第48話

『おかえり』




いきなり優しく囁かれて、意識が眩んだ。




そんな言葉をかけられるとは思っていなくて、私は咄嗟に口元を両手で覆っていた。



「………っ」




気持ちが高ぶって、返せない。




ただいま、という、そのたった一言すらも……。




こんなボロボロの時に……そんな風に親しみを表されたら……もう……。




可哀相でも何でもない自分なのに……慰められたくなってしまう。




溢れた涙が、次から次へと頬をつたい落ちていく。




涙どころか、鼻水まで……。






でも……。




不思議。




彼が、ただの光の物体だからなのか……。





意地も見栄も外聞も無く、ダメな部分を見せてしまえる。




泣いている顔なんて、親にだって見せられないし。




友達にも、会社の人にも、大学卒業と同時に別れた元彼にだって、見せたことが無かったのに……。




彼には見られても構わないと思える。




鼻をすすってしゃくり上げている私に、彼は、何も訊ねてこない。




驚いているのか。




呆気にとられているのか。




そもそも、そういう感情自体……彼は持っていないのか。




振り向けず、それを推し量ることもできず。




私はただ、無言の彼に包まれたまま、冷たい床にへたり込んでいるしかなかった。

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