第12話 すべてお前のせいだ
「おい、夏樹。今日も一件契約とってきたらしいな」
同期の北口剛志が夏樹の肩をつつきながら、冷やかしてくる。
「たまたまだ、たまたま」
「そんなわけないだろ~。お前は本当に人の懐に入るのが上手いからなぁ」
「そんなことねぇよ」
「来月こそ、お前を抜かしてやるからな」
「おぅ、受けて立つぜ」
北口とは同期の中でも一番気が合った。
新入社員として色んな部署で研修を受けたのち、半年前に北口と一緒に営業部に配属された。
配属されてすぐの頃は上手くいかないことも多く、辛く感じることもあったが、北口がいるおかげで飲みに行って愚痴を言っ手ストレスを発散したり、助け合ったりして乗り切ってきた。
最近は、夏樹に営業職があっていたのか、新入社員の中でエースと呼ばれるほど契約をとれるようになり、やりがいを感じることもあった。
そして北口も少しずつ契約をとれるようになり、切磋琢磨してここまできた。
何もかもが順調。
お互いに上手くやっている、そう夏樹は思っていた。
「すごいじゃないか、北口」
そこから数週間もしないうちに、北口の契約数が倍以上となり、営業部でトップクラスの成績をとるようになった。
上司からも一目置かれるようになり、夏樹は営業部の同期として誇らしく思っていた。
「一気に抜かれちまったな」
夏樹がそういうと、北口は、早く追いついて来いよ、と冗談めかして夏樹の背中を叩いた。
そう言って笑いあってからすぐ北口は解雇になった。
北口は、売値を水増し請求し、差額分を取引先の相手が受け取れるようにしていた。
それで契約数が一気に伸びたのだ。
それを初めて聞いた時、夏樹は信じられなかった。
北口はどちらかというと正義感あふれるリーダータイプだ。
そんなことするわけがない。
夏樹がそんなわけないと食い下がると、本人もそれは認めていると上司から説明があった。
夏樹はかなり迷ったが、やはり本人の口から話が聞きたいと思い、北口が住むアパートへ行くことにした。
きっと出てこないと思ったが、あっさり扉は開き、「入れよ」と家に上がらせてくれた。
北口の顔には覇気がなく、この短期間に少しやせたようだ。
冗談を言って笑いあっていたころとは、雰囲気が全く違う。
「何しに来たんだ?俺を笑いにきたのか?」
「そんなわけないだろ。お前があんなことするなんて信じられなかったから・・・話を聞きに来たんだ」
「・・・お前バカじゃねぇの」
北口の顔にはうっすら笑みが浮かんでいる。
「お前、俺のこと仲間とか思ってるんだろ?」
「同期で仲良くしてきたじゃないか」
「あーまぁそうだなぁ、飲みに行ったりしたしな。でもそれお前の勘違いだから」
「勘違い?」
「俺はお前と一緒に営業に異動した時はラッキーって思ったよ。お前は暗いし、不器用そうだし、俺の引き立て役にはピッタリだなって思ってた。なのに、お前は俺よりも成果を上げた。本当にびっくりしたよ、裏切られたような気持ちだった。最初は俺を育てることに力を入れてた部長も先輩も、だんだんお前に期待するようになった」
ダンッと北口が机を叩いた。
「我慢の限界だった、俺がお前の下なんて。だから俺は決めたんだよ、お前に勝つためならなんでもやるってな」
北口の目が暗く、深く濁っているように見える。
「こうなったのはすべてお前のせいだ」
夏樹は恐怖を感じ、後退りしてそのままアパートを出た。
それからも夏樹は変わることなく、働き続けた。いや、より一層営業成績がでるように励んだ。
何も考えたくなくて、何かに負けたくなくて―。
そんな日々が続いて、ある日ぷつんと切れた。
起きれなくなって、会社に行こうと思っても体がいうことを聞かない。
やっとベットから起き上がった時、涙が溢れて手にポツリと涙が落ちた。
そしてそのまま夏樹は一度も会社に行くことなく退職し、1人暮らしの家を引き払って実家に帰った。
「夏樹、大丈夫か?」
今津の声で、夏樹は我に返る。。
「大丈夫です」
背中には冷たい汗が流れる。
北口の深い濁ったような瞳―。
”すべてお前のせいだ”
夏樹の心が深く、底なし沼にはまっていくような感覚になった。
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