塚口がのんびりとした口調で話しながら、欠伸をしている。
「引き留めないのかな?」
「今までも売れて事務所移籍した人が何人かいるけど、引き留めるどころかいつも応援してるよ~」
「え!?そんな売れてる人がいなくなったら困るだろうに」
「そりゃ困るよ~」
今までも売れた途端に事務所を移籍した人は何人かいるらしい。
名前を聞くと、夏樹も聞いたことある芸能人ばかりだ。
「聞いたことあるんだよ、どうして移籍許しちゃうんですか~?って正直社長がしっかり引き留めたら、みんな残ってくれたかもしれないのにって思ってさ~」
“「夢を見せる仕事してるやつが、人の夢の足を引っ張っちゃいけねぇ」”
「って言われちゃって。その瞬間に超かっこいいって思ってさ、なんかこの事務所で一生働こうって思ったんだよね~」
神崎川も塚口も仁川の男らしさや人間性に魅かれて働いているのだ。
夏樹も仁川の考え方は尊敬できるし、今は湊を大きな舞台に立たせたいそんな気持ちが膨れ上がっている。
「絶対に事務所をつぶすわけにはいかない」
夏樹がそういうと、塚口ももちろんだよと口をそろえた。
「やってやるしかないないだろ」
湊が、またカギを高く放り投げた。
「やってやる?」
「ありささんが抜けるなら、ありささんがいなくても事務所を支えられるように、俺らが頑張るしかねぇだろ。いつまでもありささんだけに頼るわけにはいかなかったんだ。いつか変わらなきゃいけない、その時が今来たってだけだ」
湊の手にカギがすぽっと収まった。
「中津君、いいこと言うじゃないか~。じゃあ」
そういって塚口が手を前に出した。
戸惑う夏樹と湊に、さぁ、手をのせてと塚口はいうと、二人の手がのった瞬間に大きな声で「ファイトー!」
といい、「いっぱああああつ!」と夏樹と塚口は同時に大声を上げた。
「え?オー!だろ?普通。それ栄養ドリンクのCMだろ?」
「日本人はみんなファイトーって言われたら、一発って言うよ」
やれやれという顔で湊を見ると、湊は不服そうな顔で「いっぱーつ」とつぶやいた。
(とはいってもなぁ…)
やってやるぞと決めたものの、まずは何からすべきなのか夏樹は考えあぐねていた。
当面はもちろん湊のメジャーデビューを目指すことにはなる。
今までのように地道に活動を続けるしかないだろう。
今も少しずつファンの数は増えているものの、このスピードでは事務所が潰れる方が先かもしれない。
何か起爆剤になるものがほしいが、何をするべきなのかが思いつかない。
「やっぱりコラボじゃない?」
塚口はポッキーを咥えてパソコンをしながら、我ながらいいアイディアと言った。
「コラボ?」
「そう、コラボ。よくSNSであるじゃん、誰々と踊ってみたとか、誰々とお出かけV logみたいなのとか。それで話題の人とコラボして、再生数伸ばすのはありじゃないかな」
例えば、と言いながら塚口が雑誌を手に取った。
「この人とコラボできたら話題になるんじゃない?」
雑誌には、MIRAIの新曲がYouTubeで公開と書かれている。
MIRAIは1年前くらいから人気の出たシンガーソングライターだ。
YouTubeで楽曲を配信をし、曲もさることながらMVの映像も幻想的で人気がある。
ラブソングしか書かず、その歌詞が女の子の心の描写を丁寧に書いてあるのが特徴で、女子高生を中心に爆発的に人気となった。
ただMIRAIは容姿を公開しておらず、誰も彼女の見た目を知らない。
配信も歌のみで、フリートークのようなものもない。
本当に謎に包まれていて、それとまた彼女の魅力の一つになっている。
「MIRAIか…」
夏樹は借りるなと言って、雑誌をもって社長室へ向かった。
「なんとか連絡つきそうだぞ」
もちろん、会えるかはわからんが、と言いながら、仁川はふぅーとタバコの煙を吐いた。
「事務所には所属していなかったが、マネージャーがいるらしくて、その男になら連絡できそうだ」
「さすが社長」
「お前そんなこと言えるようになったんだな」
まぁ頑張れよとマネージャーの連絡先を置いて、社長室へ戻って行った。
「あとは連絡してどう出るかだな」
普通に連絡したら無視されるかもしれない。
こういう時どうすればいいのか聞きたいが、ありさが移籍の話をしにきて以来、今津は体調不良で休んでいる。
本当に体調不良なのかそれとも何かを誤魔化すためにそう話しているのか、実際のところはわからないが、いないのは確かなので自分で考えるしかない。
(まずは相手の求めるものを考える)
営業の時に先輩に言われた言葉だ。
相手が求めるものを知った上でこちらが提案したいものを上手く乗せることが大事だと何度も言われてきた。
夏樹はスマホを取り出した。
今は何でもSNSで調べられるから怖い。
マネージャーの男は、三井礼二という。
名前さえわかればあとは検索をしていけばいい。
様々ならサイトで検索をかけると、高校が出てきた。10年前の軽音部での活動が載っているようだ。
その高校をヒントにさらに調べていく。
3時間で本人のインスタのアカウトまで辿り着けた。
こんな簡単に調べられるとは、湊に絶対気をつけるように言わねばと思いつつ、インスタの写真をどんどんクリックして確認していく。
さすがに顔は写っていない。
どうやら趣味で山登りに出かけているようだ。
腕についているブレスレッドに見覚えがあった。
(これはー)
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