第15話 ・・バカ言うなよ、俺らの夢だろうが
「お前、すごい顔なんだけど・・・」
夏樹の顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている。
「だって、お前もうドラマじゃん、これ売れなきゃダメなやつだろ」
湊はふぅと息を吐くと、「・・・お前いい奴だな」とぼそっとつぶやいた。
「全然いい奴じゃねぇよ、自分のことばっか考えてたし。湊が売れたら正社員になれて、家も出れるしって・・・そんなこと考えてるだけでさ」
夏樹は鼻をかんで落ち着くと、悪かったよ、と湊につぶやいた。
「何謝ってんだよ」
「いや、俺、湊の担当になって傍にいて、湊が仕事に対して真っすぐに向き合ってたり、一生懸命なの見てて、担当が俺じゃいけないじゃないかって心のどこかでずっと思ってたんだよ。中途半端な俺じゃだめだって。でも今日で覚悟決まったわ」
ぱっと夏樹は立ち上がると、深呼吸をして、振り返って湊を見た。
「俺が絶対お前を日本で一番デカいステージに立たせてみせる」
「なんだよ、突然」
「なんか絶対お前をスターにしてやりたい気持ちになったんだよ。俺にもしょうもない過去にこだわっている自分を捨てる時が来た気がする」
「なんだよ、過去って?」
まぁいいからいいから、と湊を無理やり立たせると、早速今後の作成会議だ!と夏樹の家へ引っ張っていった。
「なんか顔つき変わったじゃねぇか」
仁川は嬉しそうに夏樹の背中をバシバシ叩いた。
「痛いんですけど・・まぁ、ありがとうございます」
「で、今日はお前たちに報告がある」
今日は報告があると、朝から社長の仁川に夏樹と湊は会議室に呼ばれていた。
「報告とは?」
「フリーライブをやることに決めた。しかも単独だぞ~」
「ま、マジですか!?」
思わず夏樹は声を上げた。
「あぁ、オオマジだ。場所も実はもう押さえてある」
よしっと湊もガッツポーズをしている。
「…でも社長、何か条件があるのでは?」
夏樹、わかってきたねぇと仁川はニヤっと笑った。
「これを頑張って手売りして完売してほしい」
これと差し出したのは、半年ほど前に湊が出したCDだ。
「これ出したの半年前ですよね?」
「あぁそれくらいになるな。今までライブにちょこっと出してもらった時に少しずつ売ってたけど、まだまだ残ってんだよね」
湊が不機嫌そうにぷいと明後日の方向を見ている。
「で、そのCDが何枚あるんですか?」
「まぁ試しで作っただけで、大して作ってないから、あと100枚くらいだな」
「100枚!?」
「まぁ頑張れ。売れなかったら、それ相応の、な?」
そういうと、仁川はバンと扉を開けて会議室を出ていった。
「100枚って・・・そもそもライブに100人とか来た事あるのか?」
「いや、単独がそもそも初めてだ」
二人して頭を抱えた。
湊のいつもの趣味の悪い服には背中に大きくoh my godと書かれていた。
とにかくまずはライブに多くの人に来てもらうために、広報が重要になってくる。
SNSの更新はもちろんのことライブ配信もやっていかねばならない。
これが一番大変ではあったが、毎日SNSを更新し、週に2~3回ライブを行った。
徐々に見ている人も増えてきている。
そして特典も必要だろうということで、ライブの後にCD購入者限定で握手会も実施することにした。
湊としては媚びをうって買ってもらうことに抵抗はあったようだが、とりあえずお客さんの手に渡らなければ良さはわからないのだからと説得して納得させた。
やろうと決めたからにはと夏樹は営業にも積極的に出かけた。
完全にトラウマを克服できたわけではない。
背中に冷たい汗をかくこともしょっちゅうだ。
それでも気力で営業を回り続けた。
湊を絶対大きなステージに立たせる、それだけを考えるようにした。
イベントに出させてもらってライブの宣伝をしたり、地方のラジオで宣伝してもらったり、しんどい日々ではあったが、宣伝効果は確実に出ていて、SNSのコメントにもライブ行きますと書いてもらえることが増えた。
「いよいよ、明日か」
夏樹が営業で疲れた足をぐるぐる回しながら、水を飲んだ。
「湊、服装だけ頼むぞ」
「わかってるよ」
「まぁ明日は午前中にリハだから、そろそろ帰ってゆっくり寝てくれ」
夏樹がそういうと、湊はおぅ、と立ち上がってドアのところまでいくと、そこで立ち止まった。
「・・・ありがとうな、俺の夢に付き合ってくれて」
「・・バカ言うなよ、俺らの夢だろうが」
夏樹がそういうと、湊はバーカといって去っていった。
翌日は天気にも恵まれ、ライブ日和となった。
フリーライブだからどれだけの人が来るのかは事前に予想はつかない。
例え1人しか来なかったとしてもその人のために一生懸命にやろうと湊とは話したが、人数が集まらなかったときはどうしようという不安で夏樹はいっぱいだった。
リハも終わり、ライブ1時間前となると、ぽつぽつお客さんらしき人が現れ、どうやら1人ではなさそうだった。
「湊、落ち着いてな。とにかくお前は歌えばいいんだから」
「俺は大丈夫だよ、夏樹が落ち着いてくれよ。こっちまでそわそわするだろ」
「あぁごめん、ごめん」
もうすぐライブが始まる。
なんとなく会場がざわざわしているのがわかる。
人はきている。
どれだけの人が来ているのかは、湊がステージに立つ瞬間まで確認しないことに決めていた。
「そろそろスタンバイお願いします」
イベントスタッフ言われて、袖に湊が立った。
湊が初めて作った曲のイントロが流れる。
夏樹は祈る思いで、ぎゅっと目を閉じた。
湊がばっとステージに立つと「きゃー」という黄色い声援が聞こえた。
恐る恐る夏樹が袖から客席をみると、多くの人が歌に合わせて手を振ってくれている。
「集まったんだ・・」
夏樹はその場でしゃがみこんだ。
湊が楽しそうに歌を歌い、お客さんもノッてくれている。
約1時間のステージは最高のライブとなった。
人数としては100人まではいかなかったものの、CDも何枚も買ってくれる人も現れ、なんとか完売することが出来た。
そして気分よく、荷物を置きに事務所に帰ってきた。
「マジ最高だったよな」
「本当に良かったよ。CDもなくなったしさ」
「握手会も最初は抵抗あったけど、ファンとちょっと話したりできて最高だったわ」
なんて話しながら、事務所にはいると、事務所の空気が張り詰めたような空気になっている。
「健一、どうしたの?なんかあった?」
塚口は下を向いて首を振っている。
「話してくれなきゃわかんないよ」
「・・・・園田さんが事務所移籍するって」
事務所で唯一売れている女優の園田ありさが、事務所移籍すると話しているらしい。
「もしかしたら今津さんも抜けるかも」
「それって、かなりやばいんじゃ・・・」
「今社長室で話してる」
社長室でどんな話し合いがされているのか、不安で言葉もでず、ただ神崎川が叩き続けるキーボードの音だけが事務所に響き渡っていた。
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