第94話

私が涙ぐんでいる気配を感じ取ったのか、背後にいる景山さんは何も言わない。





間違っても好きにならない、なんて、言われて、腹を立てているのかもしれないけれど。




景山さんのプライドが傷つこうが、そんなの知らない。





私だって、彼の言葉に傷ついてる。





「し……失礼しますっ」




踵を返し、私は歩き出した。





背後の景山さんの気配を、感じ取る余裕なんて全くなくて。





ただ、数メートル先のエレベーターの前まで、わらう膝を動かすことに必死だった。















景山さんと別れた後の私は、何かに追い立てられるように急ぎ足で各課をまわった。





けれど、自分の席にはどうしても戻る気分になれなくて、その足でひと気の無い女子トイレに駆け込んでしまっていた。





壁にかけられた鏡に映っている自分の顔は、病的なほど青ざめていて、強張っている。





酷い顔。





こんな顔で、構内を駆け回っていたのかと思うと、今更ながら情けない気持ちになる。




でも。





抱えていた仕事をこなして回るだけで精一杯だった。

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