第13話 俺の歌を褒めてくれたのは、姉ちゃんとおばさん…いや、母親
「夏樹―!」
下から母の声が聞こえる。
夏樹が1階に降りると、母が昼ごはんの準備をしている。
「夏樹、今日は休みなんでしょう?」
「あぁ」
夏樹が面倒くさそうに答えると、母はため息をつきながら、ほんとに覇気のない子だねぇ、とキッチンに戻った。
ダイニングの椅子に座って、時計を見ると11時半を指している。
よく寝たのにまだ疲れはとれていない。
昨日色々思い出したせいかもしれない、そう思いながら、ぼーっとしていると、母がラーメンを運んできた。
「これ食べたら、買い物いってきて、」
「えぇ・・俺疲れてるんだけど」
母がスッとラーメンを手前に引いた。
「お昼なしでいいならいいのよ」
「じゃあ別に」
いいよと言おうとしたら、お腹が鳴った。
「・・・買い物行ってきます」
母は笑顔でラーメンを差し出した。
街に出ると、人が多い。
仕事を辞めてから部屋で過ごす時間がほとんどだったので、休みに街に出るのは久しぶりだった。
平日だというのに、たくさんの人が買い物や食事を楽しんでいる。
友人と過ごす人、家族と過ごす人、1人で過ごす人、様々だ。
夏樹は、母からの買い物メモを開いた。
「ゲっ・・」
メモには水1ℓ3本、米2キロと書かれている。
「筋トレじゃねぇか」
こんなもの買えるかと、ポケットに丸めてつっこんだ。
夏樹はせっかくなので、久しぶりにゲーセンに寄った。
高校生の頃はしょっちゅう行っては、メダルゲームに格闘ゲーム、音ゲーまで幅広くやっていた。
特にはまっていたのは、レーシングゲームだ。車の運転は今でもできないが、ゲームの中ではドリフトまでできる。
久々に山を攻めますか、と手首をストレッチしながら、ゲーセンに入ると、「おりゃぁ、おりゃ」とモグラたたきを真剣にやっている奴がいる。
銀色にテカテカ光る上着に大きく、SOSと書かれている。
夏樹は嫌な予感がした。
そいつの後ろに立つと、夏樹はため息をついた。
「なんで、こんなところにいるんだよ!?」
「それは俺が言いたい」
湊は驚いた顔でこちらを見ている。
「別に休みに何をしようが俺の勝手だろ?」
「まぁな。ついでにSNS用の写真でも撮っておいて。じゃあ」
夏樹が去ろうとすると、ちょっと待て、と湊が呼び止めてきた。
「ちょっと付き合えよ」
「なんなんだよ、お前強すぎるだろ」
湊は、不満げな顔をしながら、罰ゲームで買わされた缶ジュースを差し出した。
「だから言っただろ、レーシングゲームは強いって」
ふん、と言いながら、湊はコーヒーをぐびぐび飲んだ。
ゲーセン近くの公園に二人でベンチに座っていると、女子高生たちが笑いながら通り過ぎていく。
平日の夕方におじさん2人が座っていたら怪しいだろう。
ましてや今日の湊はキャップに真っ黒なサングラスにマスク、銀色の服にSOSと書かれている。
怪しさしかない。
「カラオケで勝負なら負けねぇのに」
「当り前だ、湊はプロだろ?」
ちょうど下校の時刻なのか、その後もたくさんの高校生が通り過ぎていく。
「湊は、昔から歌手になりたかったのか?」
「・・・あぁ。そうだな」
缶コーヒーを軽く回しながら、地面をじっとみている。
静かな公園に、高校生の笑い声が公園に響いている。
「俺の歌を褒めてくれたのは、姉ちゃんとおばさん…いや、母親」
湊はゆっくりと話し始めた。
湊は小学校2年生までの記憶がすっぽりと抜けている。
一番古い記憶は、自分の荷物を持って叔母の家に着いた時だ。
「湊ちゃん、元気だった?」
叔母さんは優しく迎えてくれた。
その家の娘である春子も弟がほしかったから嬉しいと言って歓迎してくれた。
叔父は、その様子をニコニコ笑ってみていた。
叔母の家での生活は快適だった。
温かい家に、ご飯が用意され、学校にも通わせてくれる、優しい家族。
「私は春子で春、夏樹は夏だから、きっと兄弟になる運命だったんだよ」
春子はこの話をよくしていた。
5つ離れた夏樹が可愛くて仕方ないようだった。
でも、夏樹は、心のどこで自分はこの家族とは違う、他人のなんだという意識があった。
そして同時に自分の家族はどこにいるのかという疑問があった。
そんな時に、母の日が近づいてきて、色んな所で母という字を見る機会があった。
「ねぇ、叔母ちゃん」
「ん?なーに?」
叔母さんは洗濯物をたたんでいる手を止めて、夏樹に向かい合って微笑んだ。
「あの・・・僕のお母さんってどこにいるの?」
叔母さんは一瞬目を丸くさせたが、すぐに元に戻って洗濯物をたたみ始めた。
「湊ちゃんのお母さんは遠くへお仕事に行ったのよ」
その時湊はこれは聞いてはいけない質問だったのだと理解した。
それと同時に母親には一生会えないのだろうと直感した。
そこから母について聞くこともなく、日々は過ぎた。
そしてその年のクリスマスに湊は音楽プレーヤーをプレゼントにもらった。
「これはどうやって使うの?」
「これは音楽を聞く機械なんだけど、まだ曲入ってないもんね。お姉ちゃんの好きな曲入れてあげるよ」
春子は、少し預かるね、と言ってしばらく部屋に入って、1時間後くらいに湊の手に戻してくれた。
ドキドキしながら湊はイヤホンを耳につけた。
音楽が流れてくる。
今流行りの音楽だ。
歌詞の内容は、まだ幼い湊にはわからなかったが、良い音楽なのはわかった。
その日から湊は音楽の虜になった。
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