第93話

「俺、別に、いい加減な気持ちで言ったわけじゃないし………いるかどうかもわからない彼氏に遠慮して諦めたくないから、念のため確認しておこうと思ってさ」





「かっ、勝手なこと言わないでくださいっ」




景山さんから発せられた、耳を疑うような身勝手な言葉に、私はカッとなって刃向かっていた。





いるかどうかもわからない……。





そう言われた事がどうしても、許せなかった。




確かに、矢野ちゃんも主任も、知らないことだけど。




世間一般でいうところの『彼氏』とは言わないかもしれないけど。




『彼氏』なんて言葉は、今の私にとってはただの記号。




この想いの在処が確かであるなら、それが生身の人であるか否かなんて、関係のない事。




私にはケイがいる。




確かに、ケイは存在している。





「嘘じゃありませんっ。彼はいるし、私は彼が好きで、この先もずっとそれは変わりませんっ。っていうか、もし彼がいなくなったって……景山さんの事は間違っても好きなったりしませんからっ」




怒りと動揺……その他の色々な感情が混ざり合って、高ぶって、声が震えていた。





その切羽詰まった自分の声に触発されて、目からは涙が滲んでしまって……。




私は景山さんから背を向けて、制服のジャケットの袖口で両目を拭った。

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