第二話 交戦

 楠音たちのクラウンが横転して、対向車線まで撥ねられた。至近弾だ。いくら銃火を凌げても対戦車兵器には耐えられぬ。


「敵襲ー!」


 咲耶が車外へ赴きストックを展開し単発で応戦。


「あがあ゛ぁぁ…………! い゛っッ痛……!」


 シートベルトに絞められ、首がしなる。勢い余って前の座席に額をぶつけた。ウェアラブル端末がやかましくなる。通報をタップして黙らせる。


「ぐう゛ぅ゛う……あ゛ァあ゛あ」


 ようやく腹ばいで開け放たれた扉をくぐる。持ち前の頑張り根性でSFP9SKを照準する。グリップを持つ方とは逆の目玉で。有効射程ギリギリにラトニク装備の男。引き金に指をかけ、少しだけフロントが沈む。


 弾が出ない。


「え゛っ⁉︎」

 大男と目が合う。排莢口付近、ローディング・インジケーターは出ていない。トリジコンに引っかけてガシャガシャ動かす。撃たれる。幸いにもカスっただけだが鉛玉がすぐ横を掠めたのだ。精神が猛烈に削られる。ライフル、ライフル、ライフルに散弾銃の雷鳴。


「こ、ん゛の露助どもぉ…………」


 涙を浮かべ呻く。唇が裂けるまで噛んで必死に堪える。かがんでいた二二〇系のボディーから照準器越しに索敵。捕捉。撃つ。マズルブレーキによって跳ね上がった銃口が押し戻される。空薬莢が天駆ける。硝煙が香る。当たって、外して、当たって。当たって外して当たって当たる。当たる。当たった。バタリと倒れる。


「お゛かッぉかしい゛! ッら、アイ゛ツら!」


 ゴロツキにしては装備が良すぎる。モスコヴィア正規軍の新型モデルばかり。6B47に6B45で鉄壁の防御を固め、得物はAK74MやAK100シリーズときた。少数だがAK-12も混じっている。ペチェネグを抱えた機関銃手は咲耶が優先的に射殺しているものの、いかんせん数が多すぎる。予備弾倉が掴めない。震えてしまう。


「──ッ! 一一時に対戦車砲アール・ペー・ゲー!」


 今まさに、楠音たちの命綱である車体を破壊せしめんとてRPG-28がこちらを狙っていた。光芒一閃で大砲を担いだ兵士の脳天を貫く咲耶。脱力した死体から旅立った成形炸薬弾があらぬ方向に驀進する。ちょうど楠音の頭上を通過して、遥か彼方の高層マンションを爆散させた。


 三対多数。咲耶はショートマガジンだし、ドライバーに至っては車載の9ミリ機関けん銃を捨てて自衛用のベレッタに頼っている始末である。泣きっ面に蜂で手榴弾が投げ込まれた。


「マズった⁉︎」


 おあいにくさま投げ返す猶予はなかったので、楠音がグレネードに覆い被さった。五秒、七秒、一〇秒ぐらいで異変に気づく。爆発しない。不良品か? 遅発の可能性も考慮して長めにうつ伏せてから、ボール状のものを確認する。


「ピンが」


 抜けていなかった。新品そのままでRGNが直送されたのだ。思考を回し即興の作戦立案。騒がしさにかき消されぬよう腹から伝えた。


「二人ともそのまま聞いて! トランクにある替えのマガジンと、僕のマシンガンを出せばなんとかなるかもしれない! 上官殿、トランク開けられます⁉︎」


 運転席からトランクオープナーにアクセスするも反応なし。悪態をつきながらもスマートキーを楠音に託した。


「木花さん! 僕じゃ届かない! 届かないから貴女が投げて! 投げたら僕が走って、マシンガンとか持ってきます! 二人とも弾幕を切らさないで!」


 グレネードを咲耶に渡せば、彼女はうんと頷いて。


「ピンよおーーし! 投げ!」

гранаааааатааааグレネェぇェェぇド!」


 低い声で、投擲。敵が持ち場から急いで撤退する。楠音は全速力で荷室へ。重たいだけの防具類を放ってガンケースを脇で挟む。とんぼ返り。間一髪で鉄気くさい雨が降り注ぐ。ケースのジッパーをスライドして、20式小銃を取り出す。日本が誇る豊和工業が開発した至高の一挺で、抜群の精度と耐水性能を遺憾なく発揮する。銃床を所定の位置まで伸ばす。マガジンを差そうとして戸惑い、咲耶に譲渡した。


「使って! 規格は同じですから、そのままいけます」


 補給を終えると、咲耶はルーフを跳び箱みたく越えて敵陣へ切り込んだ。スタンドプレー。悪漢連中が次々と制圧されていく。改めてマグプル社の弾倉を半装填。アンビデクストラスにより右に移された槓桿を引いて全装填。すぐ後ろに親指を。前進し、標的にトリガーを絞った。レシーバーを持つ腕に激痛、バガガガガと20式が暴れて尻餅をつく。標的にはいつの間にか逃げられて、代わりに何者かに銃口を突きつけられた。


 嗅ぎ慣れたタバコの、残り香。


 悪寒がした。むせっ返りそうなくらい脳溝に刻まれた嫌悪感。顔を上げる。


 ガスマスクだ。

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