第三話 黒星

 FMJ-05。片側に高性能キャニスターを備えた防護マスクは使用者を毒ガスから保護すると同時にプライバシーをも守り抜く。黒星はRPK軽機関銃を世に放ったモロト社謹製のタクティカル・ショットガン、ヴェープル12を楠音の喉に押し当てた。ジュッと焼けるのがわかる。AKシリーズに似た内部メカで作動するつまり、機関部に直結した箱型弾倉から鹿や熊を葬る一二ゲージを五連続で浴びせられることになるわけで。可及的速やかに現状を脱せねば命はない。けど。だけれども。


「うガァ⁉︎ ッぐ、グゥあ゛アァあ……」


 咲耶の腹にフルサイズ弾がヒット。肉をちぎり通り過ぎ去っていく。どうやらスナイパー。助けを求めようにもあの体は言うことを聞かないだろうし反応が間に合わない。


 詰んだ。


 脳裏にハッキリとその文字が浮かぶ。と同時にオリーブドラブに塗装された人員輸送車両がスキール音を轟かせ停止し、後部から二名の戦闘員が黒星に銃撃を加える。ヴェープルを楠音の首元からどかしバックステップで後退させることに成功した。


 学生服の上からヘルメットを被って防弾ベストを身に纏い、ライフルを抱える少年少女。人々は彼らをこう呼んだ。


武装ぶそう神官しんかん…………!」


 留められた腕章には「一ノ宮高校」とわかりやすく印刷されていたので、すぐに現地の武装神官が駆けつけたのだと理解できる。来た。来た。やっと来たんだ。襲撃を受けて咄嗟に通報したのが功を奏したか、さほどのタイムラグで来てくれた。スマートウォッチに搭載されたシステムがGPSを介して適切な対応をしたのだ。今日からシリコンバレーには足を向けて寝られない。


「やった……! 狙撃手カッコーがいます‼︎ 警戒を!」


 楠音は歓喜しつつも流れ弾に晒されぬようミリ単位で後ずさる。苛烈に切り込むのは一ノ宮の女学生。平均的な男子とは比べものにならない体躯をフル稼働させ近接格闘に持ち込む。AKMっぽい何かのスパイク銃剣を開いて発砲しまくるけれども、途中撃発不良でジャムを起こしてしまった。チャンバークリアのためほんの一瞬動作が緩慢になり、黒星は隙を見逃さない。スラリと伸びた脚でマガジンキャッチを押しロックを外す、甲でスチールマガジンを弾けば地を踏み締めていた方でチャージングレバーを蹴り飛ばした。オマケでもう一撃、銃本体をはたいてディスアーム。背面から忍び寄る男子生徒に三発。腰撃ちでぶっ放したものだから当たるはずがない。東側のスチール弾倉が差さったAR小銃から自動式拳銃に素早いスイッチング。ここで黒星は身を下に滑らせ射線を切って徒手格闘で制圧しようと拳を振りかざす、カラメルプリンみたいなポニーテールの生徒と拳銃を構えた男子をかち合わせた。


「あっ」

「あーッ!」


 衝突事故を誘発させられた現地兵らをバックに、のらくら黒星が起き上がる。長ったらしいフラッシュハイダーを楠音に手向ける。トリガーに指が触れるよりかは早くに、バースト射撃が黒星に襲いかかった。咲耶が急接近する。銃身を絡め、グンと外側に力を加える。単純なフィジカル勝負。腹部の出血はもう止まっていて、フルパワーで取りかかる。次第に黒星の脇が開き気味になり、やがてヴェープルが離れた。


「──っ⁉︎」


 着ていたパーカーの裾を掴んで、ほんのひと時でノリンコ・CF07を引き抜いた。バゴ、バゴとブローバックするのに合わせ咲耶に銃弾を浴びせるがサブコンパクトでは火力が足りぬ。ストッピングパワーでもキャパシティでも負けっぱなしの黒星が咲耶にトドメを刺される、少なくとも楠音はそう思っていた。だけども妙に空がうるさい。風を八つ裂きにでもするような気配に目をやれば、巨大なテールロータを備えたヘリコプター、Z-9が浮かんでいた。


「ひっ」


 本能が警鐘を鳴らす。隠れなきゃ、逃げないと。頭ではわかっている気がしたのに、いざとなったら動かない。動けない。真の弱者は逃げることさえ許されないんだと学んで、抜かした腰で直立した。膝に笑われている。何もできない。


「ねーあれヤバいんじゃない⁉︎」

「退避ーっ退避ー!」


 衝突事故を起こしたばかりの二人はそそくさイルカの悪魔から距離をとる。キャビンドアがスライドして四つの銃身がくっついた回転式機関銃が飛び出した。ああ彼らは違うんだなと感心していたら、急にソビエトの古臭いヘルメットの男がマジ走りで向かってくる。フリーズしっぱなしの楠音にタックルをかまして植え込みに飛び込む。楠音をコンクリートから守ってくれたのは、柔術の中で唯一得意な受け身だった。楠音はもうわけがわからなくなって、クシャッと潰れた肺から微かに嗚咽を漏らしながら、ジタバタと暴れ回ることしかできなかった。恐怖からのでまかせだった。


「じっとしてろ。バルカンは狙えない」


 整髪剤のシトラスと、強い石鹸と微かな疲労の香りに抱かれる。無尽蔵に吐瀉されるナガン弾が地面を抉っていく。奏でる音色はチェーンソーのようで。GShG航空機関銃は次第に咲耶を捉え始め蹂躙を続ける。対象に食らいつくのは無理だと判断したのか、ロールしたり跳ねたりを混ぜつつ軽やかな身のこなしで回避行動に移る。不規則な運動に銃座の射界制限が追いつかず咲耶を仕留め損ねた。が、どういうわけか機体ごと旋回はしてこない。咲耶は仰角を目一杯にとってキャノピーを撃ってみるもの、たかだか五ミリクラスの豆鉄砲では傷一つつけられなかった。


「…………ぁぇ? 生きてる?」

「そうさお前はちゃんと生きてるよ! だから頼むからじっとしてくれ!」


 やっと状況が飲み込めるようになってきた。植え込みに頭だけ突っ込んで様子を窺う。両者がにらめっこを続けるだけの盤面がしばし続いた後、Z-9から縄梯子が垂れ下がってきた。咲耶も黒星も弾薬が底をついたようだ。銃口だけ向け合ったまま、特に戦闘らしい戦闘は起こらずに黒星がホバリング中のヘリコプターまで退却していくのを眺めるだけであった。散々コケにしやがって。なんだかいまさらムシャクシャしてきたので、かろうじて動く利き手で中指をおっ立ててみた。無機質な能面が振り向きざまにこちらを見る。クイと首を傾げる動作は、さほど興味なさげで。おいバカやめろと一ノ宮の男に引っ込めさせられたが、楠音はこれで満足だった。


「あんにゃろ!」


 ヘリが上昇を開始すると、一ノ宮のポイントマンが特大の手投げ弾を握り締め対象に向かって投擲しようと素振りを見せたが、もう一人の少年に制止された。彼は首を横に振って、撃墜するには手遅れである旨を伝えた。楠音たちはただ、過ぎ去っていく機体を見守ることしかできなかった。

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